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腹を括ったわたしに、生徒会長は満足そうに笑い、頬杖をついた。余分な頬肉なんてものは見当たらない。
「今日の最後のテストでちょっとした事件があったの。それを解決してほしくて」
てっきり生徒会の雑用でも押しつけられることを覚悟していたが、事態は見当違いな方向へ進みつつあるらしい。
「事件の解決? わたしに探偵のまねごとをしろって言ってますか?」
「そういうことになるね」
「なんでわたしなんですか。友達なり生徒会メンバーとでも考えればいいじゃないですか。なにも、見知らぬ人をいきなり引き込まなくても」
「わたしは人を見る目はあると自負してるの。その証拠に生徒会メンバーはわたしがサボる……属人的にならないようにメンバーを選んで上手く運営できている。で、宇田見さんならきっと解決してくれると天啓が降ってきた」
会長に人事権がどれだけあるのかこの際気にしないことにして、見初められたのは悪い気がしないでもない。いや、やはり悪い気はするか。
「早速本題に入ろうか。今日のテストで」
「ちょっと待ってください」遮ったわたしに嫌な顔をせず問いた気な視線を向けてきた。「テストってなんですか。わたしたちは普通に授業でしたよ」
「三年生はこの時期と六月に定期テストとは別にテストをしているの。大学の推薦が取れるかどうかの大事なテストだね」
わたしが通う愛北高校は偏差値が高めの進学校だ。大学進学に力を入れていて、有名大学に進学させようと教師生徒共々躍起になっている。
わたしは続きを促した。
「まあそんな大事なテストなんだけど、その最中に事件が起きた」ここからが本題でしっかり聞いてと言わんばかりに見つめられた。「試験時間が残り五分となったとき、教室後ろの掃除用具入れから大音量の目覚まし時計が鳴った」
続きを待っていたが、それ以上の情報はなさそうだった。人を脅しつけておいてそれだけのことを聞かせただけとは。時間と会長の脳の無駄使いだ。
「そうですか。さぞうるさかったでしょうね。では、これで」
わたしは素早く立ち上がり猫のようにするりと会長の横を通り抜けようとしたが、手首をぱっと掴まれてしまった。その手はヒヤリと冷たく、なめらかだった。
「ちょっとちょっと、座って。これはだれがなんのためにやったのか特定してほしいんだよ」
わたしはとりあえず言われるままに座った。
さっきは考えてほしい、程度のお願いだったはずが、今は犯人を特定しろ、に変わっていて会長の身勝手に内心であきれかえっていた。
「それで、どう? なにか意見や見解を述べてくれると嬉しいんだけど」
「だれが、は情報が全然ないので分かりません。が、なんのために、はおそらくカンニングでしょう。みんなが音源に注目している間に」
「そうだね。わたしもそこまでは考えが同じ。大きな音でみんなの集中力を切らして自分の点数を相対的にあげる意図も考えたけど……」
「それはないですね。方法が迂遠ですし、鳴ったのは試験終了五分前ですからね。ほとんどの人が解き終わって暇を持て余している時間帯でしょうし。それと、愉快犯の可能性もありますが、これだとおもしろくないので今は除外します。犯人が絞り込めなかったら謎の人物がいたずらを仕掛けたって結論にしようかと」
「おもしろくない、か」会長は小さく頷いて、「その意見は賛成。イカサマをネタに強請ったこちらとしても不本意だし」
まだイカサマの件を諦めていないようだ。それと、こうして協力しているのも外堀を埋められたからで、と否定しようとしたがやめた。颯爽とケリをつけて解放されたい。
「わたしも宇田見さんと同じところまでは考えた。つまりカンニングのためだがだれが犯人かは不明。これで対等に議論を進めていけるかな」
「会長が持っている情報のほうが圧倒的に多いはずなので対等という言い方は気になりますが、まあそれは追々引き出していきます」
どこから手を付けて解答の糸口を掴むか、だが、さっぱりだ。カンニングをする人間の気持ちは……「なんでカンニングをしたのでしょうか」
会長は半ば呆れながら、「そりゃあ点を取るためでしょ。推薦を取りたい人にとっては大事な大事なテストだし」
「つまり、その科目が苦手な人であれば動機があるわけですね。ちなみにまだ聞いてなかったんですけど、科目は?」
「数学。苦手な人が犯人か、なるほど」
