封印指定の35歳、最強の娘とともに世界をリライトする~異世界で20年隠居していましたが、娘のために1年以内に天使の塔へ向かいます~

水一乃

プロローグ 前編

 アステリア。俺が転移した、剣と魔法の異世界だ。

 

 縁側に寝そべり、視線を庭に落とす。そこに一人、少女が立っていた。


 明るい金髪に、毛先だけ淡く白が混じる愛らしいショートボブ。


 娘のルミナ。


 あいつは俺の視線に気づき、両手を大きく振る。


「お願いだから就職してー」


 ……かわいい顔して辛辣だ。


 海の向こうにそびえる『天使の塔』の影が、細くこちらまで伸びているのが見える。

 あれが、この世界を支配する天使たちの居場所。

 俺は願いの代償で、天使にこの島に縛りつけられている。


 鳴き声につられて空を見上げる。三つ首の海鳥が五羽、同じ軌道で飛んでいた。


  ――ゆっくりと流れる、穏やかな毎日。


「やあ。円堂えんどうおわりだよ」

「え?」


 気配も音もなく、突然、ルミナの隣に女性が現れた。

 金の髪が、陽の光をはね返して眩しかった。

 制服姿――青のブレザーに緑のプリーツスカート。どう見ても、日本のどこにでもいる女子高生。


 喉の奥が詰まった。


 ルミナはあまりの突然の出来事に、目を大きく開いたまま固まっている。


 おわりが俺を向いて話しだす。


「こんなところで何してるの?」


 だから俺は答える。


「……ダラダラと庭にいる娘を見てるんだよ」

「いいよね、そういうの。風情があるっていうのかな。でも、ダメだよ。この世界にきてもう二十年だよ。いいかげん冒険とかしなきゃ」


「転移のときにもらったスキルがチートすぎて思うようにいかないんだよ。この世界が脆すぎて気を遣わないといけない。しんどいよ」

「そうだよね。最初から竜王の城へ行ければいいんだけどね。今のご時世それをやるとバグだチートだとうるさいもんね」


「あのさ。さっきから前の世界の話題を振ってくれてありがたいけど、あんた何者? この世界の人間じゃないよね」

「そうだよ。君と同じだよ。あーでも、ごめん。こんな雑談しにきたわけじゃないんだ。時間がないから用件を手短に済ませるね」


 おわりがルミナを見てにこりと笑った。


「ごめんね。怒りはこの世界の私にぶつけてね」


 視線をこちらに戻しながら、おわりはルミナへ手をかざす。


 一瞬、音が吸い込まれた。残ったのは自分の心臓の音だけで、他の音がそこに沈んだ。


 三つ首の海鳥が五羽、同じ軌道で飛んでいた。

 こめかみが痺れる。


 ルミナの目が泳ぐ。


 その間におわりが小さく言う。


「えい!」

 

 次の瞬間、鉄格子のような光の網がルミナの体を切り刻む。

 そして、ルミナの命は一瞬で、この世界から消え去った。残ったのは、娘だったものの残骸だけ。


 消える際のルミナのきょとんとした表情が脳に焼き付いていた。


 娘の残骸の横で、おわりの身体が弾け飛んだ。――いや、俺が「死ね」と念じたのだ。


 この世界に転移してきた時に手に入れたチート能力ヴォイド。『天使』に封印指定されてしまった原因。

 世界自体を書き換える力。この世界で防げる者はいない。


 はずだった。


「いきなりだね。服が破けちゃったじゃないか」


 おわりの体から煙が上がる。そして、焦げた肉片が巻き戻すように元へ戻る。

 ヴォイドを受けて無事でいられる者は、この世界にはいないはずだった。例外があるとすれば、この女も、俺と同じ側の人間。


 おわりは舌を出して笑い、見開いた目をこちらに向ける。瞳が煌めいた。


 瞬きの間に、身体が内側から爆ぜた。爆風で座っていた縁側が崩れ、瓦礫がパラパラと落ちる。


「お返し」

「お前は――」


 俺の身体もまた、傷跡を残さず修復されていく。


 怒りと混乱で気が狂いそうだった。

 いきなり大切な娘を殺された。

 俺のヴォイドが効かない。

 更には今あいつが放った力。それもまた。


「同じ存在だよ。さっきの二撃、私たちで相殺しなかったら世界が二回消えていたよ。気をつけないと、だね」


 徐々におわりの体が透けていった。


「――残念、時間みたい。でも、君を本気にさせるっていう目的は果たせたかな」


 にっこり手を振り、おわりの姿は完全に消えた。


「待てよコラ!」


 俺は叫びとともに再びヴォイドを発動させた。


 ◇


 鏡を割るみたいに、空間を殴った。


 亀裂の向こう――未来の座標に、巨大な建築物内のおわりの姿が見えた。


「きてくれたんだ。信じてたよ」


 おわりはにっこりと笑った。


「舐めるなよ。本気を出せばどこに逃げたって絶対に捕まえる。それが未来だとしてもな」

「ここが未来だってことも理解しているんだね」


 床を蹴る。足首で骨が鳴った。


「死ね」


 おわりの頭上を取り、両拳を落とす。


 ドォン、と建物が震える。


 床が裂け、おわりが沈んでいった。


 俺は彼女のとどめを刺そうと縁へ寄り、裂け目を覗き込んだ。


「ばあ!」


 瞬き一つの間に目の前に余裕の笑みを浮かべたおわりが見えた。


「――な」 


 驚愕する暇もなく、おわりは拳を下から突き上げる。


 耳が空っぽで、衝撃だけがはっきりする。


 顎が跳ねた。口に鉄の味が広がる。

 

