第3話「襲来」

 ◇――DAY4


 深夜。俺とルミナは甲板の目立たない場所に座っていた。

 しばらくすると足音がこちらに近づいてきた。マストの索具が、潮で重く鳴った。


「アステルとセラフィナがいちゃつきたいみたいだから、空気読むふりして部屋を抜け出してきたよ」


 現れたのはチーム『勇敢なる者』の一人サーニャ。


「さすがは船を守った英雄。特等室ならではの悩みだな」

「船長が気を利かせてくれたのは嬉しいけど、今度はこっちが気を遣う番になっちゃった」


 ルミナが頭をかしげた。


「アステルとセラフィナは二人っきりで何してるの?」


 ルミナの純粋な質問に俺とサーニャの背筋が凍った。


「――さっそくだが、アステルたちについて話してもらおうか」

「そのために深夜に集まったんだからね」


 とりあえずルミナを無視して話を進める。


「わかった! 二人でやることってエッ――」


 ルミナが言いかけたところでサーニャに胸ぐらを掴まれた。


「何教えてんのよ!」

「勘違いだって! 逆にその辺の話題は怖くて触れられないんだって」


 俺は身の潔白を証明しようと両手を上げた。


「どうしたの? 急に喧嘩して」

「ルミナ。アステルとセラフィナは二人で何してると思う?」

「あんた、まだ――」

「エカルテでしょ? トランプの。サーニャもやりたかったの?」


 サーニャの肩が落ちる。


「……ごめん」

「いや、いい。できればその辺の教育は俺には無理なんで、船にいる間は君に任せたい」

「――了解」


 俺とサーニャのやり取りにルミナだけが下唇を尖らせていた。


 サーニャの正体はシャーク海賊団の先代船長ソーニャの娘だった。

 シャーク海賊団は元々、俺の師匠――リイルとの契約で、大陸側への海賊行為を黙認する代わりに、島周辺の警護を任されていた。

 しかし、大陸帰りの亜人、ネイドを海賊団に招き入れてから状況は一変した。

 ソーニャを追いやり、海賊団を乗っ取ったネイドは島民への略奪を開始した。


「学生寮にいた頃に始まってた。手紙が途絶えたと思ったら、行方不明――ってわけ」


 島の学校を卒業したサーニャだが、帰るところは無い状況。

 路頭に迷っていた時に、同じ学校に通っていたアステルに声をかけた。


「大陸に行くって聞いたからさ。頭を下げて仲間にしてもらったの。アステルならネイドを倒してくれるかもって」

「なんでアステルを選んだんだ? 辺境の島とはいえ、他を頼る手だってあっただろう」


 先日の一刀――ネイドを両断したそれは、一流の型。なぜか、違和感が拭えないが。


「身寄りのない学生あがりだよ? 他なんてないよ。それに――」


 サーニャは夜空を見上げた。星がいつもより輝いて見える。


「アステルは確かに学校で最強だったからさ、知り合いに頼るのが手っ取り早いかなって」


 サーニャは、わざわざ古い伝手を辿って海賊団に情報を流した。狙いはひとつ――アステルをネイドにぶつけるためだ。


 船楼のランタンの芯がちりっと爆ぜた。


「えぐっ! 怖いわー。復讐のために無関係の人やかつての仲間を利用するなんて」


 俺は半歩だけ退いた。


「仕方ないだろ! 私だって必死だったんだ。生き残るために選ばざるを得なかった悪手、ってやつ。正しいとは思ってないよ。それに――」


 サーニャは胸に手をあて、歯を食いしばるように表情を歪ませる。


「最終的には島のためになると思ったんだよ。アステルの腕なら、辺境の海賊くらい――そう思ってた」


 ――だけど不安がぬぐえなかった。アステルと共に行動する日を重ねるにつれて、なぜだか彼の実力に疑問を持たざるを得なくなった。


「そんな時に魔力測定器ぶっ壊したルミナちゃんを見つけたんだ。アステルに相談したら喜んで仲間に迎え入れたいって言ってて、これなら母さんの仇が取れるって思った」


 無邪気に笑うサーニャ。こっちにとっては笑えない。


「ねえ、さっきから二人ともアステルさんの実力疑っているけど、どうして? 結構すごい技使っていたと思うよ」


 ルミナが素直に疑問を投げかけてきた。


「あれほどの技なら所作の隅々に滲むってもんだ。構え、歩き、視線。――でもアステルは」


 俺がサーニャに視線を向けると、すぐに頷いた。


「とても一流には見えない。小さいとき海賊団の団員を見ていたからかな。アステルの動きは下っ端と変わらない。けれど、すごい魔法やスキルをたくさん持っているのも確かなんだ」


 俺と同意見。行動を共にしていたサーニャが言うのだからほぼ間違い無いだろう。

 アステルの技には何か仕掛けがある。


「あの技――アークインフェルニアだっけ。あれを放った後も異様に体力を消耗していたな。すぐにセラフィナが回復魔法かけていたし」


「ふうん……」とルミナは空返事。さっきの好奇心は、もうどこにもない。


 とりあえずアステルが信用ならない人物だということはわかった。問題は、それでどうするかだ。


「目的の復讐は果たしたんだろ? このままアステルたちと旅を続けるのか?」


 サーニャは顎に指を当てて遠くを見る。


「いやー、行方不明の母さん探さないといけないし、最初はそう思っていたんだけどさ。ルミナちゃんの魔法を目の当たりにして、やっぱりアステルとは一緒にいられないかなあ、って思っただけ」


