第6話 モブ、死亡フラグ回避のため鍛える

「……どうして、私の名前を知ってるの?」


 俺が女性主人公マフィの姿と瓜二つであることに驚いていると、目の前の少女は訝しげな顔でそう聞いてきた。驚いたことに、どうやら、やはり目の前の少女はマフィで合っているみたいだ……ただ、向こうからしたら、俺は知らない人なわけで、そんな奴から名前を呼ばれて明らかに警戒されていた。


 ――それにしても、どういうことだ? 俺も見た目は男主人公のマフィだし、マフィが同時に存在するなんことは……あぁ、いや、でも、考えてみれば、今の俺はシュウって名前だし、一応、別人ってことか?


 そんな風に俺が考え込んでいると、マフィは警戒心を強めながら声を返してきた。


「ねえってば。私、あなたとは初めて会ったと思うけど……」

「ん? あぁ、ごめんごめん。いや、まあ……その、なに……風の噂、とか?」

「風の噂……? ……やっぱり、私が『落ちこぼれ』だからか」

「へ……?」


 そう言って、マフィはため息を吐くと、明らかに落胆した様子で手にしていた木剣に軽く視線を落とす。あ~……そういえば、そんな設定だったな。


 実はマフィは物語中盤以降はその実力を認められているが、序盤でも『落ちこぼれ』のレッテルを貼られていたのだ。お上から落ちこぼれ呼ばわりされて、自信を失くしていたけど、最終的には世界を救うっていういかにも正統派ファンタジーって感じのストーリーが良いんだよな。


 まあ、そもそも、一番落ちこぼれ呼ばわりしていた貴族の婆さんが実は主人公の立場に嫉妬して言ってきただけなんだけなんだが……ともあれ、主人公として申し分ない実力を持っていながら、こんな風に自信がない性格になってしまったわけだ。


 しかし、まあ俺はある意味、彼女の未来を知っているし、そもそも実力を周りが認めてないだけで、子供の頃からすごい方だったというのも知っている。ここから彼女は大変な運命を背負うことになるし、ここは正直に褒めてあげるべきだろう。


「いや、別にそういう意味じゃないから安心してくれ。むしろ、その年齢にしてはすごく良い腕だって聞いたんだよ」

「え? そんなこと、一度も言われたことないけど……」

「そんなことないって。さっきも横から見させてもらったけど、すごい真剣にやってたし、動きもすごかったよ。まあ、俺は剣の素人だからそう言われても嬉しくないかもしれないけど」

「ううん、そんな風に言ってもらえたことないから、すごく嬉しい……」

「それは良かった。あ、それはそうと、君も剣の稽古をしてるんだろ? もし良かったら、俺と一緒に練習しないか?」

「え? あ、うん、それは良いけど……それ、木剣じゃなくて、ただの木の棒じゃない?」


 俺に褒められて素直に喜んでいたマフィだったが、ふと俺の持っていた木の棒を何とも言えない表情で見つめられてしまい、俺もため息を吐くしなかった。


「やっぱりそうだよなぁ……うーん、うちには木剣なんてないし、用意するツテもないんだよな」

「そっか……出来れば私が用意してあげたいけど、稽古場のものは持ち出せないし……風魔法なんか使って木を切れたら良いんだけど……」

「……魔法?」


 そういえば、この世界にいきなり来たから忘れてたけど、『プリテスタファンタジー』では基本的にキャラクターが使える属性が決まっていて、主人公のはマフィとボスのミュラだけは全属性の魔法が使えるんだよな。


 ――ちょっと、マフィのステータスを拝見させてもらうか。


------


Lv3


『英雄』

全ステータス上昇補正【中】

全状態異常耐性【中】

魔法【初級・全属性】


------


 ――レベルはもう3か……俺より少し高いな。スキルは―やっぱり、原作通り『英雄』なんだな。『女帝』ほどじゃないけど、これで他のキャラより全体的にステータスが高いんだよな。さすがは主人公……もはや、モブの俺とは比にならん。しかも、このスキルのおかげでマフィだけ全属性魔法が使えたり、ステータスの伸びにもすごい良い感じに補正が掛かるんだよな。


