第10話 新しい常識の勝利

 その書簡には、完璧な文字で、たった二行が記されていました。


 『リア・ヴェール令嬢。


 私の敗北だ。心から、お構いなく。


 クロウ・リゼル』


 この手紙は、クロウが初めて、支配欲や形式的な愛ではなく、個人の意志と幸福を認めた証だった。


 リアとアルフレッドは、クロウという最大の障害を、「新しい愛と、新しい常識」というタッグで乗り越え、王国の未来を築く最強のカップルとして、新しい時代へと船出した。


 物語は、「熱烈アプローチで決めた婚約者でしたが、まさかの王子様に恋を奪われたので、お構いなく」という、リアの宣言通りの、自由でハッピーな結末を迎えたのだ。





 クロウからの「お構いなく」という、諦念と承認が込められた短い手紙を受け取ったリアは、感傷に浸ることなく、それをアルフレッドに見せた。


「あのクロウ様が、完全に『敗北』を認めたわ。なんだか、少し寂しいような気もするけど」


「彼は君という最も予測不能な変数に、自分の論理が通じないことを理解したんだ。彼の生き方からすれば、これは究極の合理的な判断だよ」


 アルフレッドは、リアの手紙をそっとテーブルに置いた。彼らはいつものように、商業刷新局の部屋で、共に夜を過ごしていた。コーヒーの香りが、二人の間の新しい日常を象徴していた。


 アルフレッドは椅子から立ち上がり、窓辺へとリアを誘った。窓の外には、王都の新しい街灯が、古い貴族街ではなく、活気ある庶民街を明るく照らしている。


「リア。君の行動が、僕の改革を救った。君の『品位の再定義』は、王妃と王家の心を動かした。君は、この国に最も価値のある衝動をもたらしたんだ」


 リアは、クロウの完璧な支配から解放された今、アルフレッドの心からの肯定が何よりも嬉しかった。


「私はただ、あなたのそばにいたかっただけよ。あなたの自由な思想を守りたかった。クロウ様の完璧な世界より、あなたと二人で挽く、このコーヒーの香りの方が、私にはずっと豊かに感じられるもの」


 アルフレッドは、その手を優しく握り、自分の唇に近づけた。


「僕が東方の国で学んだ最も大切なことは、『愛とは、互いの自由を尊重し、共に新しい価値を生み出す最高の機能である』ということだ。僕たち二人のタッグは、恋人としても、ビジネスパートナーとしても、最高の機能を発揮している」


 そして、彼はリアの目をまっすぐに見つめた。


「君はもう、僕の王室特別補佐官という肩書きだけではない。君は僕の未来だ。君がいなければ、僕の改革に奔放な魂は宿らない。リア、君の衝動を、僕の人生の羅針盤にしてくれるかい?」


 リアは、アルフレッドの真剣な眼差しに、静かに頷いた。クロウのような熱烈なアプローチはない。しかし、この信頼と未来を共有する約束こそが、彼女が本当に求めていた真実のロマンスだった。


「ええ、アルフレッド。私の衝動は、常にあなたに向かって動くわ。そして、私たち二人で、この国を世界で一番、息がしやすい場所にしましょう」


 そう言って、リアは自らアルフレッドの首に手を回した。


 アルフレッドは、もう戸惑わなかった。彼はそっとリアの顔を両手で包み込み、ゆっくりと、しかし情熱を込めて、彼女の唇にキスをした。


 それは、支配のキスではなく、約束のキス。


 形式のキスではなく、真実の自由を確かめ合うキス。


 古い常識の終わりと、二人が共に築く新しい時代の始まりを告げる、甘く、希望に満ちたキスだった。

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熱烈アプローチで決めた婚約者でしたが、まさかの王子様に恋を奪われたので、お構いなく ましろゆきな @yukkosak

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