第15話 ドヤ顔魔導師レシアーナ

「―というわけで、やってきた」


 街の一角にあるいかにも怪しそうな建物。

 その前で俺が一人でそうごちると、師匠の他と一緒に付いてきた、そしてマフィが不思議そうな表情で俺に尋ね、続いて訝しげな顔をしたミュラとエリシル声を返してくる。


「え~と……ねえ、シュウ? ここは一体……」

「ん? ああ、見ての通り怪しい店だ」

「いや、怪しい店って……魔導師に会いに行くって話じゃなかったの?」

「ああ、そうだよ。だから、ここに来た」

「えっと……あのね、シュウ。まさかとは思うけど……シュウの知っているその魔導師って、この怪しいお店に居るとかじゃないわよね?」


 そんなエリシルの言葉に俺はにっこりと笑みを返すと、全員の顔が引きつるのが見える。まあ、ゲームでも大体みんな同じような反応だったからね。


「ここは、確か『魔道具店』だな……」

「『魔道具』? お師匠様、その『魔道具店』とは何なんですか?」


 師匠の言葉にマフィが不思議そうな表情でそう返すと、師匠は軽く頷いて俺の代わりに解説をしてくれた。


「ふむ……私もあまり詳しくないが、『魔道具店』というのは魔法を強化するアクセサリーなどを扱っている場所だと聞いている。とはいえ、私も騎士達も魔法を中心に戦うわけではなかったから、今まで噂で聞いていた程度でしか知らなかったが……」

「お師匠様も知らないお店……シュウはよくそんなお店の場所を知ってたね」

「あ~、まあ……前に散歩してた時に?」


 ゲームの知識を参考にして……とは、口が裂けても言えない。


「ともかく、ここなら仲間になってくれそうな魔導師が居るかもしれないからさ」

「お店の中って……お店の人にパーティに入ってもらえるわけないんだから……」


 さすがはミュラ、まさに的中だ。

 そんなミュラに感心していると、扉の前に掲げられた看板を見たエリシルが声を上げていた。


「それに、そもそもまだ準備中って看板が置かれてるみたいだけど……」

「大丈夫だ。そろそろ開店するし、それに他に客が居ると話が付けにくいかもしれないからな」

「え? それって、どういう―」


 俺の言葉にエリシルが不思議そうな表情で声を返す前に俺はその看板の掛かっている扉を開いた。そう、何故ならここには―


「失礼します!」

「うひゃあ!? うわっと、とっと!? ふぅ……あ、危なかった……」


 そう言って、俺が店の扉を開くと、店内で商品らしき瓶が入った箱を持ちながら歩いていた小柄な少女が驚いて声を上げていた。そして、いきなり入ってきた俺達を見たその少女は慌てた様子で声を返してきた。


「な、ななななな何ですか、あなた達は!?」

「ん? 何って、見ての通り、客だが?」

「いやまだ、開店前だって看板を掛けてたじゃないですか!?」

「あぁ、すまん。見えてなかった」

「いや、思いっきり目を逸らしてますけど!? 絶対に噓ですよね!?」

「失礼な。俺は噓を付かない人間だ」

「はあ……もう何でも良いですけど、まだ店は開いてませから……あと少ししたら開くので、その時にまた―ん?」


 小さい体に合わない魔法使いらしい大きな帽子を被り、マントのようなものを着用している店員らしきその少女は抗議するように俺に声を返してきた。そう、この少女こそ、俺が探していたパーティメンバー候補―レシアーナだ。


 しかし、レシアーナは俺の方を何やらジロジロと見ると、目を細めながら「ん? んん~?」と不思議そうな表情で声を上げ始める。そして、俺の顔を見上げると、訝しげな顔で声を返してきた。


「……う~ん、なんか、あなたの顔……どこかで見たことがあるような……あの、変なこと聞きますけど、どこかでお会いしたことってありましたっけ?」

「気が付いたか……実は生き別れの兄なんだ」

「ええ!?」

「まあ、噓だが」

「えぇ……」


 俺の言葉に表情をころころ変えるレシアーナの反応が面白くて、つい冗談を返してしまうが、そんな俺達のやり取りを仲間達がポカンとした様子で見ており、マフィ、ミュラがそれぞれ声を上げていた。


