昼下がりの勧誘に

五來 小真

昼下がりの勧誘に

 久しぶりの休日に、何か奇書でも読もうかと考えていると、インターフォンが鳴った。

『ビシュラスタ教の信者になりませんか?』

 出てみると、インターフォンのカメラに、男の二人連れが映っていた。

「どこでこの家をお知りに?」

「いえ、この辺の皆さんを勧誘していて―」

 そう男は言い訳したが、おそらく嘘だ。

 教本を買った書店に、信者がいたか……。

 うかつな行動を反省し、次に出てきたのが好奇心だった。

「どういうところがおすすめなんです?」

「ビシュラスタ神の加護を得られ、皆さん幸せになられていますよ」

「勧誘の仕事は、辛くないんですか?」

「布教する幸せを感じています」

「ではきっと勧誘の仕事は、信者の間で取り合いになるんでしょうね。……教祖様もやりたがるのでは?」

「いえ、教祖様はお忙しい身なので……」

「おや? では教祖様は布教する幸せを感じる機会がないんですね。かわいそうに」

「教祖様は私達が布教するので、教えが広がる幸せを感じているはずです」

「なるほど。別に布教活動をしなくても、代わりの幸せが得られるのですね。それじゃあそっちの方が、断然お得なわけだ。……あなたたちは、そうした立場は目指さないのですか?」

「教祖様はビシュラスタ神に愛されてますので」

「では、あなたたちは愛されてないと?」

「いえ、教祖様は特別に愛されてるのです。私達が愛されてないわけではありません」

「ビシュラスタ神は、愛し方に差があるのですね」

「差があるというより、教祖様が偉大なのです」

「何が偉大なのですか?」

「神に代わって、奇跡を起こされます」

「神に代わってということは、ビシュラスタ神は特別に教祖様に力を与えただけで、別に教祖様の力ではないのでは? 偉大なのはビシュラスタ神であり、しかしやはり教祖様を特別扱いしているのでは?」

「そのようなこと……」

 信者が言葉に詰まった。

 面白くないので話を変えてみる。


「信者になると、どういう特典があるんです?」

「教祖様の祈りがこもった水や、ハンカチが買えます」

「え? あの妙齢男性の水? 女子大生の水とかの方が良くない?」

「教祖様の力が入っていて、奇跡が起きるのです。私もこれで持病が治りました」

「私の病気も治る?」

「もちろんです」

「どれぐらいで治るの? 一本買えば完治する?」

「あなたの信心次第ですね」

「ああ、じゃあダメだ。まだ全然信じる気にならんし」

「あなたが信じればいいだけのことです」

「……あなたたちは、私を信じさせに来たわけでしょ? なんで私の仕事になってんの? 借金しに来た人が、担保も持たずに“信じてくれたら返します”って言うようなもんだ。 担保もなしに、奇跡が起こせるかは信心次第って、それじゃ商売にもならんよ。どーんと奇跡を見せて信じさせなさいよ。それからだろ? 信仰心が足りないとかは」

「神は信仰心を試されているのです。だから多くの人は、奇跡を得られない」

「あ、そう。では、若い女性の教祖様にするっていうのはどうです?」

「どうとは?」

「あんたの教団にもビジュアルが良い女の一人や二人居るだろう? 今のおっさんの教祖をやめて、そっちにしちゃうんだよ。……そうしたら奇跡が起きなくても採算が合う。おまけに教祖様が女を食ってる心配がなくなる」

「女を食う? 我々は家族です。家族を食うなど……」

「夫婦連れの信者だっているんだろ? それによくいるじゃん。信者の女を食う教祖。金と女が目的だって感じのさ。これが美人の女性だと変わってくる。たとえ男を食ってたとしても、分け隔てなく受け入れてくれるって感じになるわけよ。……ビッチって呼ばれる恐れはあるが」


 あまりにも腹が立ったのだろう。

 だんまりだったもう一人の男が割り込んできた。

「あなたね、いいかげんにしなさいよ! 教本を買ったんだから、興味があるのでしょう? 素直に入会しなさい。でないと、罰が当たりますよ」

「ああ、それそれ。どんなキテレツな教えが書いてあるのか、興味本位で買ったのよ。ネタとして、面白いんだわ。……罰は余計だと思うなあ。あなたの友人が選挙に出るから投票して欲しいと頼んできて断ったら、向こうは逆ギレして言うわけ。『呪ってやる』と。呪われるのが怖いから投票しようってなる? 私なら絶対投票しないね」

「投票も何も、神はビシュラスタ神様のみです」

「あんたねえ、親は選べなくても、神様は選べるんだぜ? ちゃんと選んだか?」

 片方の男が、少し考えるような素振りを見せた。

「別に教団に入らなくても信仰心は持てる。信仰心って言うなら勝手に信じていればいいじゃないか。なぜ集まる必要がある? 金を集める必要も、罰を当てる必要もないだろ。信仰心の差で教祖にえこひいきするような神様、本当に良いか?」

 先に喋っていた男の方が無言になっていた。

「集まるのはお互いを高め合う為です」

「高め合うってことは、色んな解釈が出てるのか?」

「教祖様の解釈以上はありません」

「そりゃダメだ。それで出来るのは、良くて教祖様の劣化コピーだろう? それで高め合えるのか? 塾のほうがいくらかマシだよ」

「確かに……」

「邪教徒の言い分に納得してどうするのです。だからあなたは未熟なのです。……とんだ無駄足を食いました。行きましょう。邪教徒は地獄に落ちるだけです」

 それだけ言うと、二人の男は踵を返した。

「邪教徒と見抜けず勧誘にこさせておいて、未熟呼ばわりされちゃ、たまらんよな……」

 私は一人呟いた。

 こうしてインターフォンには、誰も映らなくなった。

 死後地獄に落ちるかどうかまでは、さすがに私もわからなかった。

 わからないことは商売になり、そこにつけこまれてしまう。

 とりあえずは、わかることだけで良い。


 <了>

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