第16話 レシアーナの祖母

「―勝手に店を出てきちゃった……あぁ、もう終わりだ……確実にお祖母ちゃんに怒られる……」


 レシアーナは俺達の少し後ろでガクガクと震えながらそんなことをぼやくと、完全に顔を青ざめさせていた。すると、それを見たミュラとマフィが俺の横に並びながらひそひそとレシアーナに聞こえないように耳打ちしてくる。


「……それで、シュウ。どうして、あの子を連れて来たの?」

「それ、私も聞きたいんだけど……そもそも、シュウはどうしてあの子のこと知ってたの? なんか向こうも既視感みたいなのを感じたらしいけど……」


 まあ、事情を知らない奴らから見たらそう思うよな。

 この世界が本当に『プリテスタファンタジー』の中なのかはともかく、キャラクター達に何かしら関連が断片的な記憶みたいな感じで残っているのは間違いないらしい。


 だから、レシアーナと会った時に他のみんなも同じように既視感があったわけだが、それでも記憶として完全に残ってない以上、傍から見たら俺は知人でもない女の子を連れてきたわけだしな。そりゃ気にもなるだろう。


 そんな俺にミュラとマフィだけではなく、師匠やエリシルも見守る中、俺は「うーん……」と唸り声を上げるものの、そのまま伝えて変な奴呼ばわりされるのも嫌なので、適当に誤魔化すことにした。


「そうだなぁ……まあ、何というか……勘?」

「……勘?」

「えっと……それで、あの子を連れて来たの?」

「シュウ……」

「ふぅ……」


 ミュラ、マフィ、エリシルから怪訝な顔を向けられ、師匠に呆れたようにため息をつかれてしまう。いや、まあ、他に良い説明が思いつかないからなぁ……。


「まあ、どっちにしても魔導師は必要だったし、それなら仲良くできそうな奴の方が良いだろ。その点、レシアーナなら仲良くなれそうだし、細かいことは別に良いじゃないか」

「……わたしにとっては全然細かくはないんですけどね」

「何言ってるんだ。どっちにしろ、開店前なのに店主が戻ってないのはおかしいし、様子を見に行くのは普通だろ?」

「まあ、それはそうですけど……そもそも、あなたはお祖母ちゃんがどんな人なのか知ってるんですか?」

「いや、知らん」

「し、知らないのにさっきからずっと歩いてたんですかっ!?」

「まあ、門の方まで行けばお前が分かるかなって」

「なんて適当な……はぁ、まあ、良いです。実際、戻って来てないのは心配ですし、様子を見に行くとしましょう……案内するので付いてきて下さい」


 そう言って、レシアーナが先頭まで来て道案内してくれる。

 これは普通に助かる。実際、俺はレシアーナの婆さんを知らない。設定資料とキャラクター紹介にちょっと書かれてるだけだし、見た目も分からないからな。


「なあ、レシアーナのお祖母ちゃんってどんな人なんだ?」

「どんな人……ですか。まあ、そもそも、お祖母ちゃんとは言ってますけど、正確には血が繋がってるわけじゃないんですよ」

「え? そうなのか?」

「はい。お祖母ちゃんはまだ赤ん坊だったわたしを見つけて拾ってくれたそうです。とはいえ、その時の記憶はないですし、実感は湧かないんですけどね」

「それは初耳だな……」

「いや、そりゃさっき会ったばかりなんですから、そうでしょうよ……」


 まあ、事情を知らないレシアーナから見ればそうかもしれないが……原作ゲームの『プリテスタファンタジー』でそこまで深くこの話を掘り下げられることはなかったから驚いた。


 そうして、俺が驚いていると、そんなレシアーナにマフィやミュラ、エリシルも話に混じってきた。


「でも、お祖母ちゃんってことは結構な歳なんだよね? だとしたら、荷物を運んだりするのは大変よね」

「あ、いえ、あの人は世間で言う『お祖母ちゃん』というイメージからはかけ離れた人なのでその心配はないですね。むしろ、お年寄り呼ばわりすると、魔法で飛ばされます」

「ふ~ん……元気な人なんだ?」

「いや、まあ、元気というか……現役というか……」

「なんか、レシアーナの反応からすごい人だってことは伝わってくるわね……」


 レシアーナの言葉に、エリシルが苦笑いを浮かべる中、俺はふと何やら師匠が考え込むようにしていることに気付き、声を掛けた。


「師匠? どうかしたんですか?」

「ん? あぁ、シュウか……いやな、店を出る時にあの店の看板を見てふと思い出したことがあったんだ」

「思い出したこと?」

「ああ……実はこの街には腕利きの魔導師が一人居たんだが、ここ何年とその姿をくらましていてな……それで、以前、あの店の名前で彼女を見たという噂を聞いたことがあったのを思い出したんだ」