「えっと……シュウ、その人ってシュウの知り合いじゃないの?」

「ん? まあ、初対面、かな?」

「何で濁すのよ……というか、知らない人をパーティに入れようと思った理由も分からないんだけど……」

「まあ、色々と事情があるんだよ」

「え……? いや、わたしとあなたにそんな事情ありましたっけ……? でも、どこかで見たことがある気がするんですよねぇ……う~ん、最近じゃないしなぁ……」

「何? 本当か?」

「いや、まあ、何となくというか……例えて言うなら、魚の骨が喉につっかえたような違和感という感じというか……」

「よりによって、例えがそれのレベルかよ……」


 そうして、「う~ん、う~ん」と唸りながら何か思い出そうとするレシアーナに俺は内心で驚いていた。


 ――もしかして、レシアーナにも原作の『プリテスタファンタジー』の記憶が少し残ってるのか? マフィも俺とは『初対面な感じがしない』って言ってたしな……。


 そんなレシアーナの反応に驚いていると、意外にも師匠がそんな彼女の反応に神妙な面持ちで応えた。


「……それは、既視感(デジャヴ)というものかもしれないな」

「既視感……ですか?」

「ああ……初対面のはずの人間や景色に対して、なぜか『会ったことがある』『来たことがある』と感じる現象のことだそうだ。実を言うと、私もシュウと会った時にそれを感じていた……そして、不思議なことにお前からもそれを感じるのだ」

「え? あなたもですか? それは奇遇ですね……ちなみに、そちらのもう一人の方にも似たようなものを感じるんですが……」

「あ、それは私も感じてた。でも、シュウだけじゃなくてミュラにも少しだけ感じていたんだよね……」

「あ、うん。わたしもそれはあった」

「私は……特にないけど……」


 マフィやミュラも既視感に困惑する中、エリシルだけは状況が掴めずそう声を上げていた。まあ、エリシルの場合、本来は本編に登場してないもんな……。


 そんな中、両腕を組んで唸っていたレシアーナは全員の意見を聞いた後、俺を見ながら声を上げた。


「う~ん、不思議ですねぇ……あ! でも、この人の場合、それだけどこにでも居そうなありふれたモブ顔ってことなんじゃないですか? だから、既視感を覚えたんですよ、きっと!」

「おい」


 あまりの酷い言い分に俺は思わずそう口にする。なんだよ、モブ顔って……マフィの顔は男女ともに美男美女なんだぞ。まあ、良い……そんなことより、さっさとやることを済ませるか。


「それはそうと、実はレシアーナに頼みがあるんだ」

「わたしに頼みですか? ん? って、あれ? わたし、自己紹介しましたっけ?」

「細かいことは置いといて……実は天才魔導師レシアーナ様にぜひご助力を頂けないか、と思いまして」


 すると、その言葉に荷物の整理をしていたレシアーナが明らかにピクッと反応を示したのが分かる……相変わらず、ゲームと同じでなんて分かりやすい奴だ。


 そして、レシアーナは「コホン!」と軽く咳払いすると、スススッと俺のところまでやってきて耳を傾けながら冷静なふりをして声を返してきた。


「え、え~と……も、もう一度言ってもらって良いですか? わたしが……何ですか?」

「天才魔導師レシアーナ様にぜひ協力してもらいたいことがあると」

「っ……! し、仕方ないですねぇ……『天才大魔導師レシアーナ様、どうか我々をお救い頂けないでしょうか』、とそこまで頼まれてしまっては、天才として、話だけでも聞いてあげないといけませんねっ!」

「いや、そこまで言ってないが」

「さて! この天才大魔導師レシアーナ様に一体何を相談するんですか!?」


 しかし、俺の呟きは耳に入らず、ドヤ顔を決めて目を輝かせて詰め寄ってくるレシアーナに思わず後ずさりする俺……実際だとこんな感じなのか。その溢れんばかりに輝かせた目を見せるレシアーナに詰め寄られていると、ミュラが隣までやってきて聞いてきた。


