第25話:輝きのステージ

 バックステージは、独特の熱気とオイルの匂いで満ちていた。

 出番を待つ選手たちが、最後のパンプアップに励んでいる。ダンベルを上げる音、荒い息遣い、互いを鼓舞し合う声。俺もチューブを手に、肩と胸に最後の刺激を入れていた。


「続きまして、フィジーク・ノービス部門、ファイナリストの入場です!」


 司会者の張りのある声が響き渡る。


「エントリーナンバー25番、佐藤優斗!」


 名前を呼ばれ、俺は大きく息を吸い込んだ。そして、堂々とステージへと歩みを進める。


 眩いほどのスポットライトが、オイルを塗った身体を照らし出す。一瞬、観客の視線に気圧されそうになるが、すぐに平常心を取り戻した。


 客席に目をやると、最前列で応援してくれている梓さんと健太の姿が見えた。

 健太は拳を突き上げ、梓さんは両手を胸の前で組み、祈るようにこちらを見ている。


 二人の姿を確認した瞬間、俺の腹は完全に据わった。


 軽快な音楽に合わせて、規定ポーズが始まる。


 フロントポーズ、そしてクォーターターン。これまで何百回、何千回と練習してきた動きだ。


 一つ一つのポーズを、自信を持って決めていく。


 厳しい減量を乗り越え、極限まで絞り込んだ肉体。浮き上がる血管(バスキュラリティ)と、筋肉の筋(ストリエーション)が、俺の努力の全てを物語っていた。


「おぉ……」


「すげえ身体……」


 客席から、そんな声が聞こえてくる。それが、たまらなく快感だった。


 そして、個人でのフリーポーズ。


 自分の好きな曲に合わせて、練習してきたオリジナルのルーティンを披露する。観客の手拍子が、俺の動きを後押ししてくれた。

 最高の気分だった。このステージに立つために、俺は頑張ってきたんだ。


 全ての審査が終わり、結果発表の時が来た。

 ステージに並ぶファイナリストたち。誰もが、やりきった表情をしている。


「……第3位、エントリーナンバー25番、佐藤優斗!」


 自分の番号が呼ばれた瞬間、頭が真っ白になった。


 優勝は逃した。けれど、悔しさは微塵もなかった。初めてのコンテストで、入賞できた。それだけで、十分すぎる結果だ。


 表彰台に上がり、ずっしりと重いトロフィーを受け取る。観客席に向かって深々と頭を下げると、割れんばかりの拍手が降り注いだ。

 ステージを降りると、梓さんと健太が涙目で駆け寄ってきた。


「優斗!すげえじゃん!マジでカッコよかったぞ、お前!」


 健太が力任せに俺の背中をバンバンと叩く。


 梓さんは、目にいっぱいの涙を浮かべ、言葉にならない様子で俺を見つめていた。


「おめでとう、ございます……本当に、素晴らしかったです……」


 その声は、感動で震えていた。


「ありがとうございます」


 俺は梓さんの涙を見て、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 彼女のサポートがなければ、この景色を見ることは絶対にできなかった。

 自然と、笑みがこぼれる。それは、これまでの人生で浮かべた、最高の笑顔だったと自分でも思う。


 失恋の絶望から始まった俺の挑戦は、輝かしい達成感と共に、一つの区切りを迎えたのだった。

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