第3話
◆◆◆第3章 屋上の取引、裏切りの影
翌日、午後2時45分。
六本木ヒルズの地下駐車場に、俺は潜んでいた。
フードを深く被り、サングラスで顔を隠す。
周囲には、警備員とビジネスマンが行き交っている。
誰も、指名手配中の熊刑事がここにいるとは思っていない。
イヤホンから、雛森の声。
『熊五郎さん、聞こえますか?』
「ああ」
『私は向かいのビルの8階にいます。
屋上は双眼鏡で見えます。何かあったら、すぐ連絡します』
「頼む」
俺は深呼吸をした。
これから会うのは、公安三課・霧坂玲奈。
公安――それは、警察の中でも特殊な存在。
政治家の裏、国家の闇を扱う組織。
信用できるのか?
それとも、これも罠なのか?
午後2時50分。
俺は非常階段を使って、屋上へ向かった。
誰にも会わなかった。
まるで、道が空けられているようだった。
屋上のドアを開ける。
強い風が吹き付けた。
そして――
そこに、一人の女性が立っていた。
黒いスーツ。
肩までの黒髪。
鋭い目つきだが、どこか知的な雰囲気。
年齢は30代半ば。
彼女が振り返る。
「熊五郎。よく来たわね」
落ち着いた声。
「……霧坂玲奈か」
「そうよ。公安三課の、霧坂玲奈」
彼女は一歩近づいた。
「単刀直入に言うわ。
あなたは今、日本中から追われている。
でも――あなたは無実よ」
「知ってるのか」
「ええ。KUMAIZON計画。熊族排除の陰謀。
相沢昂一と警察庁長官・神宮寺が仕組んだ全て」
俺は警戒を強めた。
「なぜ、お前がそれを知ってる?」
玲奈は小さく笑った。
「公安の仕事は、国家の闇を監視することよ。
政治家の汚職、警察の腐敗――
私たちは、表に出ない情報を全て握っている」
「それで? なぜ俺に協力する?」
玲奈の表情が真剣になった。
「私は――相沢昂一を倒したい」
「理由は?」
「個人的な恨みよ」
玲奈は空を見上げた。
「5年前。私の父が、相沢昂一に潰された。
父は警察官だった。汚職を告発しようとして……消されたの」
風が吹く。
「相沢は表の顔では”クリーンな政治家”。
でも裏では、邪魔者を次々と消してきた。
私の父も、相沢研一郎も――みんな」
玲奈が俺を見た。
「だから、熊五郎。あなたと協力したい。
あなたが持っているUSBの証拠。
それを使って、相沢昂一を社会的に抹殺する」
俺は考えた。
信用できるのか?
だが――
「どうやって倒す?」
玲奈は微笑んだ。
「3日後、相沢昂一は国会で演説をする。
“熊族排除法案”の可決を訴えるためにね」
「それで?」
「その演説を、妨害する」
玲奈はタブレットを取り出した。
画面には、国会議事堂の見取り図。
「国会には、報道陣が大量に入る。
全国にテレビ中継される。
その場で――あなたが乱入して、真実を暴露するの」
「……無茶だ」
「でも、これしかない」
玲奈が続ける。
「警察は腐敗してる。メディアも相沢の息がかかってる。
でも、国会の生中継だけは止められない。
全国民が見ている前で真実を叫べば――
相沢は逃げられない」
俺は拳を握った。
確かに、一理ある。
だが――
「国会に乱入したら、俺は確実に射殺される」
「させない」
玲奈が断言した。
「公安には、独自のルートがある。
私があなたを国会に潜入させる。
そして、演説の瞬間にあなたを守る」
「なぜ、そこまでする?」
玲奈は俯いた。
「……私も、共存を信じたいから」
彼女の声が、少し震えた。
「あなたみたいな熊がいるなら――
人間と熊は、本当に一緒に生きられるかもしれない。
だから……あなたを死なせたくない」
沈黙。
風が、二人の間を吹き抜ける。