「……ねえ、シュウ。まさか、この子を誘う気なの?」

「まあな。安心しろ、性格にかなり問題があるが、腕は確かだから」

「……そこ、せめて聞こえないように努力してもらえませんか?」

「よし、これで魔導師を確保できたな」

「は、はい? 魔導師を確保?」

「ああ。実は街の外でモンスターと戦うために、丁度、魔導師を探してたんだよ」

「ま、街の外でモンスターと戦う? なんで、この天才魔導師であるわたしがそんなことを―」

「―そういえば、お祖母ちゃんが大事にしていた宝石を壊しちゃったんだよなぁ」

「……っ!?」


 さりげなく俺がレシアーナにだけ聞こえるように耳打ちすると、驚愕した顔で俺を見てくる。そう、俺は知っている……原作に存在しているこいつの設定、つまり弱みを。


 そんな彼女に俺がニヤリと笑うと、レシアーナは額からダラダラと汗を流しながら俺を引き寄せ、周りに聞こえないように詰問してくる。


「なななななぜ、あなたがそのことをっ!?」

「ん~? 何のことか俺にはさっぱり分からないなぁ……レシアーナがお祖母ちゃんの大事にしていた『ドラゴンの秘宝』なんて大切なものを割っちゃった~……なんてことは」

「思いっきり知ってるじゃないですかああああ!? どどどどうして……そのことは墓まで持っていくつもりだったのに……」

「なあ、レシアーナ?」

「な、なんですか……?」

「俺達のパーティに入ってくれるよな?」

「……、……」


 そうして、俺が笑顔でその肩に手を置くと、レシアーナは言葉を失いながら俺を見返していた。





 ―五分後。


「―紹介しよう。今日から俺達とパーティを組んでくれる魔導師のレシアーナだ」


 そうして、俺の横で体を震わせながら俯くレシアーナに周りが困惑した表情を浮かべながら「はぁ……」と声を上げる。すると、レシアーナは顔を真っ赤にしながら悔しそうに声を上げていた。


「ぐっ……! なぜ、わたしがこんなことに……」

「別に良いだろ? どうせお前の店、ほとんど売上げないんだし」

「そ、そんなことまで知っているなんて!? は、はは~ん……あなた、さてはわたしのファンですね? まったく、わたしほどの大魔導師ともなると、人気があって困りますね―」

「ところで、今日の予定なんだが」

「普通に無視しないでくれません!?」

「いや、だってお前がよく分からないこと言うから」

「わたしからしたら、なぜあなたが色々と知っているのかが分からないんですけどね……あっと、それはともかく、さっきも言った通り、まだお店を開くのには時間が掛かるので後でまた来てもらえませんか?」


「ん? ああ、安心しろ。さすがに店の営業中にお前を連れてったりはしないから。休日に連れて行く」

「わたしの休みの予定が勝手に決められてる!? はぁ……まあ、もう良いです。ただ、どっちにしても、パーティの件も店主が帰って来てからちゃんと話さないといけませんから……」

「ん? 店主が帰ってない? 店主はお前だろ?」

「はい? 何言ってるんですか、私はただ店を手伝ってるだけですよ? よっこらっしょっと……ふぅ……店主はわたしのお祖母ちゃんなんですけど、今は街の外から運ばれてきた商品をもらいに門のところに行ってるんですよ」

「―それはおかしい」

「へ? おかしい?」


 荷物の整理をしながら答えるレシアーナに俺が思わず声を上げると、レシアーナは不思議そうな表情で俺を見てくる。


 俺が驚くのも無理はないと思う……何故なら、俺が知る『プリテスタファンタジー』では、この店の店主はすでにレシアーナになって五年が経過していたからだ。そして、その原因は彼女の祖母が五年前に亡くなったから、という裏設定があるのだが―


「……なあ、レシアーナ」

「はい?」

「さっき、お前の祖母さんが街の門に向かったって言ってたよな?」

「あ、はい。他の街から商品を受け取らないといけないので……それがどうかしましたか?」

「……」


 俺はそれに激しく嫌な予感を覚えた。


 ――五年前、俺達がここに来た日に丁度レシアーナの祖母が不在……偶然にしては出来過ぎてないか?


 例えて言うなら……まるで、その祖母が居なくなることで無理矢理原作に戻されそうになっているというか、そんな胸騒ぎみたいなものを感じた。


 ただの気のせいかもしれない。でも、俺はあの時―エリシルの時も同じように感じて助けることができた。


 とはいえ、レシアーナの話はミュラのバッドエンドとは関係はない。でも―


「あの、どうかしましたか?」


 そう言って、不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んでくるレシアーナ。

 すぐにドヤ顔をしたり、お金に目がくらみやすかったり、色々と発言に問題がある奴だが……根は良い奴だ。


 そんなレシアーナはパーティに加入して分かることだが、普段は明るいレシアーナは時々祖母のことを思い出して悲しむ話がある。その時にレシアーナはいつも後悔していた……「あの時、わたしが受け取りに行けば良かったな」と。


 だとしたら……もしかして、このタイミングなら助けられるんじゃないか?


「……なあ、レシアーナ」

「はい? 何ですか?」

「営業開始までまだ時間あるよな?」

「え? いや、まあ……でも、まだ街の外に行くのはさすがに―」

「そうじゃない」


 恐らく、これは『イベント』だ。

 レシアーナの今後を左右するこのイベントを見て見ぬふりをするわけにはいかない。だから―


「―仕事サボって、ちょっと門の方まで俺達と一緒に出掛けないか?」

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