食材ハンター
香久山 ゆみ
食材ハンター
食事の時間だ。
政府から配給されたキューブをポリポリと齧る。満腹感もあるし、栄養も充分なはずなのに、物足りない気がするのは人間だからなのかもしれない。人間は地球上の生物で最も食にこだわるのだと、じいちゃんが言っていた。
けど、地球上の生物ったって!
地球の環境はこの150年で一気に悪化したらしい。土壌への有害物質の流出、気候変動、大気汚染、水質悪化、感染症の拡大、……。動物も植物も瞬く間に死滅して、いまや地球上に生き残ったのは、人間だけだ。
いかんせんあらゆる物資が足りない状況で、皮肉にも科学技術は一気に発展した。人間が生きるために必要な栄養も試験管の中で培養されるようになった。
一食一粒の小さなキューブ。
僕は生まれた時からこれだけど、じいちゃんなんかは「こんなもんじゃ食った気がせん」と最期までぶつくさ言っていた。
じいちゃんに限らず、そんな人間は多いのだと思う。だから、闇市の深く深くの食堂で提供される「料理」を食べに、あちこちから人が集まる。
「料理」が復活したのは、残念ながらじいちゃんが死んだ後だった。
当然、それらは政府に収容されることになるのだが、一部はブローカーの手によって闇市に出回ることとなった。しかし、現代の人間で料理の方法を知っている者などほとんどいない。そのような書物は残っていたりするけれど、書かれている道具も食材も揃えられないのだからどうにもならない。それで技術を持つ料理人が重宝され、闇市の奥深くの食堂で高額な料理を提供している。
僕は「食材ハンター」の職に就きながらも、食堂に出入りする人を横目に眺めるだけだ。
他の職業に比べて、食材ハンターの給金は良い方だ。どうしても危険がつきものだから。もしもじいちゃんが生きていたら、「食材ハンターなんかやめとけ」と殴ってでも止められただろう。けど、僕にはもう止めてくれるような知己もいない。食材ハンターになって一年経つけれど、それでもまだお目にかかれないくらい「料理」は高価なのだ。
いつか「料理」を食べるために、高給取りであるハンターになった。
ポリポリとキューブを齧りながら、僕は食材を求めて西へ東へ荒野を駆ける。
ドームの外ではマスクが必需品である。外れたり、ボンベが切れたらそこでゲームオーバーだ。
崩壊した狭い鉄骨の間をマスクが外れそうになりながら進んだり、ただでさえスモッグで悪い視界がマスクのせいでいっそう見づらく、危うく崖下に転落しそうになったことも数え切れない。有毒ガスの噴出場に迷い込んだ時には、霞の向こうでじいちゃんが手を振るのを見た気さえした。(たぶん、こっち来るなって振ってたんだと思う。)
バーチャル空間での知的労働が職業の大半を占める時代に、自分は何て馬鹿なことをしてるんだって自覚はある。実際、ハンターなんておかしな奴ばっかりだ。
けど、この仕事だからこその感動もある。
廃墟のコンクリート片を掻き分けた先に、土から顔を出した植物を発見した時の感動!
緑色の双葉は精いっぱい天に向かって両手を伸ばして可愛らしい。
白い花が咲いているのを見つけた時には、その美しさに思わず見惚れてしまった。
植物以外を見つけることもある。燻製や缶詰みたいなものは、食えるかどうか僕では判断できないからそのまま料理人のところへ持っていく。けど、それさえかつての生命の痕跡を感じて愛おしい。
採集する時には、なるべく傷付けないように丁寧に丁寧に、植物なら土を少しずつ掘って根の一本さえ切らないようにして完全な状態で持ち帰る。それほど素晴らしいものなのだから。
たぶん、僕は本当に馬鹿なんだと思う。
廃墟ばかり巡っていて、科学的な知識がまるでない。だから、思いも至らなかった。
現代の科学をもってすれば、「キューブ」の形を成型して、色の調整をして、味を再現して、歯ごたえまで自由にすることができるのだという。わざわざ食材を集めずとも、キューブで「料理」を再現することができるのだ。しかしながら、効率性を重視するためにあえてキューブという形状にしているのだという。
……僕にはよく分からない。
人々が、なぜわざわざ闇市まで「料理」を食べに来るのか。望めば簡単にキューブで再現できるというのに。
「料理」って何なんだ?