「え? じゃあ、もしかしたら、レシアーナのお祖母さんがその魔導師ってことですか?」

「……可能性はあるな。しかし、なるほど……彼女が姿をくらましていたのは拾った彼女を育てていたからと考えればおかしくはないか……」


 そう言って、納得する師匠に俺もある意味別の意味で納得してしまう。


 ――なるほど、レシアーナが『プリテスタファンタジー』で強かったのはそういう背景があったからなのかもしれないな。いや、設定にはなかったから関係ないか?


 ともあれ、俺達がそうしてレシアーナに案内されて街を歩いていた時だった。


「―着きましたよ」


 そんなレシアーナの声に顔を上げると、街の外へと繋がる門へと到着していた。


「おぉ、ここもゲーム通りなんだな……」

「はい? またなんか変なことを言いますね、あなたは……」

「俺の名前はシュウだ。それに、その可哀想な人を見るような目はやめろ。俺は普通だ」

「……普通って自分で言う人ほど、普通じゃないんですよね」

「他にどう説明しろと言うんだ、お前は……」

「―ん? この声、レシアーナか?」

「げ、この声は……!?」

「ん? おい、どうした?」


 俺がレシアーナと話していると、門の方で門番と話していた女性が俺達に気付いて声を掛けてくる。しかし、そんな彼女にレシアーナはささっと俺の後ろに隠れ、思わず俺が声を上げる。


「居るんですよ!」

「は? 居るって何が?」

「だ~か~ら~!」

「レシアーナ~?」

「ひぃ!?」


 そんな俺達のやり取りに、先程の女性が歩いてきて声を掛けてくる。すると、俺の後ろに隠れていたレシアーナがまるで小動物のように怯えて声を上げていた。


 そして、その女性は俺に軽く視線を向けた後、背中に隠れているレシアーナに笑みを浮かべながら声を掛けてきた……ただし、すごい迫力で。


「……それで? なぜ、店番を頼んだお前がこんなところに居るんだ?」

「い、いえ、こ、これには深い事情がありまして……」

「ほう? 私の言いつけを破るほどの深い事情が?」

「あ、いえ、その……何と言いますか……あわ、あわわわ……こ、この人に無理矢理連れて来られましたァ!」


 「がばっ!」と音を立てながら前に突き出された俺を女性が値踏みするように睨んでくる……まあ、実際その通りだしな。


「……そうなのか?」

「色々理由はありますが……そうなりますね」

「ほう? では、その理由とやらを聞かせてもらっても良いか?」

「え~と……」


 いや、言っても信じてもらえないしなぁ……さて、どうしたもんか。

 そうして、俺が考えていた時だった。


「―まさか、本当にあなただったとは驚いた」


 そんな俺達のやり取りを見ていた師匠が驚いた様子で声を上げる。

 そして、困惑した俺達が師匠とその女性を見ていると、その口から出てきた言葉にさらに驚かされてしまう。


「元宮廷魔術師―ツィオラ」

「元宮廷魔術師……?」


 『プリテスタファンタジー』でも聞き覚えのない言葉に俺が思わず声を上げると、さっきまで怯え切っていたレシアーナは急にドヤ顔で声を返してきた。


「あぁ、言ってませんでしたっけ? お祖母ちゃんは宮廷魔導師だったんですよ。そして、その孫であるわたしは当然、天才なわけです!」

「へぇ、そりゃお前も鼻が高―って、ん?」


 なんか今、すごいこと言ってなかったか?

 目の前の女性が宮廷魔導師だったってのは分かるが……レシアーナのお祖母ちゃんも宮廷魔導師だった?


 そうして、俺達が困惑する中、レシアーナは堂々と宣言した。


「何を隠そう、このツィオラこそ、わたしのおばあちゃんなんです!」

「ええ!?」


 驚く俺達にツィオラと呼ばれた女性は大きなため息とともに肩をすくめたのだった―。

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