第5話いつかまた誰かと恋に落ちても

「ponziさん、最近どうなの?お疲れ気味のようですけど。なにか悩み事でもあるの?」

「いろいろあっての。疲れているのではなく疲れ果てている」

「わたしも嫌いになって別れた訳じゃないし」ともちゃんはつぶやく。

数秒間見つめあった後、ともちゃんは静かに目を閉じた。軽く口づけをかわす。シャツのボタンをはずし、インナーをめくった。美しい乳房があらわになる。

「なんか疲れてヤケになってんじゃない?」ともちゃんは照れながら笑った。

「そうかもしれない」

「もう、ほかにどこにも救いがないんじゃ」ponziはともちゃんの乳房に吸いつく。

ともちゃんのズボンを下ろそうとしたが、ともちゃんは、

「下はダメ」と拒んだ。

ponziは自分のボクサーブリーフを下ろした。大きくなっていたが、ともちゃんは、

「フェラもしないよ」と笑った。

「あのとき、なんでダメになったのかなって考えてたのよね。いろいろ急ぎすぎたのよ。もう高価な宝石も美味しい外食もいらない。そういうのは全部、あっくんにもらったから」ともちゃんは20代のときに付き合ってた元カレの名前を引き合いに出した。


ともちゃんもponziも乱れた着衣を直した。ともちゃんちの本棚にカズオ・イシグロの「日の名残り」や平野啓一郎さんの「マチネの終わりに」を見つけた。カズオ・イシグロは英語版も数冊あった。

「わたし、平野啓一郎さん好きなのよね。カズオ・イシグロは「日の名残り」と「クララとお日様」だけ英語版もあるわ。「the remains of the day」、「klara and the sun」。平野啓一郎さんは「日蝕」と「マチネの終わりに」、「ある男」」ともちゃんは誇らしげに言う。

「平野啓一郎さんはゲンロンカフェで何度か見たんじゃが、これでもかというくらい三島にこだわってんじゃな。本当に。三島の話しかしないのかっていうくらい」ponziは答えた。

「あー、やっぱりそうなんだ」ともちゃんは納得した様子だった。


「カズオ・イシグロは明治学院大学英米文学科に通ってた20代の頃から読んでた。いつかノーベル文学賞取ると思ってた人も多かったわ」

「ネットの友達にトマス・ピンチョンって教わったんじゃけど。なにか、とっくにノーベル文学賞受賞してなきゃおかしい作家なんじゃけど、受賞させたら何しでかすか分からない変人でノーベル賞委員会が躊躇ってると」

「どこの人?」

「アメリカ人」

「トマス・ピンチョン…」ともちゃんはWikipediaで検索する。

「出た!トマス・ピンチョン。88歳だって。だいぶ高齢だね」

「「碩学のファインマン」や「セカンドアカウント ~坂本竜馬第二の人生~」がピンチョン的だと指摘された。面白いだけでなくすごく色んなジャンルの小説を書く碩学的な人らしい」

「へー」ともちゃんは軽く相槌を打つ。


「碩学。総合知。東京大学の伊東乾(いとうけん)先生でしょう?ponziさんとトミーさんが東大の五月祭で上野に会いに行ったという」

ともちゃんは切り出す。

「そうじゃ。碩学。総合知とは、あらゆる専門分野をすべてまとめ、全体として要するに何が言えるのか?を考える」

ponziはかえした。

「明治学院大学にもいたー。そういうタイプの学者。専門家の結論だけ抜き取ってものごとをわかったふりしているタイプ。なんなの?こいつ?と思った(笑)」

ともちゃんは苦笑する。

「まあ、嫌われる。わたしも伊東乾も。専門家が全人生をかけてたどり着いた結論だけを抜き取って、全部つなげて要約してしまう訳じゃから」

ponziもうなずく。


「バブル崩壊で、すごく裕福だった幼少期から一転して生活に困るようになった。地上げ屋とかいろいろやってたお父さんの仕事が行き詰まっちゃったからさ」

「それでわたしは夜間高校行きながらアルバイトしようと思ったの。最初、ソープランドで働こうと思ってた。当時まだ15歳だったけど」

ともちゃんはわらう。

「でも、松屋のアルバイトの面接でそのことを話したら、店長さんが「ヤケを起こしちゃいけない。みんな応援してるからね。一緒に昼職で働きましょう」って言ってくれて」

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