第1話「魔力ゼロの俺」

 世界を書き換えるヴォイド。ただし代償は重い。

 三十五歳の俺は、娘ルミナと世界の中心にある『天使の塔』を目指す旅に出た。

 達成できなければルミナは円堂おわりに殺される。


 残された期限はあと三百六十三日。


 塔は遠い。前人未到のその場所に、どうやって辿り着けばいいのか見当もつかない。

 三十五歳。体力も気力も心許ないが、なんとかするしかない。

 手がかりは島の向こうの大陸側。

 まずはギルドで稼ぎ、記録庫に当たり、通行状と案内人を手に入れる。

 入り口は全部、向こう側だ。


 ――ふと思う。円堂おわりはどうやって天使の塔へ行ったんだ?


 ◇


 島の港。最初のトラブルが待っていた。


 魔力計の針はゼロを差したまま微動だにしなかった。魔導脈がないのだから、当然だ。


「……嘘だろ。ゼロは初めて見たぞ」


 乗船手続きの係員が顔を引きつらせ、俺と魔力計を何度も見比べる。


 周囲がざわついた。係員と揉めているように見えた。余計な注目は避けたい。


「というか、乗船に魔力検査、必要なんですか?」

「船員を守るためだよ。海の上は無法地帯。慎重になるのは当然だろう?」

「なるほど。じゃあ俺は問題ないってことだな」


 木槌がコツンと鳴り、係員は乗船券を二つ折りにして無言で突き出した。


「次の方」


 ――ふぅ。なんとか問題なく通ったみたいだ。


 ◇


 桟橋の影で紙を開く。手元の乗船券には『不許可』の文字。


「なんでだよ!」

「得体の知れない父さんは乗せたくないんだよ」


 横で達観した顔の娘――ルミナが言う。彼女の乗船券にも、しっかり『不許可』の文字。


「たしかに。得体の知れない奴は乗せられないみたいだ」


 俺の視線に、ルミナが気づく。頬が赤い。言い訳が始まった。


「あの魔力計安物だよ。触れた瞬間に計測器の針が勢いよく回って竹とんぼみたいに飛んで行くんだもん。道具にはちゃんとコストかけなきゃ!」


 こうして俺たち親子は、最初の一歩でつまずいた。


 ◇


 どうするか。二人で桟橋の縁に腰を下ろし、脚をぶらぶらさせながら、海の向こうにうっすら見える大陸を眺めた。


 背中をトントンと叩かれた。振り返ると――三人組が立っていた。

 真ん中の男が笑顔で口を開いた。


「困ってるなら、俺たちが助けてやろうか? 魔力ゼロでは何かと大変だろう」


 男が保証人になるなら、口利きで『不許可』は取り消せるという。


「どうする?」

「選択肢ないじゃん」


 ルミナは肩だけすくめながら答えた。


 三人組は『勇敢なる者』というチームを組んでいて、魔獣の掃討を掲げていた。


 そんな『勇敢なる者』リーダーのアステルが手を前に差し出したので、握り返した。

 握手した掌は氷みたいに冷たく、静電気のような痺れを感じた。アステルを見ると、口角だけが上がっていた。

 次にアステルはルミナの方へ手を差し出した。ルミナは恐る恐るアステルの手を握り返した。と、ルミナの手に軽く触れた瞬間にアステルの目が見開いた。しばらくの沈黙の後。深く息を吐いて、その手を離した。


 俺もルミナもアステルの挙動を少し怪しく思うが、島を出るためには仕方ないと、お互いに肩をすくめて流すことにした。


「俺たちは世界を救う第一歩として、ヴェルガノス帝国へ向かう予定だ」


 アステルの言葉に俺は頷く。


「すごいな。大陸でもトップの発展国じゃないか。俺も連れてってくれよ」


 俺は手っ取り早く金を稼ぎたい。それなら景気のいい帝国を目指すのもありだ。

 本当に行きたいのは、世界の中心にある天使の塔。けど、行き方も資金も不明だ。だから、わかりやすい金稼ぎから始めるつもりだった。


「アッハッハ――! 君は魔導脈もないのに、おもしろいことを言うな。しかし、一人旅ならまだしも、娘を同行させての旅だ。ちゃんと地に足の着いた夢を見ないといけないのじゃないのかな?」


 アステルは顎をわずかに上げ、笑わない目で言った。


「それ、ここに来るまでにもさんざん言われたよ」


 俺は目を細め、ルミナを見てつぶやいた。

 残りの『勇敢なる者』メンバー二人がルミナに興味を持ったのか、やたら娘にくっつきたがっている。片方は髪を払うふりでぐっと距離を詰め、もう一人は肩越しに掌サイズの透明片をちらとルミナにかざしてみせた。仕草は自然だが、目だけがやけに真剣だ。

 透明片の縁が一瞬だけ淡く光った。――気のせいか。

 

