第12話 はじめての原作改変後

 そうして、フェレールに稽古の約束を取り付けてマフィとフェレールを見送った後、いつものように孤児達と一緒に夕食の席に着いた俺達だったが……しかし、あんなことの後に賑やかな食事などできるはずもなく、ミュラやエリシル、それに孤児達は食事を前に暗い表情を浮かべるだけで、誰一人手を伸ばしてはいなかった。


 ――あんな危険な目に遭ったんだ、それでいつもみたいに食事なんてできるわけないよな。それに、エリシルはあそこで死んでいたかもしれない……いや、多分、本来の『プリテスタファンタジー』だとあそこで殺されてたんだ。それを阻止できたことは実際のゲームと違って運命を変えられるってことだけど、それでもエリシルや孤児達にとって今回の出来事はトラウマになるには充分だ。まさか、エリシルまで『女帝』のスキルを持っていることには驚いたけど……そうだとしても、このままじゃ、近いうちに起こる最悪のイベントには抗えないもんな。


 とはいえ、食事はちゃんと取らないとダメだ。


「みんな、今日は大変だったな。でも、ご飯はちゃんと食べよう。安心してくれ、もう今日みたいなことが起こらないように俺も頑張るからさ」

「シュウ……うん、そうだね」

「そうね……シュウの言う通りよね。みんな、ご飯を食べよっか」


 ミュラとエリシルが俺の言葉に頷いてそう言うと、みんなもぎこちないものの、食事を始める。すると、そんな中、この孤児院を管理してくれている老婆のミエク先生がつらそうに声を上げた。


「すまないね、みんな……まさか、あたしが出掛けている間にそんなことがあったななんて……」

「いや、ミエク先生のせいじゃない。悪いのは騎士団の連中だ」

「そうかもしれないけど、それでもあんた達を危険な目に遭わせちまって……シュウが居てくれて良かった。もし、あんたが居なかったら、今頃どうなってたか……あたしは自分が情けなくて仕方ないよ。特にエリシル……あんたには本当に怖い思いをさせちまったね……」

「え……? あ、ああ、大丈夫だよ、ミエク先生。ほら、私はこの通り、シュウに助けてもらったから何ともないから」

「エリシル……」


 ミエク先生の言葉に笑うエリシルの姿にミエク先生がつらそうに涙をおさえて顔を伏せてしまう。あんなことがあってつらくないはずがない……明らかに無理をしているその姿に、俺もミュラも悲しい気持ちになっていた。





「―二人とも、ちょっと良いか?」


 その日の夜、俺はミュラとエリシルの部屋を尋ねた。

 孤児院は俺以外は基本的に二人で使っていて、ミュラとエリシルはこの部屋で寝泊まりしている。そして、俺はそんな二人の部屋の扉を開くと、ミュラとエリシルが驚いた表情で俺を迎えた。


「シュウ……?」

「あ……こ、こんな時間にどうしたの?」


 そう言うエリシルの顔は青ざめてその目は腫れており、さっきまで泣いていたのは誰の目にも明らかだった。エリシルは俺やミュラよりも五歳上だが、それでもまだ十五歳……あんなことがあって、怖くないわけがない。


 そんなエリシルの姿に、ミュラが「エリシル……」と声を上げる中、俺は声を返した。


「いや、昼間のことで二人の様子が気になってな」

「あ、そうなんだ。ごめん、お礼をちゃんと言えてなかったね……今日は助けてくれてありがとう、シュウ」

「別にお礼なんて良いよ。それより……無理するなよ?」

「え……? あ、えっと……無理ってなんのこと?」

「騎士の連中から狙われたことだよ。怪我がなかったのは良かったけど、あいつらのせいで怖い思いをしただろ? それなのに、無理していつも通りに振る舞ってるから気になって声を掛けにきたんだよ」

「あ、あぁ……はは……心配しないで。うん、私は大丈夫だから……」

「だから、そうやって無理するなって」


 そう言って、俺はエリシル達の下まで行くと、その頭にぽんっと手を置いてやる。すると、エリシルは笑顔から一転、今にも泣きそうな顔で俺の顔を見上げてきた。


「なあ、エリシル。こんな時まで泣くのを我慢しなくて良いじゃないか」

「で、でも……私はみんなのお姉さんだし、一番年上の私が怖がってたらみんなもつらくなるから……」

「お前がいつもそうやってみんなのことを気遣ってくれてるのはよく分かってる。けど、お前だってここの子供で、同じ家族なんだ。だから、お前だけがそうやってつらいのを我慢しなくて良いんだよ」

「わ、私は……」

「それに、心配しなくても今はここに俺達しかいない。だから、子供達の前じゃないから我慢しなくて良いんだ。怖かったよな……悪い、助けに行くのが遅れて」

「……っ! う、ううん……! シュウが来なかったら、私きっと死んじゃってたから……!」

「エリシル……!」


 まるでせきを切ったように自分の体を抱き締めて震えながら涙を流して拭うエリシルに、ミュラもつられるようにして涙を流す。そして、そんなミュラを抱き締めながら何度も涙を拭うエリシルは驚くべきことを話してきた。


「分かるの……! 私、ずっと夢で何度も見てたから……!」

「夢?」

「う、うん……し、信じられないかもしれないけど……私、子供の頃からずっと嫌な夢を見てたの……ああやって、あの人達が剣を振って、それで私が死ぬ夢……! それがいつなのか、全然分からなかったけど、ああやって剣を向けられて……気付いたらすごい苦しくて起きるの! でも、その時にミュラがずっとつらい思いをしながら苦しんでるのが何となく分かって……! 痛くて、苦しくて、助けてあげたいけど助けてあげられなくて……! 何度も、何度も、それで目が覚めるの!」

「そうだったのか……」


 それは、本来の『プリテスタファンタジー』で正史で起きたことなのだろう。

 エリシルが死んで、それを憎んだミュラが王国への復讐のために苦しみ続けていたのをエリシルはずっと止めたかったんだ。


「自分が死ぬ夢か……それは怖かったよな」

「うん……痛くて、怖くて……でも、もっと怖かったのは、それでミュラがずっと苦しむっていうのが分かって助けられなくて……ごめん、私、変なこと言ってるね……」

「エリシル……」


 まだ十五歳のエリシルはそんな恐ろしい夢を見ながらも、今日までずっと笑顔で生きてきた……それは本当にすごいことだ。ゲームでは選択肢以上に物語を変えることはできず、それが何度も引き起こされていた……それは、エリシルにとってどれほど苦しいものだったかなんて、考えるまでもない。


「安心してくれ、ミュラ、エリシル」

「シュウ……?」


 そんな彼女達のバッドエンドを終わらせられる可能性があるとしたら、それはこの世界でイレギュラーな存在である俺だけ……と考えるのは傲慢なのかもしれない。けど、目の前で泣いている二人はゲームの中の存在ではなく、「生きている」。


 周りを心配させまいと気丈に振る舞うエリシルと、そんなエリシルを守ろうと必死に騎士団の連中にも挑もうとしたミュラ。そんな彼女達を助けることができる可能性があるなら、俺は例え可能性が数パーセントだとしても、それに賭けようと思う。


 だから、俺ができることをしてそんな彼女達を必ず守ってやる。


「絶対にその夢の通りにはさせない。お前達の幸せは俺が必ず守ってやる」


 その言葉に、ミュラとエリシルの目が見開くと、振り絞るような声で涙を浮かべつつも、笑顔で頷き返してきた。


「うん……」

「ありがとう……シュウ……」


 そんな彼女達の涙に俺は改めて強くなる覚悟を決めたのだった。

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