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 翌日の放課後、文芸部の部室で会長に忘れ物事件のあらましを説明した。忘れ物が増えたのではなく、抜き取られていたこと。その犯人は妹であること。幼少期は忘れ物が多く今でもその頃と同じ扱いをする姉にどんな気分か分かってもらうためにしていること。

 黙って時折頷きながら最後までわたしの話を聞いた会長は、「動機がよく分からないな。宇田見さんの説明が下手だから?」

「わたし自身が上手く咀嚼できていないせいもあるかもしれません。一人っ子だからですかね。もっと違う方法があるんじゃない、と思います。やり方が陰気くさい。じゃあどうすればいいか、と聞かれてもなにもないんですけど」

「冗談だって、ちゃんと分かりやすかったよ。動機が分かりにくいっていうよりは、そんな行動を取ってしまう心理が分からない、って意味。宇田見さんが言ったように陰気だし」

「じゃあ会長ならどうします?」

 これは純粋な興味だ。わたしには分からない問いを会長がすっきり明快な回答を出してくれることを心のどこかで期待している。

「わたしだったら、しつこく言い続けるかな。それでダメなら怒る。それでもダメなら喧嘩するほど言う」

 わたしが求めていたのと違うなあ。こう、快刀乱麻を断つ、ではないが蒙が啓けるような回答を望んでいた。

「不満そうな顔しないでよ。わたしだってもっといい方法あるんじゃないかなと思ってるくらいだし」

 そんなものか。答えは一つじゃないし、最善の方法も分からない、なんて月並みな結論に落ち着くわけだ。

 これで話は終わりだと態度で示すべく、本を取り出した。が、なかなか入り込めない。難解だから、途中からだから、といろいろ言い訳を並べてみるがどれも違う。

 別の可能性を話したくなっているからだ。

 顔を上げると会長がじっとわたしの顔を凝視していた。美を体現したような顔で見られると、わたしはどうも弱い。

「なんですか」

「なにか話したそうにしてたから」

 わたしはそんなに分かりやすいだろうか。さっきも会長の回答に不満があることを、今もわたしの心情を的確に言い当てられた。

 本を膝の上で閉じ、顔をなで回してみた。表情に変化はなさそうな気がするが……。

「疑問と可能性について考えていました。まずは疑問からいきましょう。芳賀さんはお弁当や鍵を鞄から抜かれているのに気がつかないものなのか」

 会長は少し拍子抜けしたように、「そりゃあ、鞄が多少軽くなったところで気がつかないでしょ」

「多少、ですか。わたしはそうは思えません。かなり、変わるはずですよ」

「たかだか二、三〇〇グラムくらいでしょ。鍵に至ってはもっと軽いだろうし」

「それでも、です。なぜなら芳賀さんの鞄はほとんど空だからです」

 あ、と会長は言って口をぽかんと開けた。

「芳賀さんは学校生活に必要なものを全て学校に置いているんですよね。本人は賢い方法だと自慢してましたし、会長ならよくご存じのはずです。ほとんどなにも入っていない鞄からお弁当が抜き取られた。本当に気がつきませんか?」

「じゃあ鍵は? お弁当と鍵が入っている状態から鍵だけ抜き取られたら重さにあまり変化がなくて気がつかない」

「重さでは気がつかないかもしれませんが、音で気がつくはずです。キーホルダーが大量に付いていて動かす度にじゃらじゃら音がしますから」

 昨日芳賀さんがお弁当を探すために鞄の中をごそごそしているときも金属同士が擦れる音がしていた。おそらく小ポケットなど使わず無造作に鍵を入れているのだろう。スカスカの鞄に鍵、動く度に音がするべきである。

「イヤホンで耳が塞がっている可能性は?」

「持ち物列挙してたじゃないですか。その中にイヤホンはなかったかと。それに、イヤホンで音楽なんかを聞いているのを見たことありますか」

 会長は降参と言わんばかりに、「いや、ない」

「わたしの疑問はそんなところです。で、可能性の話です。話半分で聞いてほしいのですが。荷物の抜き取りに気がつかないわけがない、ということは気がついている。ではなぜ、それを妹に言わないのか。いや、やめさせないのか」

「その口ぶりからするとある程度推測済みって感じかな」

「推察しただけです。本人に聞かないと本当のことは分からないですよ」

 会長は焦れたように、「で、宇田見さんの推測というのは?」

「芳賀さんは妹の所業について、小さい子のいたずら、程度にしか認識していないのではないでしょうか。毎回届けに来るのも罪悪感に負けてと思っているかもしれません。……つまり、妹の真意なんて一切考えもしていないのかもしれません」

 そう考えたとき、わたしはきっと苦虫を噛みつぶしたような顔をしたかもしれない。なんとも表現しがたい胸が悪くなるような気分。わたしには的確に表す言葉を持っていない。

「芳賀さんの妹はもう高校生でしょ? 小さい子とは思えないけど」

「芳賀妹が言っていましたよ。妹の成長に気がつかない馬鹿なお姉ちゃんって。それと、お弁当を届けに来たときの芳賀さんの接し方はまさに小さい子を褒めるときのそれじゃなかったですか?」

 あのときの様子を思い出したのか会長は「言われてみると」と呟いた。

「悲しいと言うには強すぎるし、すれ違いと言うには弱すぎる。なにかいい表現はない?」

 姉妹のボタンの掛け違いをどう表現すればいいのか。わたしは返す言葉がなくそっと目を逸らした。

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