 これが男だったら今すぐ海に放り投げているところだったが、一応二人とも女性なので、どうにか歯を食いしばって耐えることにした。


 俺の可愛い娘。世が世なら千年に一人の美女として、祭り上げられていてもおかしくないほどの美しさ(注・父親視点)。

 島から出たら色々な人にちょっかいを出される、という可能性を失念していた。

 同性に絡まれるだけでこんな感情が生まれるなんて、大陸についたら俺は毒親のようにルミナを拘束したくなる欲望に支配されるのではないのか。


 いかん、このままでは――思い切り頭を振った。


「ど、どうした!」


 アステルは俺の急な動作に焦りだした。


 ――深呼吸。娘離れの旅でもある。一年後に備えて精神の修行をしなければならない。

 俺はすぐに両手を合わせて、目をつぶり瞑想を行う。邪念よ、去れ。


「……どうでもいいけど、船にだけは乗り遅れないでくれよ」


 アステルはそう言って、船の方へと歩いて行った。



 ――出航の合図が鳴る。何はともあれ島からの脱出には成功した。


 ◇――DAY1


 夜。

 手すりに肘をかけ、近づいてくる大陸を眺めた。その背後には、細く天を貫く天使の塔。

 すると、アステルが声をかけてきた。


「大陸を目の前に緊張しているのかな?」

「……そうだな。長い間島でダラダラ過ごしていたからな」


 振り向かずに答える。


「――俺は島の警備兵として働いていた。けれど、この有り余る力はもっと別の場所で使うべきだと思ったんだ」


 アステルの目は大陸を向いていた。


「君にはあるのかい? 俺と同じぐらい大きな志が」


 天使の塔を見たまま、視線だけをアステルへ向けた。何も答えない。


「大陸には凶暴な魔獣がうようよしているみたいだ。魔王軍が滅んだ今も、人類の危機は終わっていない。――生半可な覚悟じゃ、生きていけない」


 目の前の海が盛り上がったかと思うと、どぉん、と腹の底に響く音とともに巨大な生物が跳ね上がった。

 ざっぱーん、と弾ける水飛沫。その振動が、船の上にも響いた。

 ――たしかに。大陸ではあんなのがウロチョロしているんだとしたら、命がいくつあっても足りないだろう。普通の人なら。

 

「海上の魔獣か……距離はあるから平気だろうが、何が起こるかわからない。早く寝て体力を温存しといた方がいいかもな」


 アステルはそう言って、この場を離れた。


「志、ねえ……」


 天使の塔を見つめながら俺は呟いた。


 ◇――DAY2


「ひゃっはー! 今からこの船はシャーク海賊団のものだぜぇ」


 横づけにされた船から、人と鮫を合わせたような見た目の亜人が剣を片手に乗り込んできた。

 一か所に集められる乗組員と乗客たち。

 俺とルミナも一応言われた通りに、他の者たちと同じ場所で座り込んだ。


「命が惜しかったら金目のものは全て差し出すんだぁ」


 鮫亜人の一人が袋を広げて、乗客一人一人を回り始めた。

 海賊たちの数は十名強ほど。


「ねえ父さん。あいつらぶっ飛ばしてもいいかな」


 ルミナは剣を振り回しながら「ひゃっはー!」と言いまわっている鮫亜人を呆れた目で見ていた。


「まあ落ち着けって。この展開、たぶんアステルたちの待ち望んでいたやつだろうから、しばらく放っておこう。幸い、死人も出ていないし」


 ため息をつきながらルミナは肩を落とした。


「ぎゃああああ!」


 突然袋を持っていた鮫亜人が叫び、血を流した。

 それを号令のように、他の海賊たちの体が火に包まれ出した。


「な、なんだぁ!」


 唯一無事な鮫亜人が剣を構えて周囲を確認しだした。


「――これ以上、好きにはさせない」


 声の先に佇むはアステルの姿。その後ろには杖を前に掲げ、マントを翻すアステルの仲間の女賢者。

 そして、他の乗客に紛れ込んでいたアステルの仲間の一人、女剣士が剣を片手に立ち上がった。先ほど斬られた鮫亜人は女剣士によるものだったようだ。


「このまま立ち去るなら何もしない。しかし、これ以上狼藉を働くなら容赦はしない」


 アステルが剣を構えた。

 その姿を見て、海賊たちは自船へ戻り、逃げるように去っていった。


 よかったと喜ぶ乗組員と乗客たち。

 『勇敢なる者』の皆は肩で息をしながらも、歓声に手で答えていた。


「さすがだな、勇者アステル。でも、海賊たちを返してしまってよかったのか?」


 俺はアステルの元へと移動し、手を差し伸ばした。


 そんな俺の手をとらずに、アステルは目だけで返事をした。


「俺は無駄な殺生は好まない。君も魔力ゼロの弱者なら、不用意に戦いに首を突っ込まないことをおすすめするよ」


 そう言って、アステルは船長のもとへ移動し、船員たちと握手を交わしていた。


「あーあ、しーらない。逃がした海賊たち、絶対また戻ってくるよ」


 ルミナは持てはやされる『勇敢なる者』メンバーを見て眉をひそめていた。


「いいんじゃないの。使っている魔法も技もまあまあだったように見えたし。また来ても、すぐに倒してくれるでしょ」

「うーん。でもなんか違和感があるんだよね。使っている魔法に対して魔力が追いついていないような……」


 魔導脈のない俺には魔法についての感覚がない。そのせいか特に違和感はなかったが、強大な魔力持ちのルミナには何か感じるものがあったみたいだ。


「まあいいさ。俺たちが動くのは大陸に出てからだ。それまではじっとしておこう」


 俺はルミナの頭を撫でた。


「せっかく魔力放出するいい機会だったのに……」


 ルミナが呟いた。


 結局、魔法をぶっ放したかっただけのようだ。


 歓声の底で、潮の匂いだけが冷たかった。


 ――残り三百六十一日。

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