「バンッ!」


 おわりは両手を銃のように構え、漆黒の光芒を撃ち放った。


 それを体で受け止めた俺は、背から天井へ弾かれる。


 何層もの梁を砕き、ついに外光が差し込んだ。


 見渡す限りの黒。地平線まで焼け跡が伸びている。

 風の音がしない。聞こえるのは自分の呼吸だけ。

 その焦げた世界の端で、線みたいな光がじっと残っていた。音がしないせいであの光だけがやけにはっきり見える。


 おわりの放った光芒は俺をはじいて空の上へと飛んで行った。


 耳が詰まる。高度が馬鹿みたいに高い。体勢が立て直せない。


 焼け焦げた地平を遮るように、目の前を巨塔が覆う。


「これは――」

 

 まさか、と思った。

 ここは世界の天を貫くようにどこまでも高く伸びる塔。


「天使の塔――なのか」

「正解。ここが世界の中心だよ」


 塔からアナウンスが鳴る。


「警告。新たな侵入者を確認。データを検索――マッチしました。

 対象:ロストナンバー、封印指定個体『レン・ヒイラギ』。

 脅威レベル:増大。担当エージェントはレベル7に基づき、引き続き対応してください」


 頭上に気配がした。


 急ぎ顔を気配の方向へ向けると、おわりの踵が落ちてきた。


 みぞおちが潰れた。

 視界が白く焼ける。


 体が反転し、天使の塔内へ落下する。

 

 飛び込むように落下したおわりが俺の横を通り過ぎた。

 着地点で握った拳を、こちらを目掛けて掲げた。


 拳が腹にめり込む。胃酸が喉を焼く。


 俺を串刺しにして、おわりは軽々と床へ投げ捨てた。


 ――ずっと、ヴォイドを解放している。それなのに、おわりの攻撃を防げない。

 この世界にきて初めての天敵。俺が本気を出しても勝てないという事実に頭が混乱する。


 顔を上げると、おわりがからかうように舌を出して笑っていた。


 ――許せない。ルミナを殺したこの女だけは。


「そんなにルミナが大切だった? それとも依存先が無くなったことに対する怒り?」

「かわいい娘が殺された! ――だったらぶっ殺し返すだけだ!」


 拳を振りかざし、全力でおわりへと振り下ろす。

 おわりもまた拳を放ち、互いの拳がぶつかりあう。

 

 白が黒を裂くみたいに光が走った。


「楽しいね! 対等な相手との戦いは! ちなみに今日が何日なのかわかる?」

「知らねえよ! 未来のどこかだ!」


 拳がぶつかった瞬間、視界の端で細い光が縫うように走った。

 まただ、と脳が先に理解した。


「ちょうど1年後だよ。ルミナを殺された怒りのままに、君は一年後の私と戦っているんだ」

「意味わからねえ事をごちゃごちゃと!」


 目と目の間の空間が縦に波打った。


「ヒントだよ。さすがにフェアじゃないからね。帰ったら頭のいい人に相談するといいよ」

「めんどくせえ! 消えろ!」


 互いが放った破壊の力が相打ちした影響か、急に視界がぼやけ、指先が透けた。


「な、なんだ?」


 空気に溶けていくかのような喪失感が指先から腕へ、肩へと走る。


「時間切れだね。時間跳躍なんてインチキ。そうそう認められないもんね」

「くそ、待てよ。てめえは一体――」


 急速に視界が狭まっていく。このままだと俺はここから消えてしまう。


 ――けれど諦めない。

 

 歯を食いしばる。


 こいつだけは、絶対に殺す。


 胸の奥で眠る残りのヴォイドに全力で命じた。

 今この瞬間に全てを使い切ってでも、おわりを倒せと。


 手を前に構え、おわりを目標に黒い球体を放った。


 ドン、という音と共に、球体は世界から色を剥ぎ取りながらおわりへと向かう。


 ぐしゃりと彼女の体にめり込むように接触した。


「死ねよ――!」


 叫びに呼応するようにおわりの体が割れていく。

 そして、砂のように離散しながら球体へ吸い込まれていった。


 俺は、円堂おわりに勝ったことを確信した。

 

 視界が途切れる。

 

 けれど、最後の瞬間。


「また会おう。ここで」


 崩れ去りながらも、舌をちろりと出して微笑んでいるおわりの姿が脳裏に刻まれた。


 ◇


「待てよコラ!」


 叫ぶと、縁側を背景に、ルミナがきょとんとした目でこちらを見ていた。


「どうしたの、父さん」


 三つ首の海鳥が六羽、同じ軌道で飛んでいた。

 嫌な既視感。

 さっきの無音がまだ耳の奥にこびりついている。


 どうやら戻ってきたみたいだ。


 世界は変わっていない。置き去りにされたみたいに、痛みだけが俺に残った。


 ルミナが袖を引いた。

 影だけがさっきと逆に伸びている。


「父さん、口から血が出てる」


 ルミナが生きている。縁側も壊れていない。庭石が半歩分寄っている。

 俺は、本当に戻ってきたのか?


 勝利の実感が、体から抜け落ちていった。

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