頭がショートしそうだ。
食堂の料理人に氷をもらって頭を冷やしながら、そんなことをブツクサ言っていると、料理人が笑った。
「調理するところを見ていくか?」
「え、うんっ!」
即答して、初めて調理場へ入れてもらった。
料理人は調理台の上に、僕が取ってきたばかりの草を並べた。
白いまな板の上に、緑の葉が並ぶ。根に近づくにつれて徐々に白くなる。繊細で複雑に絡まる根っこ。改めて見ても、それは美しい。
どんな風に調理するのだろう。僕は本当にワクワクしてる。
丁寧に採取したこの植物をキューブの上に掲げて、その息吹をさらさらとふりかけるのを想像した。植物のエネルギーを受けたキューブは、とても美味しく変化する。そんな魔法みたいな場面を思い浮かべて、うっとりする。
そんな僕を尻目に、料理人が取り出したのは鋭利な刃物だった。
それを振り上げて、問答無用に並んだ葉の上にダンッと振り下ろした。
「ああっ!」
思わず悲鳴を上げる。
葉が一刀両断になる。料理人はなお刃を止めず、トントントンと美しかった葉を跡形もなくなるくらい粉々に刻んでいく。それでも飽き足らず、火に掛けて熱湯にぶち込んだりしている。
僕はその様子を呆然と眺めるしかなかった。
「できた」
そう言って、料理人が卓の上に椀を出した。
琥珀色の液体の中に、僕の美しかった植物の惨殺死体が浮かんでいる。
「スープだよ」
無愛想な中に、誇らしげな声音が混じっている気がして憎らしい。
「料理って、命を消し去るものなんだね……」
力なく呟く僕を、料理人が笑う。
「まあ、食べてみな」
そう言ったくせに、卓上の椀に手を伸ばしたら、べちんと叩かれた。
「それはお客の分。お前さんのはこっちだよ」
料理人はそう言って、コンタクトレンズケースくらいしかない小さな豆皿を寄越した。一応スープに僕の緑も入ってる。
しばらく見つめてから、熱いスープが完全に冷めてしまうのも悪い気がして、一気に口に入れた。
「うまっ!」
思わず声が出た。「美味い」なんて人生で初めて言った。じいちゃんの昔話でしか聞いたことない。だって、キューブしか食べたことなかったから。けど、自然と声が出て、視界が明るくなり、脳が覚醒したような気がした。
「料理ってのは、命を再生するもんなのさ。美味い飯を食った連中は皆、生き返ったーなんて言うよ」
そう言って料理人ははっきりと微笑を浮かべた。
もはや異論はなかった。植物の命が僕の中で生まれ変わったのを感じた。これが、料理!
もっと食わせてくれとせがんだが、これ以上は代金が必要だといって断られた。
以来、いっそう食材ハントに精を出す。
食材を見つけたら、敬意を払って丁寧に採取するのは変わらない。
それでもなかなか貯金が増えないから、一度見よう見真似で自分で「調理」してみたけれど、ひどいことになった。料理人に泣きついて、使える部分は料理してもらったけど、「食材を無駄にするな」と怒られた。
あれ以来、ちょくちょく調理の様子を見学させてもらうが、どうにも自分の手に負える気はしない。適材適所って奴だ。僕は、料理人のために、食材ハンターとして各地に眠る命の欠片の探索を続ける。
最近何となく日々に張り合いがあるのは、改めて目標ができたお陰か、それともじいちゃん以外の知己ができたお陰か。
料理人の無骨な優しさは、少しじいちゃんに似ている。
そう伝えたら、「誰がじいちゃんだ。次に言ったらあんたをスープにするよ」と料理人は赤い頬を膨らませて怒る。
彼女に料理されるなら、それも案外悪くないかもな。僕はそんなのん気なことを考えている。
食材ハンター 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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