俺は決めた。
「……分かった。協力する」
「本当に?」
「ああ。ただし、条件がある」
「何?」
「俺の相棒、雛森も協力させてくれ」
玲奈は少し考えて、頷いた。
「いいわ。彼女も信用できそうね」
その時――
イヤホンから雛森の声が響いた。
『熊五郎さん! ヘリが近づいてます! 警察のヘリです!』
俺は空を見上げた。
遠くから、黒い点が近づいてくる。
ヘリコプターだ。
玲奈が舌打ちした。
「バレたか……!」
「どういうことだ?」
「多分、あなたのスマホ。
電源切ってても、追跡される可能性があった」
クソ。
ヘリが近づいてくる。
スピーカーから声が響く。
『熊五郎! 投降しろ! 包囲されている!』
屋上のドアが開いた。
武装した警察官たちが、銃を構えて現れる。
「動くな!」
俺は両手を上げた。
玲奈も同じように、手を上げている。
(……終わりか)
その時――
屋上のドアから、もう一人の人物が現れた。
それは――
雛森だった。
「熊五郎さん!」
彼女が叫ぶ。
だが――
その手には、拳銃。
そして、銃口は――
俺に向けられていた。
「……雛森?」
俺の声が震えた。
雛森は、冷たい表情で言った。
「熊五郎さん。あなたを逮捕します」
「何を――」
「私は、最初から警察庁長官・神宮寺の命令で動いていました」
血の気が引いた。
雛森が続ける。
「3年間、あなたの監視役だったんです。
共存政策のモデルケース”熊族刑事”が、
本当に信用できるのか――
それを見極めるために」
玲奈が驚いた声を上げる。
「あなた……内通者だったの?」
雛森は玲奈を見た。
「霧坂玲奈。あなたも逮捕します。
国家機密を漏洩した罪でね」
警察官たちが、二人を取り囲む。
俺は、何も言えなかった。
3年間、一緒に働いてきた相棒。
信じていた仲間。
それが――
全部、嘘だったのか?
雛森が、銃を構えたまま言った。
「熊五郎さん。あなたは優秀な刑事でした。
でも――熊は、やっぱり熊でしかなかった」
その言葉が、胸に突き刺さる。
「共存なんて、幻想だったんですよ」
雛森の目には、何の感情もなかった。
ただ、冷たい任務の目。
俺は、全てを理解した。
最初から、仕組まれていた。
相棒も。
信頼も。
全部――
罠だった。
警察官が、手錠を持って近づいてくる。
その時、玲奈が叫んだ。
「熊五郎、伏せて!」
反射的に、俺は地面に伏せた。
次の瞬間――
爆発音。
屋上の一角が、煙に包まれた。
玲奈が仕掛けた閃光弾だった。
「今よ! 走って!」
玲奈が俺の腕を掴む。
混乱する警察官たち。
俺と玲奈は、屋上の縁に走った。
「まさか――飛び降りるのか!?」
「信じなさい!」
玲奈が、屋上から飛び降りた。
俺も――迷わず飛んだ。
落下。
風が全身を包む。
(……これで終わりか)
だが――
下には、ネットが張られていた。
玲奈が用意していた、緊急脱出用のネット。
俺たちは、ネットに受け止められ、
そのまま下のビルの屋上に転がり落ちた。
「急いで!」
玲奈に引っ張られ、俺は走った。
背後で、雛森の叫び声。
「逃がすな! 熊五郎を捕まえろ!」
俺たちは、ビルの非常階段を駆け下りた。
息が切れる。
だが、止まれない。
走りながら、俺は考えた。
雛森は、敵だった。
3年間の思い出は、全部嘘だった。
ならば――
俺は、もう誰も信じられない。
玲奈だけが、今は味方だ。
だが――
彼女も、本当に信用できるのか?
そんな疑念が、心の奥で渦巻いていた。
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