6分完結 | 朝

@ara_ara_xx

6分完結 | 朝

目を開けた瞬間に、完全に目が覚めた。それと同時に跳ね起きた。目覚まし時計のアラームを止めた覚えはない。自然に目が覚めたのだ。目が覚めたと同時に、ひどく緊張した。時間がない。とにかく一分いや一秒でも早く家を出なければ。ちょうど頭の上、ベッドのフチにおいてある目覚まし時計はまだ見ていないが、カーテンから溢れる光の量に違和感を伝えたのだ。体をベッドから起こし、洗面台に走る。走るといっても部屋は六畳一間のワンルームだから、大股2歩で十分だった。右手で水道の蛇口を、同時に左手でコップをつかむ。蛇口をひねると同時にコップを蛇口の下に持ってくる。ここまでで、目が覚めてから3秒もたっていないだろう。とにかく時間が惜しい。同時にできることは同時にすべきだということを、まだ若干ぼんやりしている脳でも考えることができた。別の作業を並列に行うことができる左右の手は、このときのためと都合がよかった。左手に持ったコップの水を口に含む。そして、うがいをしながら後ろを振り向き、大股1歩分で洗面所のドアをくぐる。くぐると同時にさっきと同じ方向に回転しながら振り向いて、便座に座った。いったん落ち着こう。普段から起きたらまず、うがいをし、トイレに行くことが多かった。それが日常的な行動だった。ここまでの行動は、頭で考えるより前に行動することができた。問題はここからだ。自分の行動を最短時間で行うために、あらかじめ作業の順番を決める。ここでヘマをすれば、大幅に時間を失う恐れがある。やらなくていいことをやってしまえば、その分の時間をすべて失う。同時にできることを交互にしてしまえば、その分の時間をすべて失う。朝食をとっている時間はない。ただ、空腹という状態は思考速度の低下の原因となる。長期的にみると少しでも腹に何かを入れるべきだ。確か冷蔵庫にチョコレートが入っていたはずだ。大袋の封は開いている。その中からいくつか掴み、口に放り込むだけだ。もちろん、一つ一つの包みをとってからだが。そもそも今何時なんだ?失敗した。スマホを手に持って来ればよかった。便座の上で後悔する。いや何時でも関係ない。仮にもう間に合わないことがわかっていても、間に合う前提で行動すべきだ。家を出るまでのシミュレーションを頭の中で済ませ、トイレの水を流した。シミュレーション通り、冷蔵庫のチョコレート1つを口の中に放り込む。先週買ったばかりのスーツは、幸いクローゼットの1番手前に置いていた。普段は着ることのないスーツ。パジャマのボタンを外している間に時計を確認していた。大丈夫だ。面接にはまだ間に合う。



電車に乗り込んだ瞬間に安堵のため息、そしてここまで走ってきたことによる疲労のため息が入り混じった。なんとか間に合った。あとは電車を降りたら会社に一直線に行くだけだ。電車に乗っている間に十分に体と頭を休めることに集中しよう。集中するというより集中しないことで頭を休めたい。気が抜けたあと、あたりを見回して空いている席に座った。電車は空いていたので、余裕を持って座れた。さて面接で何を話そうか。事前に考えてはおいたが直前にいいアイデアが思い浮かぶかもしれない。気持ちは落ち着いていた。落ち着いていたからこそいろいろな思いが脳裏を過ぎってくる。今日、目覚まし時計は鳴らなかったのか?もし鳴っていないならなぜ?電池切れ?電池切れが近ければ事前に画面が暗くなる気もするが、昨日の夜アラームをセットしたときには分からなかったが、セットしたことは覚えているから、電池切れが原因に違いない。目覚まし時計は冗長性がない。電池が切れるといういつかは必ず起こる現象に対して、それを補う機能がない。携帯のアラームも合わせてセットするという方法もあるが、指定した時間に鳴るという目覚まし時計の機能に対して、他の製品でカバーしなければならないなんて製品としての品質を疑う。システム単体として冗長性を持たせるべきだ。もし時間通りに目覚ましがなっていれば、こんなに慌てる必要はなかったのに。もしかしたら面接の時間に間に合わなかったかもしれない。というかなんでわざわざ会社に行かなければならないのか。いまどき面接なんてオンラインでできる。ましてや今日はソフトウェアエンジニアの採用面接である。働くにしても在宅勤務することも多いはずだ。当然会議はテレビ会議。なんで面接のためにわざわざ会社に行かなければならないのか。このためにスーツまで買ったが、別にスーツでという決まりはない。相手に失礼のないようにという考えだったが、普段通りの服装の方が相手も仕事中の印象を想像しやすかったのではないか。スーツを着なければならないなんてルールを定めているわけでもない。これは過去の経験からくる想像上の圧力なのだ。普段働く服装でかまわないと明記するべきだ。これは会社に提言するしかない。面接で話すことよりも面接のあり方について思考を巡らせている間に、あっという間に会社の最寄り駅に着いた。駅から会社まで、最短のルートで歩いた。歩いている間は無心だった。会社のビルが見え、スマホに目をやる。大丈夫、間に合った。ビルの自動ドアを抜け、ゲートから離れたトイレに向かう。



