絵心との出会い

 アラーム音が耳障りに感じていく。柔らかなトーンの音を奏でているが、眠りたい想いで煩わしさを感じた。

 スマホの画面を右にスワイプしアラーム音を止めた。

「………………」

 夢の余韻に浸る。お湯に浸かったような暖かみが体に広がっていく気持ちだ。バクバクなる心臓が平静になるまで、しばらく目を瞑って夢を見返そうとした。まだ夢で見た不安と安心感の余韻が微かに残っている。覚えているのは階段を下りているときと、目覚める直前に抱擁された感覚だけだった。最後らへん何か言われたと気がする。それを思い出そうと試みるが、ややはり無理だった。

 布団から起き上がり、伸びのストレッチをし、何となく今日一日は良い日になりそうな気がした。│何故なら彼は、珍しく朝の目覚めが良く、まるで頭は真っ白な部屋で、風通しが良くて優しい風が綺麗な滑らかな線を描いて走ってるようで、心がプリンのように弾んでいるから。彼はいつもなら憂鬱そうで、中々起き上がらず、何度も睡魔の真っ赤な高級マントに包囲され布団に潜って寝に入ろうとするのだ。

 手際よくパンパンと布団を畳み、着替えや朝ご飯など支度を済まして、学校に登校する。

 今日も昨日と一昨日に連続して快晴だ。快晴が続くあまり事故や痛い目に遭ってもおかしくない予感が浮上する。朝日の日差しが優しく揺らめき、太陽の近辺の光を直視していても暖かく視覚を包んで受け入れてくれる。くるりくるりと空中に思考を泳がせていると、いつの間にか学校が見えた。横断歩道で生徒たちに紛れて、彼も道路を渡る。ある生徒の一人はAirPodsを耳にはめて、音楽を聴いているのだろうか、しかし、容姿からはそういう風に見えない。高そうな黒のコートをブレザーの上に羽織って顔を柔らかく包むようにショートの髪型が顔のラインを美しく象っている。そのようにして顔を端正に見せかけているのだろうか。その人の焦点が一方向を定めている。その視線は固定しており、アンテナを張って周囲を注意していると思わせて、英語のリスニングやらラジオやらを聴いて集中していると、勝手に思った。

 黒木も自転車通学の生徒たちに注意をしながら、校門までの残りの距離を歩く。朝のHRの予鈴までの時間は残り13分もある。同じ通学路に交わり他の生徒たちと再び合流する。四方八方に話し声が飛び交う中、彼の前、左、右側は静寂の空間が出来上がっている。ある人は夢遊病の如く何も考えずにぽたぽたと歩き、またある人は出来るサラリーマンの如く踵から地面を淡々と踏み締めて歩いている。後ろに轟く高校生らしい会話が、静寂の空間を我が物にする。

「……すごいね、私なら絶対無理だよ」

「ところで昨日の晩ご飯なんだった?」

「カレー。ちなみに甘口だよ。辛いのは絶対無理。だってさ、あれってただ味が辛いなだけじゃん。美味しさを消してるよ。◯◯ちゃんはどう?辛いものイケるの?」

「全然イケるわ。平気で食べれるよ。激辛口もワンチャンイケるかも」

「えぇー!ずこいね!私なら絶対無理だよ。無理無理無理」

「いやいやいや、そんな大したことじゃないよ(爆笑)」

そんな他愛のない会話が、彼の意識をまたぶらりぶらりと宙へと遠ざける。


 鐘が鳴り一時限目の授業の終わりを伝わせた。そして10分休みになった。クラスメートたちの銘々がパートナーと合流し繋ぎ固まった。教室内に私語が飛び交って固まり同士でも繋がった。そういう空間が出来上がるので、一人頬杖を立てて、小さいが自らの空間を作った。個々が同じ空間に居る中、彼だけは強気に我が物するように出来るだけの対応をした。彼はクラスでナルシストだと認識されている。何故なら、彼はいつも眠そうにするので、人と面識する度、いつも不機嫌そうな顔になってぼっちだと思われないために、気まずそうに自分の空間をその場限り開拓するからだ。彼はすぐ自分の空間を作る癖がある。可哀想な奴だと思われたくない所以、また自分のプライドが敏感に反応するので、自分の空間を作る癖が出来たのだ。それ故か、一人で居ることが好きで、人と関わることを疲れて、不良よりかは面倒くさがりで、かつ合理的で、言うならば一匹狼、と自分のクラスで定着がある。幸か不幸か黒木はそのことを知らない。ただ自分がぼっちだと思われないために、必死でそれと同じ程度でそれを相殺する所存。しかし最近は違う。黒木は自らのぼっちプライドを守るためにわざわざ空間を作っていない。そもそも空間を作る理由なんて無いのだ。最近の黒木は無意識に、自然に、成り行き任せに、頬杖を立てたのだ。疚しさや嫌悪感のそういうオーラは漂っていないのだ。

 四時限目の鐘がなり昼食の時間に入る。彼は昼食を早めに終わらせ廊下に出た。廊下に設置してある長椅子に、腰を下ろすとスマホを手にゲームを起動した。やっぱり気が変わって図書館に行くというシフトにチェンジした。彼は図書館に向かう途中、短髪の女の子と触れ違った。するとその女の子に見覚えがあった。学校登校中に出会ったロングコートを羽織った女の子だった。しかしそれだけでなくもっと前から知っているという頭に、ぶわーんと記憶がむずがゆいが思い浮かび微かに見覚えがある。まるで前世の記憶を思い出そうとあるいは前世の記憶に違いないと曖昧な確信で自分を納得させた。すれ違った二歩歩んだ先に、肩を掴まれ止められた。その途端、彼は見覚えのない記憶、それをもとから覚えているかのように、鮮明に脳内に映し出された。

「えごころちゃん?」

彼はふとそう口にした。すると、女の子は口のはじを上げて

「黒木くん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしとぼく 家路 人外 @iejin_000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る