 遠くを見つめていたサーニャが、視線だけをちらりと寄越す。


「――言っておくけど、俺は甲斐性なしだからな。ルミナの世話で精いっぱいだからな」

「精一杯世話しているのはわたしなんだけど!」


 間髪言わずにルミナが話に食い込んできた。話が長引くから突っ込まないが、世話しているのは絶対に俺のほうだ。


「いや、別にあんたたちに同行させてって話じゃないよ。ただ、大陸に着いたら、しれーっと『勇敢なる者』抜けようと思っているから、その時がきたら少し助力がほしいっていうか」


 サーニャが笑いながら、わざと星のほうを向いた。


 まったく。素直に協力してくれ、って言えばいいのに。


「別に協力してやってもいいぜ。ただし、何か報酬がないと、やる気がしないのも確かだな」


 俺はわざと意地悪な返しをした。すると、食いつくように顔をにやりと俺に向けた。


 波間で、錆びた鎖が鳴った。


「ルミナちゃんのこと黙っていてあげる」

「何――?」

「アステルもセラフィナもルミナちゃんのすごい魔力には気づいているけど、そもそも、この子、普通の人間じゃないよね」


 空気が一瞬静まり返った。

 ルミナだけがきょとんと「どういうこと?」と呟いていた。


「私も亜人だからさ、わかるんだよね。常識を超越する何かをもっている子だって」


 ルミナを見つめながら目尻だけ笑うサーニャ。


「そうなの?」


 無垢な表情でルミナが聞いてきたので「知らん」と一蹴しておいた。


 甲板に座り込んでいた俺は、特に前置きもなく立ち上がる。


「事情はわかった。お前が『勇敢なる者』を抜けるまでは口裏を合わせてやる。その代わり――」


 俺はビシッとサーニャに向かって指さした。


「これ以上アステルたちがルミナに興味をもたないように全力で――」


 サーニャが俺が突き出した指に向かって、手を差し出した。


「わかってるよ。ルミナは私が守る。何かあれば真っ先にレンに相談する」


 サーニャは無邪気に満面の笑みを向けた。

 俺は掌を開き、差し出された手を掴んだ。


「これで、契約完了だね――って」


 船の見張りの鐘が、遠くで鳴った。

 握手を解かず、そのまま引き起こした。


 サーニャは少しだけ頬を赤くして口元を緩める。


「じゃあね。また明日」


 手を振りながら、足取り軽く船の中へと消えていった。


 しばらくその背中をぼーっと見ていた。

 掌に残るサーニャの手の感覚が拭えない。


「父さんってさ」


 突然ルミナに話しかけられて心音が一拍ずれた。


「な、なんだよ」


 ルミナはしばらくの間ジト目で俺の顔を見つめ、大きくため息をついた。


「案外この旅で結婚相手とか見つけそうだよね」

「ど、どういう意味だよ」

「別に。ただそう思っただけ」


 くらやみでルミナの表情が見えなかった。

 いったいどういう心境でそんな台詞を俺に言ったのか。

 齢三十五の頭では、追いつけない。


 ◇――DAY6


 わたしの名前はエルナ・ノルド。今回、初めてこの旅客船の船長を任された。

 海賊に襲われた時は肝を冷やしたが、なんとかその脅威も完全に去った。


 私は製作中のボトルシップの最後の仕上げへと取り組み出した。

 何せ明後日までに、大陸で待つ息子に約束のボトルシップを完成させ、プレゼントしないといけない。


 私は慎重に瓶の中へピンセットを差し込む。


「船長! 大変です」


 大きな音と振動と共に副長がノックもせずに船長室へと入ってきた。

 ――危なかった。もう少しでマストを倒すところだった。


「どうした。私は今、非常に大切な任務の最中だ。できれば用件は明日にしたいのだが」

「魔獣です! 30メートル級の巨大魔獣がこの船に近づいてきてます!」


 興奮しながら副長が叫んだ。

 そんな様子に私はため息をつく。


「あのね。魔力ソナーでこの辺にも魔獣がいるのは、私だって気づいているよ。でもね、この船のスピードなら、魔獣は追いつけないでしょ。帝国軍にいた時はそれぐらいで驚くやつはいなかったよ」

「ずっと追跡されています!」

「話聞いてる? 追いつかれる前に上陸すればいいだけじゃないの。海の魔獣は陸には上がらんよ」


 私はボトルシップの作製を再開した。最近の若者は魔獣と聞くだけでこれだ。情けない。


 すると副長は震える手で紙を出して、中の文章を読み出した。

 

「さ、先ほど伝書が届きました。曰く――『貴船が魔獣を撃退しない限り上陸不可。十二海里に侵入した場合、魔獣ごと撃沈。』――とのことです」

 

 ボトル内のマストがぱきっと割れた。


「え? 何を言ってるんだ。この船は民間の旅客船だぞ。魔獣撃退などできるわけがない」

「お、おそらく、我々は大陸側が魔獣を撃退するための都合の良い囮にされたのだと思われます」


 私は怒りのまま瓶ごとボトルシップを叩きつけた。


「アステルを呼べ! こんな時のために厚遇してやってるんだ。命をかけてこの船を守らせろ!」

「は、はい!」


 副長はドタドタと船長室から出て行った。


 私は粉々になったボトルシップを見つめながら、椅子へと座る。

 胸の中のロケットペンダント。覗けば幼い息子の写真。


 家族と平和に暮らしたかったから帝国軍をやめて、こんな辺境に来たのに、なんでまだこんな目に遭うんだ。

 

 目頭に大粒の涙を溜めながら、伝声管に向かって命じた。


「――当直、緊急配置。鐘を鳴らせ」

 

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