プロローグ 後編

 ――ジブリイル領、リイル島。リイル神社・大広間。


「先に言っとくけど、私でも彼女円堂おわりの目的はわかりません」


 目の前にいるのは師匠かつ引きこもり先の主、リイル。

 灰色がかった銀髪を腰どころか地面まで伸ばし、見た目は十歳ぐらいの少女だが、実際は何歳かわからない。


 彼女は不機嫌そうに頬を膨らませながら俺の話を聞いていた。


 このリイルという女性は、アステリアで俺の過去やヴォイドのことを知っている唯一の人物だ。


 そういうわけで、俺は悩む暇もなく、真っ先にリイルへと、円堂おわりの件を相談したのだった。


「えぇぇ……そんなぁ」


 俺はこたつに突っ伏した。


「俺が頼れるのは師匠しかいないんだよ。だから全部話したのに」


「私だってわからないことはたくさんあるの! ――けれど、知らないうちに世界が終わるぐらいの事件が起こったってのは理解したよ。――昔、あんたがルミナちゃんにやってしまった時のようにね」


 こたつに包まれながら俺とリイルは向かい合っていた。

 その横でルミナは美味しそうにみかんを食べている。

 話は理解していない――というより興味がない様子だった。


 そんなルミナを見て、俺とリイルはふと視線を交わした。何も言わず、ただ目を細めて。


「でも、確実に言えることもあるよ」

「師匠! 好き!」


 こたつの中で足を伸ばしてリイルに触れようとしたら、すぐに跳ねのけられた。


「あんたが倒したのは一年後の円堂おわり。今この時間にいる彼女は傷一つついてない」

「……どういうことだ?」


 俺の顔を見て、リイルがため息をついた。


「あんたはついさっき、別の世界線でルミナちゃんを失って、未来まで円堂おわりを追いかけたんだよね?」

「――別の世界線? 未来には行ったけど」


 リイルは目を伏せた。


「同じ時間に戻ってきたはずなのに、起きたはずの出来事だけが消えている。だったら、ここは結果が分岐した世界だろ?」


 脳裏に走るルミナの残骸。

 あれがただの幻になってくれるのなら、それで良い。けれど……。


「それに、天使の監視対象のあんたが、一瞬とはいえ痕跡なくこの世界から消え去った。そんな異常に、天使側から動きがあってもおかしくないとは思わないかい?」


 『天使』――アステリアの支配者。

 

 人々は、ただただ上位の存在として認識し、敬い、信仰している――神のような存在。


 封印指定の俺が世界から消失すれば、天使なら簡単に把握できているはずだ。


「いや、待て。確かになんだか変な感じだ。けれど、ルミナは生きている。師匠も天使から何も指示されていない。それならそれで良いんじゃないのか?」


 ルミナがみかんを食べている手を止めて俺に語る。


「父さんが見た、はわたしと別人だったりして」


 リイルがルミナに続けて話す。


「あんたは円堂おわりに挑発されて、未来へ行って、世界を見て、彼女を倒した。で、現在に戻ってきたら、円堂おわりがやったことが全部嘘のようにリセットされている」


 指先が冷える。視界の残像が走り抜ける。


「これってさ、一年以内に塔へ辿り着かなかったらルミナちゃんを殺すっていう脅迫に見えないかな」


 未来で見た黒い地平線。あの光景が、ルミナの死と一年という期限に関係しているとしたら。


 リイルとルミナの視線が刺さる。


 喉が鳴った。


「ま、まて、薄々気づいていることを再確認して良い?」


 リイルとルミナが同時に手を差し出して「どうぞ」と言った。


「俺――ハメられたのかな?」


 リイルが両腕を組んで頭を落とす。


「回りくどい脅迫状だったね。言えない理由があったのだろうけど」


 ――狙いはルミナじゃない。俺だ。


「話をまとめよう。今この世界にはあんたと同じ力を使う円堂おわりがいる。だから、あんたは現在の円堂おわりを倒すまで、ルミナちゃんと離れることはできない。いつまた襲ってくるかわからないからね」

「それは――嬉しいような。悲しいような」


 ルミナをちらりと見ると、目が合った。

 すると、舌を出してすぐに顔を逸らした。

 

 ――く。我が娘ながら、ムカつくけど、かわいいじゃないか。


「そしてあんたたちが取れる選択肢は二つ」


 リイルが指を折る。


「1つ――1年以内に天使の塔へ向かい、かつ、現在の円堂おわりを倒す。2つ――このまま何もしない。いつ来るか分からない襲撃に怯えて暮らす」


 討伐か、放置か。

 胸の奥がいやな音を立てた。


「私は天使の塔へ向かう選択肢を推すけどね。前々からルミナちゃんを天使の塔へ返してやりたいって言ってたのは、あんた自身だし」

「まあ、そうだけど」


 天使の塔には人が存在しない――と言われている。

 というか行き方もどんな場所なのかもこの世界の人間は誰も知らない。

 

 前人未踏の場所へたった一年で娘を連れてたどり着くというのは不可能に近い話だった。


「しんどいなあ。何もしない場合はどうなるのかな」


 できればルミナや師匠と静かな余生を過ごしたい。


「まったく――後ろ向きな選択肢に惹かれるんじゃないよ」


 リイルはむかれたみかんを手に取って、一房口へ放り込む。

 それを不服そうにするルミナはすぐに自分の手元へとみかんを戻す。


「円堂おわりが、今この瞬間に襲ってきたら、みかんを取り合っている場合じゃないだろうね」

「何だそれ……」

「まあ、旅に出ようと、引きこもろうとあんたの気の抜けたダラダラニート生活は今日でおわりを迎えたのは間違いないね」


 苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる俺を、リイルはにやにやと笑いながら見つめていた。


 選択肢とか言うけど、答えは最初から決まっているじゃないか。



 ――半刻後。リイル神社鳥居前。


 視線の先には、薄い線のように伸びる天使の塔。

 見えているけど、遠すぎて届く想像ができない。


 ため息を一つ。


「天使の塔へ瞬間移動とかはダメかな?」


 遠い。歩いて行くには――あまりにも遠い。


「派手なことをすると塔にたどり着く前に天使に封印されるかもしれないからダメ」


 制約が多いな。

 

 まあ、実際、円堂おわりとの戦いで、俺はヴォイドを使い果たしている。

 少しずつ回復している実感はあるが、瞬間移動なんてインチキができるまでには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 

 やっぱり地道に正規のルートをたどるしかないか。


「じゃあ、ちょっくら娘を救いに行ってくる」


 ――もちろん、リイルは島から動けない。島での俺の監視人だから。


 ルミナは地図の端に小さな星を描いた。


「ここが塔。365――よし! 日が昇るたびにカウントだ」


 袋の中を覗き、何度も指を折りながら数えていた。


「1日5銀貨だとして、かける365……足りない。途中で仕事見つけなきゃ」

「……君、自分の命がかかっているのに楽しそうだね」

「外の世界が見られるんだよ! 楽しみに決まってるじゃん。それに――」


 三日月みたいに目を細め、頬をほんのり染めると、ふわりと笑みがこぼれた。


「わたしと父さんより強い敵なんていないからね、今度は一緒に戦おう」


 思わず息を呑んでしまった。顔を背けて答える。


「――とりあえずお金稼がないとな」


 昔、ギルドで冒険者登録すると、かなり稼げると聞いた。


「決まりだ。迷うのは歩きながらでいい」


 塔を見上げる。


 ――天使の塔到達まで残り三百六十五日。

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