第4話「倒すしかないのか――俺たちだけで魔獣を」

 ◇――DAY7


 船員の指示に従い、俺とルミナは船長室へと足を運んだ。


 扉を開くと中には、船長と『勇敢なる者』の三人が海図台を囲むように立っていた。


「誰だ、素人を呼んだのは」


 アステルが俺を見た瞬間目を細めて言い放った。

 緊張しているのかいつもより当たりがきつい。


「わ、私が呼んだんだ」


 サーニャの一言に、アステルが睨みつける。


「タンク役は必要かなって、そう思って……」


 アステルが流れるように視線を移動させ、細い目でルミナを見る。

 しばらく値踏みするようにルミナを見た後、もう一度俺を一瞥した。


「ちっ」舌打ちとともに視線を海図台へ戻す。


「余計なものまでついてきやがって」


 あえて聞こえる声量で言い放つ。


 俺は肩をすくめてサーニャを見ると、「ごめん」と俯いたまま、両手をゆっくりと組み合わせていた。


 バタンと船長室の扉が閉められた。

 船長・副長・勇敢なる者三名・俺とルミナ――最終的にこの部屋にいる人数は、計七名。


「ここに集まってもらったのは他でもない。すでに聞いていると思うが、本船は魔獣に狙われている」


 船長の言葉に、アステルが拳を握りしめて振るわせていた。


「副長、詳しい説明を」

「はい」


 副長が海図の上にマーカーを置き、指し棒で示す。


「現在、本船は港より12海里、約20キロ地点で停船しています。さらに海側20キロに、全長30メートル級の魔獣。時速15キロで接近中――接触まで約80分の見込みですが……」


