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 生徒は夕方の六時には下校していないといけないのが決まりだ。だが、会長直々の指令なのだから融通は利くのだろう。仮に見回りの教師に見つかっても会長に責任をなすりつける気でいるから関係ないのだが。

 六時五分前に指定の教室に入るともぬけの殻だった。律儀に五分前行動をしているのではない。もし少しでも遅れたら、会長はわたしがメッセージを正しく受け取れなかったと解釈するはずだ。それは癪に障る。それだけだ。

 教室の真ん中の席にどかりと座り、前方にかけられた時計を見つめ悠々と会長を待つ。

 六時きっかりに右斜め後ろの廊下から足音が聞こえた。わたしは振り返らず時計を見たままだ。

 右前方の扉が開き、入ってきたのはやはり会長だ。

「回りくどいやりかたしてなんの用ですか、会長」

 わたしはわざと怒気を含ませながら言うと会長は、「さて問題。あたしはだれでしょう」

 また面倒なことを言い始めた。さっさと本題に移ってほしいが、辛抱強く相手をするのが吉だろう。時間を無駄にする趣味はない。

「会長でしょ。それ以外なにがあるんですか」

「名前は? フルネームで」

 ……さて、なんだったか。今までの会話を必死に思い出し、「王野、玲奈」と自信なさげに呟いた。

 そんなわたしを見てか、会長はわたしに目を注ぎ、

「あたしは王野玲奈。つまり生徒会長。そう言いたいわけだね、宇田見さん」

 わたしはこくりと肯いた。下の名前は自信ないが、会長の態度を見るに外していないはずだ。

「もう一度聞こうかな。さて、あたしはだれでしょう」

 ここまで来るとしつこくて辟易するより、疑問が先立つ。つまり、目の前にいる会長は会長ではないのではないか。例えばドッペルゲンガーとか。アルセーヌ・ルパンが会長の変装をしているとか。なんらかの映像技術を使って会長のホログラフが目の前に映されているとか。滑稽な考えに連鎖してあることを思い出した。わたしが幼い頃あるアニメのキャラを模した人形が爆発的に流行った。どこのお店も品薄だったがわたしは奇跡的に手に入った。友達も運良く手に入れたが、それはアニメとの見た目がちょっと違っていた。むろん偽物ではなく、所謂バージョン商法だ。わたしとその友達が人形で遊ぶことになり、その友達は、「こっちがアニメ版の見た目だから、わたしのが強い」と言い出した。戦うアニメではないから強いも弱いもない。わたしが怖かったのは、わたしが見ている世界と他人が見ている世界が違うのではないか、ということだ。同じ保証はどこにもないのが怖かった。今、それと同じことが起きているのだろうか。

「その口ぶりからすると、会長ではないんですよね」

「さあね。考えてみたら。得意でしょ、そういうの。今日だってここに来れたわけだし」

 現実的に考えるなら、会長に似た人ということになる。が、似ているもなにも会長そのものの見た目だ。

 会長には高校二年生の愚妹がいたはずだ。本来はへりくだった表現だが、会長の言い方にそんなニュアンスはなく、むしろ読んで字のごとく、愚かな妹、とでも言いたげな様子でよく覚えている。

 会長と見間違えるくらい似ているが、学年は違う愚かな妹。答えは一つだ。

「あなたは会長の双子の妹ですね。留年したから学年が違うんですよね」

「はい、正解」

 本物の会長が現れた。


 わたしの目の前には荘厳な景色が広がっている。日本三景にも引けを取らないだろう。美の体現と密かに呼んでいる会長の顔が二つもあるのだから。

「この馬鹿は王野青空。宇田見さんが看破したように、双子の妹。以上、紹介終わり」

「いやいやもっとあるでしょ。というかあって」

「遊びすぎて留年。本当に馬鹿」

「普通こういうときは、いいところとか紹介するんだって。真面目な玲奈には分からないか。あ、あたしのことは青空って呼んでね」

 最後のはわたしに向かってだ。

「留年するくらいなら、分からなくて結構」会長が呆れたように肩をすくめ、青空さんの額にゆるくチョップをした。「で、なんでこんなことしたの」

「だって玲奈が」青空さんは手刀をくらった箇所を撫でながら、「宇田見さんの話をよくするから。人の話をする玲奈が珍しくてどんな子か気になっちゃって」

 姉妹の会話にわたしが度々出ていたというのはなんだかこそばゆい。

「人を試すような真似はするなって何度も言ってるでしょ」

 会長がまたも青空さんにチョップを繰り出した。今度は少し強かったようで鈍い音がしたのと、会長自身が顔をしかめ、左手で右手をさすった。

「玲奈の言うとおりなかなかだね、宇田見さん」

 青空さんに面と向かって言われ、思わず目を逸らした。褒められたのが照れくさいというより、顔を直視できなかった。わたしは会長の、今は青空さんだけど、顔に弱いみたいだ。

「そんな宇田見さんなら玲奈の秘密も暴けるかもね」

「青空!」

 会長の鋭利な一言に青空さんも少し怯んだようだ。

「はいはい。ごめんね、宇田見さん。気になるかもだけど、今のはなしで」

「いや、全く気になりません」

 瞬間、空気が固まった。失言したとも、取り消そうとも思わない。これは偽らざるわたしの本心だ。会長の顔は、まあ秀麗だ。それでも会長本人にはさほど興味や関心はない。関わり方が違えばそうは思わなかったはずだが。それに関しては惜しいことだ。

 青空さんは小さく笑って、「玲奈が気に入る理由も分かるなあ。宇田見さん、玲奈と仲良くしてやってね」

 青空さんはそう言い残して、会長の横をするりと抜けて教室を出ていってしまった。残されたのはわたしと会長と微妙な空気だけだ。

「悪いね、わたしの馬鹿な妹が。迷惑だったでしょ」

 ここは、そんなことないですよ、なんて殊勝なことを言うべきかもしれないが、実際に迷惑だったので、「そうですね。本当に」

「とっくに下校時間過ぎてるし、帰ろう。それとお詫びになにか奢るよ」

「そうですか。それじゃあ、この前のタンメンを」

 実はあれ以来何回か食べに行った。一人の場合もあるし、ブリッジ後に四人で行くこともあった。みんな一様に気に入ってくれたようだ。ただ、これは会長には言わない。言ったら会長が調子に乗りそうだからだ。

 会長が少しだけ意外そうな表情をして、「現金だね。まあいいか。じゃあ行こっか」

 たしかにそうかもしれない。会長の秘密とやらに興味を示さない一方で、ご飯の奢りにはほいほいつられるのだから。

 見回りに見つかることなくわたしたちは学校を出ることができた。外はまだ明るく、暑かった。ここ数日は、梅雨の前に夏が来たような気候にうんざりしている。

「今日は初めて極寒に挑めるんだあ」

「前は閻魔でしたっけ。その次のレベルですか?」

「そう。それでいて上から二番目の辛さ」

 会長は楽しそうに笑った。

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