水面ライト

藤泉都理

水面ライト




 いくら輪廻転生を繰り返しても、再び人魚として生まれる事はなかった。

 自業自得とはいえ、カナヅチの人間に生まれ続ける事はないだろうと、とりあえず頭の中の魔女に恨み言をぶつけてみた。

 恋愛成就したならまだしも、失恋をした人魚に対してこの処遇はひどくないか。

 こちとら泡になって死んでしまったんだ。

 もう少し優しさを分け与えてくれよ。






 水面に波紋が広がっているような光が投影される。

 東西南北すべてのカーテンを、すべての窓を全部開けても差し支えない丑三つ時。

 今宵は新月。

 月光が降り注ぐ事はない漆黒の闇と。

 稀に暴力的な車のライトが瞬く間に過る中。

 天井にも壁にも床にも。

 通り過ぎる窓以外は全部ぜんぶ。

 身を縮こまらせる冷たく乾いた朔風が通り過ぎ、どこを向いてもまるで海の中にいるような心地に、不思議と心身が落ち着く。

 海を捨てたくせに結局海に焦がれてしまうなんて。


「笑えねえ」

「何が笑えないのですか?」

「うわっ。え? まだ居たの。おたく」

「水面ライトの調子が悪いと呼び寄せたのは翠恋すいれん様ですよね」


 気難しい顔が標準装備の水面ライトの女性職人である水來みくるは、どうですかと常連の男性客である翠恋に尋ねた。

 すっかり感傷に浸っていて水來の存在を忘れていた翠恋は、とってもいいと少し声量を落として言った。


「悪かったな。こんな深夜に。ダメもとで連絡して、まさか出るとは思わなかったし、しかも来てくれるとは思わなかったわ」

「偶然新作の水面ライトを作っていて会社に居ただけです。翠恋様はお得意様ですし、今回は特別サービスです。二度目はありません。営業時間内によろしくお願いします」

「本当に悪かった。で。本当に助かった。深夜出張サービスって事で代金は多めに支払う」

「………そうですね。深夜出張に加えて、こんなに寒く暗い部屋の中での作業を考慮した代金を後日請求しますのでよろしくお願いします」

「ああ。ありがとう。送って行こうか?」

「大丈夫です。車があります」

「そうか。じゃあ。車まで送る」

「いいえ。結構です。せっかくご満足頂いているのです。水面ライトを堪能していてください」

「………じゃあ、お言葉に甘えて」


 翠恋は起こした上半身をやおら倒して、元の仰向け状態になった。


「本当に助かった。ありがとう」

「窓は閉めて行きましょうか? 風邪をひきますよ」

「………ああ。頼む」


 水來は東西南北四か所の窓を閉めてのち、少し考えて、カーテンはどうしますかと翠恋に尋ねた。

 じゃあ、カーテンも閉めてくれと翠恋に言われたので、水來はその通りにしたのち、ではまたのご利用をお待ちしています営業時間内にと淡々と言い、浅くお辞儀をして背を向けて靴を履き、ちゃんと玄関の鍵は閉めてくださいねと言っては、玄関の扉を開き閉めた。


「随分とサービスしてくれたな。俺に気があったりして………なんて、」


 スライド式なのだろう。

 車の扉の開閉音は聞こえず、車のエンジン音を耳にしては、やおら目を瞑る。


「追いかけて、お礼になんか奢るって言って、恋が始まっちゃったりしてな」


 呟きはさざなみに攫われて消えてしまった。

 近くに海などないはずなのに、

 いいや。

 海はここに在る。

 水來が紡いでくれた海がここに、











(2025.11.3)



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水面ライト 藤泉都理 @fujitori

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