第2話「サーニャ・ブルーフィン」

 ◇――DAY3


 三メートルはある巨大な鮫亜人が、両手で『勇敢なる者』の女賢者と女剣士の頭を鷲掴みにしながら大笑いをしていた。


「子分がやられたと聞いてやってきたが、何のことはない。大技を振り回すだけの雑魚じゃないか」


 さっそくシャーク海賊団のボスが復讐にやって来た。


「仲間を離せ!」アステルがボスへと剣を構えながら、冷や汗をかいて叫んでいた。


 ――だから逃さない方がいいといったのに。

 俺は乗組員や乗客に紛れ、無表情で事の成り行きを見ていた。


 ふとルミナを見ると、指先に光が集まっていた。

 甲板がみしりと鳴る。

 俺は焦りながらも短く告げた。


「まだだって。俺が良いというまで絶対に魔法放つなよ」


 ルミナは顔を赤くして肩で息をしていた。魔力の放出の我慢に限界が来ていた。このままではこの船ごとルミナの魔法で爆散してしまうかもしれない。

 俺は頭を抱えた。海賊団のボスより娘の方がよっぽどやばい。


「なあルミナ。あの海賊のボスってどのくらいの強さに見える?」

「え? 近所にいたタロウ(神社周辺に住んでるペットのオオカミ)より弱いんじゃない。――そんなことよりも、もう漏れそう。限界」

「タロウ(全長五メートルの人食いオオカミ)ねえ……ていうか、何を子供みたいなこと言ってるの!」


 ルミナの目が笑っていなかったため、俺とルミナはこっそりとこの場を抜け出し、マストの陰まで下がり、甲板の様子だけが覗ける位置まで移った。


「アステル! 私のことは構わないで」

「ぐははは! どうする勇者。仲間を見捨てて俺へ剣を振るえるのかぁ?」

「――くっ! 卑怯者め!」


 覗くと、甲板は最高潮だった。


「皆が見ていない今のうちに、魔力を海に向かって吐き出せ」


 俺は必死にルミナの背中をさすった。


「ああやばい。もう出る。限界――」


 ルミナは船酔いのようなセリフを吐いた。


 ルミナの差し出した両手の輝きが増し、髪がふわりと逆立ち、靴底が低く唸った。


 とその時、高波のせいで船が浮いて、足が滑った。俺はついルミナの肩を掴んでしまった。


「あ――」ルミナの声と共に強大な魔力が明後日の方角へ放出された。


 甲板がえぐれ、一直線の光芒はボスの脇をかすめた。

 欄干が粉々になり、泡立つ航跡を引いて光は海賊側の母船へ――。


「なんだ?」


 ボスの漏らしたひと言。

 その一秒後、ボスの背後――待機していた海賊側の母船が木っ端みじんに爆発した。

 衝撃波が船体を鳴らす。


 破壊された船の残骸が、衝撃波に押されてこちらの船まで飛んできた。破片は帆に穴を開けたが、致命傷は免れた。

 ボスが振り返ると、船だった場所から上がる巨大な灰色の煙。


「お、俺の船が――」

「今だ!」


 ボスが自分の船に気をそらしていた隙に、アステルは剣でその両腕を切り裂いた。


「――しまった」


 ボスの両腕が跳ね、掴まれていた二人が甲板に転がる。


「とどめだ! ――アークインフェルニア!」

 

 アステルの必殺技に、灼けた刃が弧を描く。


 アステルは横一文字に振り切り、両者が一瞬硬直――。


 一拍置いて、ボスの身体がずるりと横へ滑った。


「この俺が――バカな」


 そのままボスの体は真っ二つとなり、ボトリと甲板へ落ちた。


 女剣士はすぐに乗客たちの元へと走った。操舵手に合図を送り、風位を変えさせた。

 乗組員も乗客もあまりに一瞬の出来事で、最初は何が起きたのか誰も掴めなかった。しかし、燃え上がる海賊側の母船を背景にアステルが剣を鞘にしまうと、チーム『勇敢なる者』がシャーク海賊団に勝ったことを理解しだした。


 アステルの肩が大きく上下していた。女賢者が背に指先で触れ、短く詠じる。荒い息が、わずかに整った。


「うおおおお!」


 一斉に船上の人たちが勝利の雄叫びを上げた。

 その声の圧で甲板が揺れていた。


 原因が俺たちだとは、誰も知らない。

 俺とルミナは影から覗いていた。


「一件落着だな」

「バカ! なんでわたしの肩引っ張ったの。あと少しずれていたら人質どころか乗員にむかって魔法放っていたじゃない」


 ルミナが耳まで赤くしていた。


「まあ待て。そもそも、この件はお前が魔力吐き出したいって言いだしたからだろう?」

「わたしが定期的に魔力吐き出さないとダメなの知っているでしょう!」

「え? 俺のせいなの。自分の体質わかっているなら深夜にでも海に向かって事前に魔力吐き出しときゃよかったんじゃないの? いい加減なんでも俺のせいにする癖直したら」


 板が低く軋む。ルミナの眉が、さらに吊り上がる。


「はあああ? 乙女が夜中にゲロ吐くみたいに甲板で魔力吐き出していたら恥ずかしいのぐらい察してよ」

「ゲロとか言ってる時点で乙女じゃないだろ」


「――そろそろいいかな?」


 俺とルミナがはっと声がする方を見る。

 

 そこには、群青のビキニアーマーに銀髪のツインテール。片手の大剣を軽く立て、海色の瞳でこちらを射抜く一人の女性が佇んでいた。


 ――『勇敢なる者』の一人、女剣士。


「サーニャ・ブルーフィンだ。こんなとこで何してんの」

 

 サーニャは目を細めたまま近づいてくる。潮の匂いがした。

 

 お互いの頬をつねり合っていた俺とルミナは一斉に、手を放してそっぽを向いた。


「いや、何。少々教育を」

「情けない父さんに活を入れようと思って」


 俺とルミナは同時にごまかすように苦笑いを浮かべた。


「ふーん。そうなんだ。私はてっきり、海賊側の母船の後始末を相談してるのかと」

「そうそう、不可抗力だからね。俺たちのせいじゃないよね」

「そうそう、だいたいわたしみたいな可憐な少女が船一隻爆発させるような魔法を放てるわけないじゃん」


「ねえ」と俺とルミナはサーニャに言い寄った。


 サーニャはそんな俺たちを見て口元だけ笑いを浮かべた。


「やっぱりあんたたちだったんだ。私の船を破壊したのは」

「え?」


 俺とルミナは固まるように止まった。


「すまない。意味がわからない。どういうことだ」

「何度でも言ってやるよ。私はシャーク海賊団団長の娘だよ」


 サーニャは小さく息を吐いた。指先で腰骨のあたりを弾くと、隠していた鮫の尾びれのようなものが滑り出る。


 突然の事過ぎて、俺もルミナも「そうなんだ」と気の抜けた返事をするしかなかった。


「普段は隠しているんだけどさ、これで信じられるだろ」


 歓声の残響と、サーニャの尾びれだけが静かに揺れていた。

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