 ちなみに、俺がステータスを見ていることはやはりマフィにも分からないらしく、唸りながらステータスを見ている俺に首を傾げていたが、とりあえず、マフィのステータスを確認できた俺はついでに名乗ることにした。


「そういえば、名前を言い忘れてたな。俺はシュウだ。孤児院に住んでる」

「え? シュウも孤児院に住んでるの? 実は私も今はお師匠様のところに住まわせてもらってるけど、もともとはこの街とは違う孤児院で育ったんだ。あ、私の名前は知っているみたいだけど、一応自己紹介させてもらうね。私はマフィ、王都の稽古場で剣の修行をしてもらってるわ」


 おっと、そういえばそうだった……マフィの言う通り、この『プリテスタファンタジー』のストーリーのすごいところは主人公とラスボスが両方とも孤児院育ちという共通要素を持っていながら別々の道を進んだ、というなかなかハードなのもウリなんだよな。


 だからこそ、二人は最終決戦で熱いやり取りをしつつ、その最後に主人公も同情し、その時に初めてミュラが報われる……というなかなかに感動的な演出だったりする。とはいえ、それはそれで感動ではあるけど、やっぱりミュラにはあんな道を歩ませたくはない。


 そして、その原因は孤児院とそこに居た孤児達……つまり、俺達を失ったからだ。ミュラに平和に暮らしてもらうためにも、死亡フラグを回避するために力を付けておかないとな。


「そっか。マフィも孤児院育ちだったなんて驚いたよ。じゃあ、俺達は孤児院仲間ってわけだ。よろしくな」

「あはは、孤児院仲間っていうのは変だけど……なんかシュウとはすごい気が合いそう。こっちこそ、よろしくね」

「ああ。それで、さっきの話なんだが、風の魔法が使えれば木剣が作れるかもって言ってたけど、マフィは魔法が使えるのか?」

「うーん……使えないことはないけど、器用貧乏っていうか……どれもまだ初級魔法の段階で不安定なんだ」

「なるほど……ちょっと見せてもらっても良いか?」

「え? 良いけど……」


 やっぱり、魔法はファンタジーの醍醐味だからな。俺がここに来た時点で充分ファンタジーだし、案外、見ただけで出来たり―


「ウインドカッター!」


 すると、その掛け声とともに俺の目の前で木に向かって手から風の刃を放つマフィ。だが、本人の言う通り、まだ扱いには慣れていないようで、目標から外れてしまい、木の幹ではなく、葉を少し切っただけだった。


「はぁ……やっぱりダメか。ね? 言ったでしょ? 私はまだ初級魔法でも扱いきれてな―」

「くそっ! ダメだ……! めちゃくちゃ魔法格好良いのに、全然使えるイメージが湧かない!」

「え、えぇ? だ、大丈夫、シュウ?」

「あぁ、すまん……魔法なんて非科学的なものを使えることが羨まし過ぎてな……」

「ひ、非科学的……? いや、別に普通のことだと思うけど……それに、私なんてまだ全然扱えてないし……」

「そんなことないって。ちゃんと風の刃が出てたし、俺からすれば、魔法が使えるだけで羨ましいよ……」

「んー……初級魔法なら割と誰でも使うことだけならできるはずだけど……」

「……マジで?」

「うん」

「俺でも?」

「できると思うよ?」

「な、んだ……と……?」


 まさか俺が魔法を使える……? そんなバカな……。

 いや、でも、考えてみれば、ここは『プリテスタファンタジー』の世界……元居た世界とは違うんだよな。確かに、『プリテスタファンタジー』の世界じゃ初級魔法は割と誰でも使えるけど……でも、それってパーティに加入するキャラだからじゃないのか?


 あ、よく考えたら、ゲーム内だと敵のモブキャラも使ってきたし、もしかして、本当に使えるのか……?


