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 じゃあ早速、と言って立ち上がった会長をわたしは制した。

「どこに行こうというんですか。まさか校内中を歩き回ってそれらしい人を探す、なんて言わないですよね」

 そんな面倒なことはしたくない。それに歩くだけで見つかるとは到底思えない。

「校内中とは言わないけど、拾った場所近辺でそれらしい人を見つけようとは思ってた」

「拾った場所は後で確認しにいきましょう。それに歩いてて落とした可能性だってあります。落とし主が近くにいる可能性はあまり高くないかなと思ってます。まずは状況を整理したいです」

 会長はこちらの言葉に大人しく従い、浮かしかけた腰を下ろした。会長の面倒事を断ったときもこれくらい素直なら助かるのだが。

「ではまず、宛先の津堂真崎くん、先輩? についてですね。この人知ってますか?」

「その情報は必要なの? 落とし主を探しているんだよ?」

「必要ですよ。ラブレターを出すんですから、この人と落とし主はそれなりに仲がいいんじゃないですか。津堂さんの人となりを知れば、落とし主の人となりも見えてくるのかなと。派手なグループに属していれば落とし主だって派手なグループの人、地味なグループに属していれば落とし主だって地味な人、みたいな当たりを付けられますよね」

「そうかなあ。派手な人が地味な人に告白してはいけない法律はないでしょ。逆もまた然り。成就しないことが目に見えていても突撃する人だっていたりするわけだし、落とし主を探すのに宛先の津堂くんの情報は必要なさそうだけど」

 今日の会長は正論が多く、反論が難しい。わざわざわたしに主張を押し通す必要もないが、このまま引っ込めるのも癪だ。

「まあ一応教えてくださいよ。なにが役に立つか分からない世の中ですからね」

「まあいいけど。津堂くんはわたしと同じ三年生。二年生のときにクラスが一緒になったことがある。スクールカーストトップ。サッカー部で髪は青色」

 青髪とは、これはまた。ここ愛北高校の校則はあってないようなもので、髪を染めている人は一定数いる。それでも青は奇抜だ。

「本人曰く、サムライブルーに染めたとか。お調子者でよく騒ぐ……」

「顔はどうですか」会長の図鑑のような紹介が止まりそうになかったから慌てて口を挟んだ。「格好いいんですか。まあラブレター貰うくらいだからそれなりとは思いますが」

 これまで饒舌だった会長がほんの少し動きを止め、眉をひそめた。

「顔? ……どんなだったかな。青髪の印象しかないな」

 必死に思いだそうとしている会長を見て、本当に覚えていなことは分かった。

 この彫刻のような美人に興味を持たれないとは、可哀想に。この世の春とでも言わんばかりのスクールカーストトップ層も形無しだ。だからといってわたしに優越感があるかと聞かれると強く否定する。

「分かりました、津堂さんとやらの情報はもういいでしょう。ラブレターを書きそうな人を絞り込んでいきましょう」

「でもどうやって。前回のカンニング事件は三〇人クラスから絞り込めばよかったけど、今回は全校生徒でしょ。教師も入れれば、えっと、たぶん千人以上」

「教師ってことはないでしょ。まあ考えていけばきっと見つかりますよ」

 そうは言ったものの、自信はまったくなかった。会長が言うように、選択肢が多すぎる。落とし主が三年生とは限らない。きっと交友関係が広いだろうから下級生も考慮しないといけない。

「まずは考えやすいところからいきましょう。津堂某と仲のいいグループもしくは人。このあたりで、心当たりはありませんか」

 会長はううんと唸ってから、

「好意を持ってるんだろうなあって人はいる、と思う。でもその人とラブレターが結びつかない。というのも、似つかわしくないから。今時手紙という手法が」

 あ、と衝撃を受けた。それはそうだ。この情報化社会でならスマホやらSNSで事足りるはずだ。ここ最近はスマホどころか電話すらない世界に入り浸っていたからどうも現代に帰ってこられていないようだ。

 わたしは現代っ子、わたしは現代っ子、と自分に言い聞かせた。

「そんな世の中だからこそ手書きのラブレターが響くって意見もあるかもしれないけど、津堂くんはそういうタイプじゃないかな」

「とすると、落とし主はメールアドレスやSNSアカウントすら知らない人という仮定が成り立ちますが、どうでしょうか」

「うん、そこは賛成かな。つまり全然仲がいいわけでもない人。その線で進めましょう」

「ちょっとは絞り込めましたね」

「十人くらいは減ったかな」

 それしか減らないのか。先はまだまだ長い。

 さて、次はどうしたものか。軽口を叩くのも時間稼ぎのつもりだ。ここから先が思いつかなくて困っている。

「この世の中で個人情報保護なんてあってないものですよね。つまりメールアドレスもSNSアカウントも知ろうと思えば知れるし、調べようと思えば特定だってできるはずです。かく言うわたしだってクラス全体の連絡グループに入っています。そこから連絡先は簡単に手に入れられます。それでも知らないということは、一度も同じクラスになったことがない人、という仮定が成り立ちそうですね」

「なるほどね。それは納得できる。とすると、一度もクラスが同じになったことがない三年生、それと一、二年生。人物像としてはSNS周りに明るくなく、仲良くなる勇気や方法を持たない、はっきり言ってしまえば地味よりな人、ということになるかな」

「理解が早くて助かります。わたしの言いたいことを即座に詳らかにしてくれて」

 薄ぼんやりした人物像のお陰でちょっとは絞れたと言っていいだろう。いや、全然だめか。手紙一枚から書いた人を特定するのは不可能だ。

 もう一度手紙を見る。こういうのはやはり観察が第一だ。

「けっこう字が綺麗ですね。きっと小さい頃とかに書道でもやっていたのでしょう」

「綺麗だとは思うけど、そこまでかな。ラブレターなんだからだれだって丁寧に書くわけで、その範囲を出ていないと思う」

 これまた会長の言う通りだ。綺麗というよりは丁寧の域を出ていない。一流にはなれない二流のスポーツ選手みたいなものだ。

「もう検討は済んだでしょう? なんだかんだ言ってこれを拾った場所まで行くのが億劫なだけでしょ。とっくに見抜いてるからね? 無駄なあがきはやめな」

 ここまで正確にわたしの心情を言い当てられ、思わず赤面した。自分で自分の顔が熱くなっているのが分かる。

 今日の会長はやはり強い。どうしてだろうか、と考えて恋愛が絡んでいるからではないだろうかと思った。会長も人の子だ。

「話は変わりますが。会長は恋愛経験とか豊富そうですよね。そのあたりはどうですか」

 性格には難がありそうだが、外見に釣られる人はいくらでもいそうだ、というのがわたしの会長評だ。

 会長は鼻で笑って、

「宇田見さん恋愛なんて興味ないでしょ。話題を逸らそうとしてもだめだよ。まあ答えないと臍曲げられそうだから教えてあげるけど。正直どうでもいいかな。嫌な思いをしたとかトラウマのようなものは全然ないけどね。本当に単純に興味がない」

 これは意外な回答だが、会長と同じように会長の恋愛遍歴にわたしも興味はない。根掘り葉掘り聞いて引き延ばそうと画策したが、得策ではないと判断して手を引くことにする。

「さ、気は済んだでしょ。とりあえず、拾った場所に行くよ。現場百回ってね」

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