 アステルが海図台を両掌で叩きつけた。


「ふざけるな! なぜ船を止めた――俺たちを巻き込む気か!」

「アステル――落ち着いて」


 セラフィナがアステルの背中に手を差し伸べた。


「大陸側、ブルクゼン港は本船に対して入港拒否。待機線は20キロ――」

「それなら島へ引き戻すのも手じゃないの?」


 サーニャが疑問を投げかけた。副長は首を横に振った。


「本船は片道分の燃料しか積んでおりません」


 アステルが副長の胸ぐらを掴んだ。


「おまえらの不手際じゃないか! 責任取って俺たちを陸へあげろ!」

「ブルクゼン側は12海里以内への侵入と同時に砲撃すると勧告してきました。それに――」


 副長は困った顔で船長を見る。

 船長はため息をついて続きを語った。


「燃料を積んだ分だけ人が乗れなくなる。会社の方針だ。私と副長では責任は取れんよ」


 アステルは掴んだ副長の胸ぐらから、ぱっと手を放した。

 そのまま船長室の端まで歩き、背中を壁に持たれかけた。


「倒すしかないのか――俺たちだけで魔獣を」


 震える拳を壁へ叩きつけた。


 そんなアステルの様子に部屋の中は静まり返った。

 しかし、魔獣が迫っている今、この時間すら惜しい。そう思った俺は話を進める。


「俺たちで魔獣と戦うとして、他の乗客はどうするんだ?」


 急な俺の質問に焦りながら副長が答える。


「は、はい。すでに救命ボートで本船から大陸へ向けて順次脱出しています。ブルクゼン側も避難に関しては合意しています。魔獣との接触には間に合うかと」

「なら俺たちも逃げるべきだ! 30メートルだぞ! 軍隊でもなければ倒せるわけない!」


 アステルの怒号を遮るように俺は話す。


「全員脱出して、その後はどうする? 海に無防備で浮かんだ俺たちを襲わない保証はないだろう」

「何のとりえもないやつが口をはさむな! そんなことはわかっている! いちいち俺につっかかるな雑魚が」


 だめだこりゃ。気が動転してまともな会話ができない。

 俺はアステルを無視して、船長らと話を進めることにした。


「で、どうする船長。対策はあるのか?」

「――あるにはある。魔獣には必ずコアと呼ばれる結晶物がある。そこを目掛けて本船を突撃させる。もしくはコアに近づき、アステル君の力で破壊すれば」


 ドン! とまたしても壁を叩く音。


「相手は棒立ちじゃない。希望的観測で隊を動かすな!」


 悲観的なアステル。言いたいことはわかるが、さすがに邪魔になってきた。


「セラフィナ」


 俺が呼ぶと彼女は驚いてこちらを見た。


「――何?」

「お前、アステル連れて逃げろよ。正直今のこいつじゃ足手まといだ」


「な――」


 驚きの表情をするアステル。対してセラフィナはむっとした表情で俺を睨みつける。


「アステルは強い。天使さまに選ばれた人――ギフテッド。これ以上悪く言うなら、私が許さない」


 予想外の反応だった。どうやらサーニャとはちがってこちらの方は本気でアステルに心酔しているようだ。


 俺はルミナの元へ移動し、耳元で小さな声で聞く。


「これまでの話、どう思う?」

「うん。セラフィナさんはアステルさんのことが本気で好きだね」

「じゃなくて!」


 俺の叫びに一同がこちらへ注目する。

 焦った俺は急ぎ、ルミナへ小声で再度質問する。


「魔獣だよ。お前の魔法で倒せそうか?」

「あ、そっちの方? うーん」


 ルミナは両手を組んで目をつぶる。


「単位をタロウとしたら何タロウぐらいの強さかな」

「なんだよその単位」


 船長室の床板が微かに軋む。

 ざわ、と背後の殺気が背中をなでた。

 これ以上ルミナのペースで軽口で会話していると、海へ放り出される――そんな予感がした。


「じ、10タロウだ。たぶんそんぐらいの強さ」


 ルミナは目をつむりながらうんうんと頷き、かっと目を見開いた。


「余裕だね」


 不敵な笑みを浮かべながら親指を立てた。


 肺の底から息が抜けた。

 ルミナがそう言うんだから、間違いない。

 俺は振り返り、船長に堂々と告げる。


「朗報だ船長。アステルに全て背負わせる必要も、船の突貫も要らない。足止めは俺たち、コアの破壊はアステル。この2本立てならなんとかいけそうだ」


 船長が眉をひそめた。


「どういうことだ? そもそも君とその少女は一体――」


 ドゴン! と大きな音と共に船が揺れた。

 同時に船内で甲高い音のアラートが鳴り響いた。


「何事だ副長!」


 副長は船長室に備えられた小型の魔力ソナーを見ながら震えていた。

 舷側を黒い影が横切り、窓に冷たい飛沫と墨の匂いが貼りついた。


「そんなバカな――魔獣です。本船は魔獣と会敵しました!」

「何! 接触まで一時間はあったのではなかったのか」

「触腕基部から圧縮水柱……いえ、投擲器官のような反応です!  船体振動はそれの命中――それよりも時速――20……さ、30? 最新の強襲艦以上のスピードで迫ってきています」


 船長室内の全員が息を呑んだ。

 船長と副長の会話から何が起こっているか理解できるはずなのに、本能がそれを拒否しているかのように誰もが動けない。


「5、4、3、2――接触します!」


 副長の声と同時に、体が宙へ浮いた。


 船ごと空へ飛んだかのような感覚が体を過ぎ去り、どしんと床に叩きつけられた。


「船底だと!」


 船長の叫びと同時に、今度は甲板に大きな衝撃が走った。


 墨の匂いと冷たい飛沫が窓を叩く。急いで窓から外を確認すると、甲板に、イカの脚のような触腕がまとわりついていた。


 触腕で救命ボートのダビットがうなり、ワイヤーが悲鳴を上げる。


 伝声管に耳を向けていた副長が叫ぶ。


「救命ボートは第3波まで発進済み、残り2艇――甲板に触腕、回収は困難です!」


「行くぞ」


 俺の声にルミナは無言で頷いた。


「私も行くよ!」


 サーニャも声を上げた。


 船長室の扉に手をかけ、俺はそっとアステルの方へ振り返る。


「どうする?」


 セラフィナが声をかけ、アステルは覚束ない足元で剣を杖代わりにして立ち上がった。


「――やってやるさ。俺は選ばれたんだ。この危機だって絶対に乗り越えられる」

「うん!」


 セラフィナは嬉しそうに答えた。


 ――どうやら、最悪の心配はなさそうだ。


「サーニャ、俺と触腕を引き付けるぞ。ルミナは魔法の準備――絶対に俺の合図まで撃つなよ」

「了解!」

「おっけー」


 二人の返事を確認して、俺は扉を開いた。

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