ACT.3

「ふあぁ〜……」


あやかは布団の中でぐにゃりと伸びた。

全身タイツのせいで、寝起きの伸びもぬるんと滑らか。

タイツ越しの肌がぴたっと布団に吸い付いて、なかなか離してくれない。


「……ぬああぁぁ〜……起きれないぃぃ〜……」

ぐでぇぇっと転がる。タイツがぐにゅーんと柔らかく追従する。


「ほらあやか! 起きなさーい! 朝ごはん冷めるわよー!」

階下から母の声。


「あと10分! タイツが布団にくっついてるぅぅ〜!!」


そんな言い訳がまかり通るタイツ世界。

もはやタイツが“自分の皮膚”と言っても過言じゃない。

くっつくのも自然現象。遅刻も正当化できる(たぶん)。


ようやく気合で布団から起き上がり、階段をずるずる降りる。

滑るように、まさに“タイツの滑り台”。


「ほら、これ着なさい!」

母が投げてよこしたのは、制服用の濃紺タイツネックウォーマー。


「首はすでにタイツだからいらないって……」

「オシャレは重ね着からよ!」

母は今日もファッションにうるさい。タイツにタイツを合わせるのが今年の流行らしい。


ダイニングにはすでに全員集合。


父:スーツの下にシルバータイツ。ビジネス対応。

母:ピンクタイツに白のエプロン。朝の戦士。

姉:赤いタイツでスマホをぽちぽち。見た目ギャル、でも成績学年2位。

妹・つぐみ:ラベンダーのランドセル×タイツでキメてる小学2年生。寝癖モリモリ。


「姉ちゃん、タイツ裏返しじゃない?」

「ほんとだー、縫い目出てるー!」

「……え゛っ!?」


みんなでワイワイ騒ぎながら、朝ごはんをもっしゃもっしゃ。

タイツ越しの感覚なのに、味はしっかり感じる。

むしろ布に包まれてる分、口に運ばれるまでのワクワク感が上がる説。


「今日は学校で“タイツ踏み台跳び”があるんだよー!」

「えっ!? 体育でそんな競技あるの!?」

「うん、ちゃんと足裏タイツのグリップチェックしてからやるんだよっ」

「ほえ〜、すごい世界になったなあ……」


食後、玄関ではタイツ用防塵スプレーをシュッ。

「しゅぱー! タイツ除電完了!」

「すべらないように気をつけてねー!」


ドアを開けると、外はピカピカの快晴。

タイツ姿で出勤する人々、タイツ姿で登校する学生たち、

洗濯物のタイツがひらひらとなびくベランダ、

犬の服までタイツ素材。


タイツ! タイツ! タイツ!

どこもかしこもタイツでできてる世界。

……なのに、なんだろうこの「ほんわか安心感」。

何も怖くない。暑くも寒くもない。恥ずかしくもない。


(……こんな毎日も、悪くないかも)

あやかはそう思いながら、ぴたりと脚に密着した布の感触を楽しんで、

すべすべと滑らかな足取りで、今日も元気に登校するのだった。


1時間目の国語。

タイツ姿の女子高生たちが、つるつるぴたぴたしたまま正座で授業を受けていた。

(※この学校、椅子はない。なぜなら「タイツで座るほうが姿勢が良くなるから」らしい)


「“山路を登りながら――”……はい、あやかさん」

「は、はいっ!」

ピタタイツ姿で立ち上がると、ぴちぴちに密着してる太ももの内側から、シュル…と擦れる音が。

(……この音、前の世界では絶対気にしてたよね)

でも今は誰も気にしない。むしろいい発音したねーって拍手される始末。


2時間目の体育は「タイツ跳び」!

タイツのグリップと滑りを利用して、床を蹴って跳び上がり、クッションの山に華麗に着地するという謎競技。

見た目はただの跳び箱なのに、飛ぶとなんか……みょんってなる。


「うおぉぉぉ! これがタイツの反発ぅぅぅ!!」

「みな、はしゃぎすぎ〜!」

「ちょ、スカート捲れてるって!」

「大丈夫大丈夫!どうせ下もぜんぶタイツだし!」

女子の無敵感、すごい。


そして昼休み。

お楽しみの購買部タイム!


「焼きそばパン、タイツ味! 入荷してま〜す!」

「それはもうパンじゃないのよ!」

「じゃあ“メロンタイツパン”はどう?」

「味の方向性どこに向かってるのよ!!」


購買で人気なのは「タイツプリン(表面に生地模様つき)」「もちもちタピオカ(タイツの足裏みたいな食感)」などなど。

新商品には「タイツごはん(炊く前に布の香りで浸けた米)」というのも……謎すぎて逆に大人気。


屋上では全身タイツの生徒たちが、みんなでピクニックみたいに広がってお弁当を広げる。

芝生の上で、太陽の光に反射する布たち。

青、白、紺、ピンク、金……色とりどりのタイツたちが風になびいて、

まるで“布の花畑”。


「今日の昼、タイツのおかわりいる?」

「あるの?!」

「あるよー! 教室のロッカーに“替えタイツ”常備してるもん!」


そう、タイツは食後に着替える人もいるのだ。理由は不明。

でも全員が「それが当たり前だよね」という顔をしているので、あやかは何も言えない。


午後の授業では、タイツ科学という謎の教科もある。

今日のテーマは「布圧と情緒の相関」。


「ストレスを感じると、タイツの締め付けがゆるくなるんです」

「逆に集中してると、きゅっと引き締まるわよねー」

「なるほど、だから数学のテスト中は妙にタイツがパッツパツだったのか……」


みんなタイツを道具でもなく、服でもなく――

「心の反映」として受け入れていた。


帰りのホームルームでは、明日の行事の話。

「はい、明日は“ゼンタイウォークラリー”です! 体育館にタイツだけで並ぶので、みんな替えのフルスーツを忘れないでね〜!」


あやかはノートに“ゼンタイスーツ?”と書いて、周りを見る。

誰も疑問を持っていない。

ふつうに、「タイツの世界の定番イベント」らしい。


(ふふ……なんか、変なことばっかだけど……)

(それも楽しいかも)


明るくて、のびのびしてて、ちょっとおかしな、

それでも“安心できる世界”に、あやかの心は少しずつ染まっていく。

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