予定していたすべての面接が終わった。すべてを無事にやり遂げた達成感に浸っていた。それ以外に何かを思う余裕はなかった。社員の話す声が聞こえる。今日の面接を振り返っているようだ。

「履歴書の時点で評価が高かったこの方は、予想以上に好印象でしたね。ウチで使っているほとんどの技術の経験ありますし、質問に対する回答もスムーズでした。」

頭と体は達成感と疲労感で満たされ、社員全員の会話を集中して聞くことはできなかった。ときどき投げかけられる質問に、うつろながらも最低限は答える。採用者はすんなり決まった。会議もそろそろ終わりそうだ。今日はもう他の仕事をする集中力もないだろう。最低限のメールはチェックしよう。ただし、それはこの会議を締めくくる重要な仕事を終えてからだ。あらためて背筋を正し、小さく咳をしてのどを整えから、落ち着いた声で問いかける。

「今回は会社の人数が増えてから初めての採用面接でしたが、もっとこうした方がいいとか、試しにこんなことをしたらどうかとか意見があれは聞きたいです。」

すると、思っていた以上に社員が意見を出し始めた。意見は聴きつつ、ただ自分が出す意見を忘れないよう意識をとどめた。意見が出尽くしたことを確認しようと、社員全員を見回した時に違和感を覚えた。右列、一番奥の社員が何か目をキョロキョロさせ、落ち着かない様子だった。これはもしや、と自分の直感に従ってその社員に問いかけた。

「高橋くんは今回の面接どう感じた?高橋くんは今回の採用者と一番歳も近いし、何か思ったことがあれば言ってほしいな。」

高橋くんは周りの目を気にしながら答える。

「そ、そうですね。あの、結構世の中の会社だと、リモートで面接できるところも多そうで。その方が応募もしやすいかなと思いました。特に今回は技術職の面接でしたし、対面の印象より技術力を重視するならその方がいいかも、しれないです。」

自分の直感を祝福していた矢先、中堅社員が割って入る。

「いや、技術職でも印象は重要だよ。今回も最初の面接で少し威圧的というか、長くはやっていけないだろうなという人もいたし。そういう印象はリモートだと見極められなかったと思う。」

ため息を押し殺し、すぐに冷静さを取り戻してからフォローを入れる。

「今回、応募者が期待する人数には届かなかったよね?応募者が集まるか検証する目的でも試してみるのはいいんじゃないのかな?」

「そう、ですね。では次回、一次面接だけリモートにしましょうか。」

「えっ、一次面接だけ?」

思わず声が裏返った。

「社長が同席する面接がリモートというのは、さすがにないでしょう。最終面接は、これまで通り対面でやりましょう。」

藁をもすがる思いで、聞き直す。

「高橋くんはどう思う?」

「私も最終面接は対面がいいと思います。その人の人柄だったり、この会社に合うかを社長に判断していただきたいです。」

「そ、そうね。いいと思うわ。」

私の目論見は賢明な社員達によって阻止された。そこのコンビニで、電池だけは買って帰ろう。

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