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 部室の扉が開き、わたしの目と鼻の先にながらスマホの芳賀妹が現れた。芳賀妹は視界に急にわたしが入ってきて取り乱したのか、危うくスマホを落としそうになった。

「な、なに?」

「ちょっと、思うところがあってね」

「ふうん。よく分からないこと言ってるけど、わたしには関係ないよね。そういうことだから、お邪魔しました」

 芳賀妹がするりとわたしの横を通り抜けようとしたから一歩下がって再度立ち塞がった。

「きみに関係があることだよ。全部見てたし、証拠として動画も撮ってある」

 芳賀妹は観念したのか肩をすくめ、「最初からそう言いなよ。持って回った言い方してないでさ」

 そう、全部見ていた。芳賀さんが置いていった鞄から芳賀妹が鍵を抜き取るところを。動画を撮っている、というのは嘘だ。相手が諦めるだろうという打算の発言だ。

「なんでわたしの行動なんか監視してたの。お姉ちゃんになにか頼まれたりした?」

「いや、なにも頼まれていない。ただ、会長が芳賀さんの忘れ物が増えたと愚痴っててね。それも三年生になってから急に。原因はなにか。ストレスとかが急に出てきて、の可能性も考えたけど、それより一年生の妹がいる、と聞いてなにか関係あるかな、と思ってね。端的に言っちゃえば、忘れ物が増えたんじゃなくて、妹が抜き取ってるんじゃないか。そしたら……」

「ビンゴだったってわけか」

 三年になってから、ということは同じ高校に入学した一年生の妹を疑うのは自然の流れだと思う。成り行きとはいえ、いつもと違うチャンスが到来した。芳賀さんは鞄を置いてお弁当箱だけ持って出ていった。部屋には芳賀妹一人。鞄からなにかしら抜き取るには絶好の機会。だからわたしはこっそり引き返し雲行きを伺っていたわけだ。犯人が妹であることと目の前で実行される可能性はあまり高くないし期待していなかったが、望外の喜びだった。

「で、ご自慢の推理を披露してどうしたいの? ミステリのような愉悦に浸りたいの? あなたのすごさを見せつけたいの?」

「どれでもないよ。ただ動機が知りたいなって。ミステリでも動機が大事なんでしょ」

 わたしはミステリを読まないから分からない。これはアガサ・クリスティを敬愛している希望からの受け売りだ。

「わざわざ話すと思う?」

「思う。姉に証拠を渡したら困るのはそっちでしょ? わたしが言いたいこと、分かるでしょ」

 つまりは取引だ。黙っているかわりに動機を話せ。取引というよりは脅しに近いかもしれない。

「動機ね。お姉ちゃんを困らせたかったから、かな」

「往生際が悪いなあ。ただ単に困らせたかったなら今年の四月からお弁当や鍵を抜き取るようになった説明がつかない。もっと前からやっているべきでしょ」

「四月になって急に困らせたくなってしまうような出来事があったかもしれないじゃん」

「それならそれでその出来事とやらを話してよ。わたしの見立てならそうは思えないけどね。嘘で塗り固めたストーリーを語ってもいいけど、どこかで矛盾が出るはず。わたしならたぶん気がつくから無駄なことはやめてね」

「あんたならそうなんでしょうね。降参、正直に話すよ。……お姉ちゃんにわたしと同じ気持ちを味あわせたかったから、かな。わたしは小さきとき、忘れ物が多かった。大きくなるにつれて減ったし、今は全然そんなことないけど。でもお姉ちゃんはまだわたしが小さい頃みたいに忘れ物が多いと思っている。家出るときもよく確認されるよ。忘れ物ないかって。妹の成長に気がつかない馬鹿なお姉ちゃん。何度も昔みたいに言わないでって訴えているのに、一向に聞き入れてくれない。言われる度に惨めな気持ちになるのにも気付きやしない。だってそうでしょ。わたしはもう昔みたいに忘れ物なんかしない。自分のことは自分で管理できている。それなのに小さい子扱い。……じゃあどうする。お姉ちゃんにも同じ気持ちを味わって貰うしかないよね。わたしがどんな気持ちか分かれば小さい子扱いをやめるはず。だからお弁当や鍵を抜き取ってあたかも忘れ物をよくするように見せかけた。そしてその都度クラスまで届ければよりダメ人間の烙印を押され、惨めな気分にもなりやすくなる。高校生になってから始めたのはそれが理由。あと一ヶ月くらい繰り返したらお姉ちゃんに言ってやる。『忘れ物はない?』ってね。何度も何度も」

 芳賀妹は喋るにつれてだんだんヒートアップしていき、最後のほうは絶叫に近かった。

 陰湿で遠回りだな、最初に思ったのはそれだった。正面切って言ってもダメだからあのような手段を選んだ。人の気持ちが分からないなら、分からせるまで。芳賀妹の背景を除けば所詮その程度のことだ。人の気持ちなんて当人以外が理解できるものじゃないのだから、わたしに断罪する気はない。やめるよう説得もしない。とりあえず目的は果たせて満足だ。

「そういえば、抜き取った鍵はどうするの。普段は昼休みに届けるんでしょ。いつ渡すの」

「ああ、これ」と言って芳賀妹が鍵を持ち上げゆらゆらと揺らした。キーホルダーがたくさん付いていてかなり重そうで、動く度にちゃらちゃらと音がする。鍵本体を見つけるのに苦労しそうだ。

「放課後に渡しに行くよ。日に二回も妹に忘れ物を届けさせるダメお姉ちゃんに」

 芳賀妹は捻くれたような笑みを浮かべ私の横を通り過ぎた。今度は行き先を塞がなかった。

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