「……よし、物は試しだ。やってみるよ」

「うん、やってみて」


 そうして、俺も見よう見まねで木に向かって風魔法を唱えてみた。


「ウインドカッター!」


 その瞬間、一瞬、木に向かって何かが飛んで行ったのが見えた。すると、俺は驚いて声を上げる。


「お、おお!? い、今、一瞬だけ木に飛んでいったよな!?」

「う、うん……でも、全然見えなかった……」

「う~ん、もしかして、コツを掴めてないからか……?」

「そうかも……私も練習中だけど、お師匠様からもう少し足から力を抜いた方が良いって言われてるんだ」

「なるほど……もう少し、足から力を……」

「でも、まさか、たまたま風属性と相性が良かったのことにびっくりしたよ」

「え? あれ? そういえば、この世界って確か属性は一つしか使えないんだよな……」

「うん、一般的にはそう言われてるね。ただ、私は珍しく全部使えるんだけど……そのせいか、全然魔法が上手く使えないんだ」


 そういえば、さっきマフィのステータス見た時に『魔法【初級・全属性】』ってゲームと同じように書かれてたもんな。なるほど、だから器用貧乏ってことか……。


「いや、でも、全部の属性を実際に使うのってなんか難しそうなイメージあるよな。ゲームだと普通に使えるけど、やっぱり実際に撃つと、感覚が違うっていうか……これが多分、MPを使うって感覚なのか」

「ゲーム? 遊びのこと? それと、MPって?」

「あ……」


 よく考えたら、この世界でそんなネタが通じるはずないか……まあ、でも、世間で生きていく上でこういうすり合わせはしておいた方が良いよな。ただ、MPって概念がないとしたら、何を消費して魔法を使ってるんだ? 魔力とかか?


 そんな風に考えた俺がそこまで口にした時だった。


「ん……?」


 突然、目の前の木から何やら轟音が響き、俺達は思わず声を上げてしまう。しかし、次の瞬間、その木は轟音とともに倒れてしまい、まるでその幹は刃物のようなもので切られたかのように綺麗な断面が現れた。


「木が……切れた……?」

「嘘……」


 あまりの状況に言葉少なになってしまう俺達。しかし、次の瞬間にはマフィが大笑いをしてきた。


「なに笑ってるんだよ?」

「いや、だって、シュウってば、魔法を教えたばっかりなのに、いきなり一発で成功させちゃったから……私でもまだ狙って当てることはできないのにさ」

「そうなのか? うーん、とはいえ、まだ魔法を使ったって実感が湧かないな……」

「少しずつ練習していけば慣れてくると思うよ? って、全然当てられない私に言われても微妙だろうけど……」

「そんなことないよ。俺、魔法なんて初めて使ったし、マフィに言われるまで使おうとすらしてなかったからな。マフィのおかげで自分の新しい可能性を見い出すことができた。ありがとう」

「えっと、新しい可能性……? それは、よく分からないけど……うん。でも、シュウって不思議ね。初めて会ったはずなのに、なんかそんな気がしないっていうか……すごい気が合うんだ」

「え? そうなのか?」

「うん。実はさっき初めて話し掛けられた時も、本当はこの人なら大丈夫だって安心してたからそんなに警戒してなかったんだ。あはは、自分でもよく分からないんだけどね」

「安心か……」


 もしかして、一応は同じ主人公同士だからか?

 まあ、詳しいことは分からないけど、ともかくマフィと仲良くすることはできたみたいだ。


 俺の目標はエリシルや孤児院を王国から守って、ミュラが悪役にならず、みんなが平和に過ごせることだ。


 当然、その中には今出会ったマフィも居る。少しイレギュラーではあるけど、ミュラが主人公であるマフィと仲良くなっておけば、ラスボスになる可能性はぐっと減るだろうしな。


 そんな調子で、その日からミュラが居ない時はマフィと稽古をするようになった。

 三人で一緒に稽古をしようかと思って誘ったことがあるんだが、見事なまでにタイミングが合わず、俺はミュラかマフィと二人きりでしか稽古はできなかった。


 しかし、その甲斐あって、魔法と剣の腕は間違いなく上がっていた。


 ――このままいけば、王国からみんなを守れる。


 そう思い、俺はどこか達成感のようなものを感じていた。

 だが、俺はこの時、気にも留めていなかった。


 ミュラとマフィ……それぞれ俺と二人きりで一緒に特訓していたことを本人達に話さなかったことがどういう結果を生むかどうかなんて―。

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