第2話

◆◆◆第2章 消された証拠と、残された希望


深夜2時。

俺は渋谷の廃ビルに身を潜めていた。


古いオフィスビルの3階。

窓ガラスは割れ、壁には落書き。

ここなら、しばらく見つからないはずだ。


手の中のUSBメモリを見つめる。


相沢さんが命を懸けて残したもの。

この中に、全ての答えがある。


だが――問題がある。


俺は、パソコンを持っていない。


スマホは電源を切った。GPSで追跡される可能性がある。

署に置いてきたノートPCも、今は使えない。


「クソ……」


焦りが募る。


その時、階段から足音が聞こえた。


俺は身構える。


警察か?

それとも――


「熊五郎さん、私です」


聞き覚えのある声。


雛森だ。


彼女が階段を上がってくる。

手には、ノートパソコンとコンビニ袋。


「……どうして居場所が」


「あなた、いつも渋谷の廃ビルを見回りコースに入れてたでしょう?

ホームレスの人たちに声かけながら」


俺は言葉を失った。


そうだ。

この3年、雛森は俺のパトロールに全部付き合ってきた。

俺の行動パターンを、一番知っている。


「……バカだな、お前」


「そうですよ。バカな刑事です」


雛森は小さく笑って、コンビニ袋を差し出した。


「おにぎりと、栄養ドリンク。

あと、私物のノートPC。これでUSB見られます」


俺は受け取った。


「……ありがとう」


「お礼はいいから、早く見ましょう」


雛森がノートPCを開く。

USBメモリを差し込む。


画面に、フォルダが一つだけ表示された。


『KUMAIZON PROJECT』


「クマイゾン……計画?」


雛森がクリックする。


中には、大量の文書ファイルと動画ファイル。


最初の文書を開いた。


-----

極秘文書:熊排除計画「KUMAIZON」


目的:熊族の社会的信用を失墜させ、共存政策を終了させる


実行責任者:警察庁長官・神宮寺武彦


協力者:内閣官房副長官・相沢昂一

-----


雛森が息を呑む。


「警察庁長官……それに、相沢昂一……

これ、次期総理候補の……」


俺も知っている名前だ。


相沢昂一。

自民党の実力者。

次の選挙で総理になると言われている男。


そして――


相沢研一郎の、実の兄だ。


「まさか……」


雛森が次のファイルを開く。


それは、計画の詳細だった。


-----

第一段階:熊族による凶悪事件を”演出”する


- 実行犯:特殊訓練を受けた人間工作員

- 手法:熊の爪を模した武器を使用

- ターゲット:社会的影響力の大きい人物


第二段階:熊族警察官を容疑者に仕立てる


- 監視カメラ映像の改ざん

- DNA証拠の捏造

- メディアを使った世論操作


第三段階:熊族排除法案の可決


- 「共存は失敗だった」という世論を形成

- 熊族の公職追放

- 最終的には、熊族の追放


第四段階は別の鍵付きファイルにあるようだ。

-----


「……嘘だろ」


俺の声が震えた。


全部、仕組まれていた。


4件の殺人も。

俺が容疑者になったことも。


全ては、熊族を社会から排除するための計画だった。


雛森が次の動画ファイルを開いた。


画面に映ったのは――相沢研一郎だった。


日付は、3日前。


相沢さんが、カメラに向かって語りかけている。


-----


『五郎くん。もし君がこれを見ているなら……私はもう、生きていないだろう』


俺の胸が締め付けられる。


『私は、兄・昂一の計画を知ってしまった。

KUMAIZON計画……それは、私が人生を懸けて信じてきた”共存”を壊すものだった』


相沢さんの目には、涙が浮かんでいた。


『兄は言った。

“熊との共存は、日本の伝統を壊す。人間が支配する社会を取り戻す”と。

そのために、君たち熊族を……利用するつもりなんだ』


画面の中の相沢さんが、深く息を吸った。


『五郎くん。君は、私が育てた中で最も優秀な熊だ。

いや――最も優秀な”警察官”だ。

人間も熊も関係ない。君は、正義のために戦える人間だ』


相沢さんが、カメラに向かって頭を下げた。


『頼む。この計画を止めてくれ。

そして……共存の未来を、守ってくれ』


動画が終わった。


沈黙。


俺は、拳を握りしめていた。


雛森が小さく言った。


「……熊五郎さん」


「ああ」


「これ、警察に持っていっても……意味ないですね」


その通りだった。


警察庁長官が黒幕なら、警察内部は信用できない。


「じゃあ、どうすれば……」


雛森が言いかけた時、


俺のスマホが震えた。


電源を切ったはずなのに。


画面には、メッセージが一つ。


『熊五郎。私と取引しないか?』


送り主の名前はない。


だが、メッセージは続く。


『相沢昂一を倒したいなら、協力する。

明日の午後3時。六本木ヒルズ屋上。一人で来い。

――公安三課・霧坂玲奈』


雛森が画面を覗き込む。


「公安三課……?」


公安三課。

警察組織の中でも、最も秘密裏に動く部署。

政治家の汚職、国家の陰謀――

表に出せない事件を扱う、影の組織だ。


「罠かもしれません」


雛森が言った。


「ああ。でも……」


俺には、選択肢がなかった。


警察は敵。

メディアは俺を犯人扱い。

逃げ続けても、いずれ捕まる。


ならば――


「行くしかない」


「危険すぎます!」


「分かってる。だが、相沢昂一を倒すには……味方が必要だ」


雛森は唇を噛んだ。


「……じゃあ、私も行きます」


「ダメだ」


「なんでですか!」


「お前はまだ、警察に戻れる。

これ以上巻き込めない」


「もう巻き込まれてるって言ったでしょう!」


雛森が強い口調で言った。


「熊五郎さん、あなたは私の相棒です。

相棒を一人で危険な場所に行かせるわけないでしょう?」


俺は、彼女の目を見た。


強い意志が、そこにあった。


「……分かった」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、お前は遠くから見張り役だ。

何かあったら、すぐ逃げろ」


雛森は頷いた。


「約束します」


夜が明けようとしていた。


窓の外には、東京の街が広がっている。


この街を守るために、俺は警察官になった。


人間も、熊も、みんなが安心して暮らせる社会。


相沢研一郎が信じた、その未来。


――俺は、絶対に諦めない。


窓の外で、カラスが鳴いた。


まるで、これから始まる戦いの合図のように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る