人の成績を会長がどれほど把握しているかは知らないが、教室の模式図と数学を苦手としている人がどこに座っていたか図に起こしてもらいたい。それをお願いすると、会長は部費の申請書を裏返し持参したペンで書き始めた。それに書いて後で問題にならないのだろうか。会長がやったことだ。わたしは知らない。
できた、と呟いた会長から紙を受け取りじっと見つめた。なにか気になる点や不可解な点はないか。
「カンニングをするということは数学が苦手な人の周りに得意な人がいるはずですよね。なので得意な人の位置も書き加えてください」
会長は躊躇いなく追記した。生徒会長とは他人の成績を正確に把握しているものらしい。
「書いてしまってからで悪いんですが、極端に苦手な人も弾いてください。毎回赤点ギリギリみたいな人ですね」
「どうして? そういう人のほうがカンニングをする動機を持っていそうだけど」
「いや、今回の場合そういう人に動機はありません。カンニングをするなら進級できるかできないかの当落選上にいる場合です。でも、すでに三年に進級できている。それにそういう人は推薦をもう諦めているでしょう」
そうしてできたのを見せてもらった。
数学が苦手な人の周りに得意な人はいない。正確に言うといるにはいるが、苦手な人の前の席だったりする。これではカンニングができない。音源は教室の右後ろで、一斉に振り向くはずだ。つまりカンニングするには犯人の後ろか少なくとも斜め後ろに位置していないとならない。
「……当てが外れて絞り込めないですね。もう愉快犯ってことでいいですか」
「いいわけないでしょ」会長が眉をひそめた。ひそめたいのはこちらだ。「もうちょっと考えてよ」
「そう言われましても、思いつきません」
言葉とは裏腹にとりあえず考えてみる。大きな音がなり、みんなが振り返る。犯人はその隙に他人の答案用紙を見て自分の答案用紙に書き写す。
「試験監督は当然いますよね。音が鳴ったときの反応はどうでした」
「びっくりしてたんじゃないかな。わたしも気を取られて表情を確認したわけじゃないけど。ああでも、すぐに立ち上がった気配がして、前を向くように注意してた」
「では犯人は、他人の答案を数秒見るのがせいぜいだったわけですね」
「そうなる、かな」
「短い時間で他人の解答を見て覚えて、自分の答案に写経する。そんなことできますか。ましてや科目は数学。答えだけじゃなくて過程も書く必要があるから必然その箇所も覚えなくてはならない。カンニング方法としては現実的ではないですよね」
「過程についてはそうとも言えない。なぜならテストはマークシート形式だから。三年生の数学試験を作ってるのは骸骨先生で、毎回そう」
思わぬ情報だ。マークシートか。骸骨先生がどなたか知らないが、見た目からあだ名が付いたのだろうと推測できる分かりやすいネーミングセンスだ。
「過程どころか解答だって覚えなくてもいい。数字の羅列を短い間記憶に留めておくだけだし」
それだったらできる、のだろうか。やったことないし、個人の能力に強く依存しそうだ。
「マークシートってどんな形式ですか」
「表面左側に学年、組、出席番号を書く欄がある。その右に三つのブロックに分かれた大枠があって……」
会長は必死に説明してくれたが、答案用紙の形式は大きなヒントにはならなさそうだ。新たな情報としては、答案用紙には表裏がある。これまた厄介な問題が浮上した。
「これだと犯人はカンニングしたい問題を狙える確率が半分じゃないですか。答案が表か裏か。もっと言えば、答案用紙を下にして寝ている人だっていたりしますよね。すると半分以下の確率になってしまいます」
「なるほど。考えれば考えるほどカンニングには適さない科目、試験方法だって思えてきた」
そう、おかしな点をあげれば枚挙に暇がない。他人や自分の短所はすらすら答えられるのに長所を言えないのと同じだ。それに、会長が言ったように数学はカンニングには適さない。暗記系の科目なら単語やら年号やらを書いたテープでも目に付かない場所に貼っておけばいい。それなら理に適う。犯人は数学が苦手なのはしかたないにしても、どうやってカンニングしたかさっぱりだ。
「いろいろ検討しましたが、やはり愉快犯ですよ。もうこれでいいじゃないですか」
ううんと会長が唸った。さっきはすぐにもう少し考えろとたしなめられたが、会長もお手上げのようだ。
もういい十分考えた、と思うと同時に悔しさも込み上げてきた。犯人との知恵比べに負けたのだ。犯人はカンニングの方法を編み出した。わたしには編み出せない。
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