わたしとぼく

家路 人外

暗闇部屋

 目を開けているのか閉じているのか分からない。視覚が正常に機能しているのか疑うほど何も見えない。見ているもの全てが闇に飲み込まれたみたいに黒色以外なにもない。まさに暗闇である。

 二、三歩前に進む。さらに何歩か前に歩むが、つま先が壁に当たったとたん、期待を消失し、地面は永遠と平面で、凹凸感を感じさせず、淡々と無感覚に陥らせられるだけだった。

 それでも、とにかく前に進むしかないと思った。その選択肢以外、何も出来ないと理解しているのだから。

 自分は今どこにいるのか、なぜここにいるのか分からないのだ。気付いたらここにいた。まるで自分が何かをしようと、だが、ふとしたときに目的を忘れたみたいような、ポツンと佇んでいる。

 僕こと、黒木は不安になりながら前進する。そして徐々に恐怖した。

 延々と続く暗闇。自分の存在が闇に浸食されてもおかしくないと思うほどに、意識が暗闇に吸い込まれるようだった。時折、自分に注意を向けないと、意識が曖昧になる。足は機械的に なり、運動しているはずの足が自分のものじゃないみたいに淡々と動いているのだから。

 黒木は意識を保つことに精一杯だった。定期的に自分の存在を疑って意識を保っている。

 精神が不安と恐怖に苛まれ押し潰れそうだった。けれども、どこか安心したいという想いが強く、本能的に黒木は前進するほかないのだ。

 やがて変化が訪れる。突然、目前に光を感知した。星がキラキラと輝くような、仄かな光が見えたのだ。同時に、探しものを見つけたような嬉しい気持ちになった。それはまるで、何時間も子供がスーパーで彷徨って、やっと、母親と再会出来て安心感に満たされる、かつ嬉しい気持ちのようだった。

 歩を速めてその光に向かった。よく見ると、そこだけは、鋭利なもので切りつけたかのように、背丈ほどの縦長の光が漏れていた。漏れる光は細くこちらに伸びている。さらに、近づくと彼は不思議に思った。"暗闇"の中なのに細い影があるのだ。

 それは放射している光によって、とある物体を縁取った影だったのだ。真っ黒よりかは黒。その周囲の暗闇に比べると色が薄くみえる。影に縁取られた縦長の光の中に吸い込まれるように中を覗き確かめた。

 ポツポツと柔らかな白い光がきらきらとあるだけだった。影に手を伸ばすと、光の密度が増した。ドアが静かにゆっくりと開いていったのだ。

 光は柔らかく目をしかめるほどではない。白い光は目前の斜め下にある。

 ドアの中へ入ると、さらにもう一歩前に出た。

 途端に、勢いよく足が落下した。一瞬肝を冷やしたが、足は着地している。段差になっているのだ。

「(なるほど……。この階段の先には、白い光の発生源があるに違いない)」黒木はそう確信した。

 足元に気をつけながら慎重に階段を降りる。

 白い光はまだ手前奥にある。下に降りるにつれ、その白い光は徐々に目の高さに近づいていった。

 そしてついに、最後の段差を降りた。

 恐る恐る前に進むと、人影が見えた。白い光に縁取られて、画面を眺めている。そして、謎の光の正体はテレビだった。テレビは大画面だ。

 謎の人影は、テレビの前にポツンと座っており、テレビの画面を眺めている。ところが、テレビの画面には映像や画像が一切なく、何も流れていない。また、何も表示されていなくて、ただただ眩しい程の白い光があるだけだった。

 謎の人影はテレビに夢中で全くこちらの様子に気付いていない。気付いて貰おうと、謎の人影の前面に周り、ついでに顔を確かめた。それは光で照らされているのに、真っ黒のままで顔がなくて、シルエットのままだった。シルエットなのも人影の手前に置いてある、ちゃぶ台も同様だった。

 けれども、黒木は常識だと、誰かに操られるように、自分を納得させ疑念を払拭した。

 こちらの様子を認識したのか謎の人影は動きを見せた。謎の人影は自分の手前にあるちゃぶ台に手を差し伸べて、その上に置いてある細い影を手に取った。リモコンだ。すると、それを手に取ってテレビの電源を消した。

 再び暗闇が漂う。ガンガンとまぶたの裏に、白い光の余韻が点滅する。またもや視覚が壊れたかと思い、目を開けているのか閉じているのか分からなくなった。

 「そして、徐々に黒木は恐怖した。同時に、どろーんと、心に鉛が沈んでいくような不安が込み上がってきた。

 突然、心臓の音が大きくなり呼吸も深くなる。息苦しい、怖い。黒木は自分に何が起こっているのか分からない。ただ、精神が恐怖と不安に苛まれているのが分かった。

 自分がこの後きっと死ぬのだろうと思って頭が真っ白になった。黒木はせめて出来る限りの抵抗をした。

 「(誰か……)誰か助けて……」黒木は自分に聞こえないくらいの声だが、必死に、やっとのことでそう口にした。

「安心、していいよ」耳を撫でるような優しい声でそう囁かれた。

「もう、大丈夫だよ。わたしがいるから、見える? 何も怖がらなくてもいいよ」人影は黒木の背中をを抱擁し、そう言った。

 トーンも暗いが、何だか安心する。ただ、慰めてくれているのが分かった。

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