13.────懺悔
太陽が地平に沈みかけ、村は夜の気配に包まれ始めていた。
五人は再び、あの廃屋へと戻る。
小屋の中は、以前よりも暗く、湿った空気がさらに重く感じられる。
その場に立つだけで、息苦しさが胸にのしかかってくるようだった。
誰も言葉を発さず、ただそれぞれが壁にもたれ、床に座り込んでいた。
澪のことには、誰一人触れようとしなかった。
実感すれば、恐怖に呑まれてしまう――そんな予感が、胸の奥に静かに沈んでいく。
誰も口を開かず、空気だけがじわじわと胸を押し潰していく。
やがて、部屋の片隅で、男が口を開いた。
低く、乾いたその声が、張り詰めた沈黙を破る。
「……やられたんだろう。お前たちも、あいつに」
その言葉が、部屋の空気を震わせた。
誰も返事をしなかった。
健人も、澪も、あの老人も――“あいつ”に殺された。
“あいつ”が何者なのか、誰もはっきりとわからない。
否定もできず、肯定する言葉も見つからなかった。
沈黙だけが、答えだった。
「……気の毒だったな」
その声には、表情とは裏腹に、同情の色が感じられた。
意外な言葉に、ほんの僅かだが、警戒が緩んだ気がした。
直也は小さく深呼吸をし、呼吸を整える。
意を決して、男に尋ねた。
「あなたは一体──。何か知っているんですか、この村のこと」
落ち着いたつもりだったが、声はわずかにうわずっていた。
男の視線が、静かに三人をなぞった。
鋭さの奥に、どこか悲しみのようなものが宿っていた。
「俺もそうだ……唯一の家族も、親友も、みんな“あいつ”にやられた」
声は低く、絞り出すようだった。
その言葉に、部屋の空気が、重く淀んでいく。
「……軽い探求心ってやつだよ。レジャー気分で足を踏み入れた」
男は視線を誰に向けるでもなく、独り言のように語り続ける。
「はしゃいで、馬鹿やって──気付いたら地獄に入り込んでた」
声がわずかに震える。
「次々とやられたよ、容赦無くな……今のお前達と同じだ」
言葉の端に、怒りとも悔しさともつかない感情が滲む。
「大事な家族が、目の前で殺された。……俺をかばって。 守らなきゃいけなかったのは、俺の方だったのに…… 」
感情を押し殺すように吐き出された言葉。
男の肩が、かすかに震えていた。
そのわずかな震えに、言葉以上の痛みがにじんでいた。
「……あの時の光景が、何度も夢に出てくる」
誰も口を挟めず、黙って男の懺悔を聞いていた。
健人と澪を失った痛みと同調し、胸が締め付けられる。
「傷だらけだった俺は、警察に何度も事情を聞かれた」
男は、過去をなぞるように言葉を続ける。
「だが……祠が人を襲うなんて、誰が信じる?しかも、死体は一つも残ってなかった」
少し間を置いて、吐き捨てるように言った。
「結局、みんな行方不明ってことで処理されたよ」
その声には、やりきれない思いが滲んでいた。
語るたびに、過去の傷が開いていくようだった。
沈黙の中、直也がぽつりと問いかけた。
「……なぜ、ここに戻ってきたんですか」
その視線は、男の猟銃に向けられていた。
問いの答えは、すでに心のどこかでわかっていたのかもしれない。
男はゆっくりと顔を上げ、静かに言った。
「殺すためだよ。“あいつ”を」
その言葉には、火のような熱があった。
燃え尽きた炭の奥底に、まだ消えぬ
「“あいつ”って……一体なんなんですか」 直也が静かに口を開いた。
声には戸惑いと恐れが混じっていた。
「祠ですよね……お爺さんが、僕らのこと“獲物”って言ってましたけど」
──獲物になったのだ
脳裏のあの時の老人の姿が浮かぶ。
ノイズの混ざる中、確かにそう言った。
──獲物
日常と切り離された言葉が、ずっと頭から離れずにいた。
男はしばらく黙っていたが、ふっと、乾いた笑いを漏らした。
「そのまんまの意味だよ」 男は、どこか諦めたような声で言った。
「お前たちは“あいつ”の獲物ってことだ。祠なんて、畏れ多いもんじゃねえよ……祠のフリしたバケモンだ」
その答えはあまりにも簡潔で、冷酷だった。
蓮司は頭を掻きながら、肩を落とすように言った。
「んだよそれ……意味わかんねぇよ」
男は蓮司に軽く目をやり、何も言わずに直也へと向き直った。
そのまま言葉の端に引っかかったように、視線を鋭く向ける。
「……おい、その“お爺さん”ってのは誰だ?」
直也は一瞬、目を見開いた。
「え……」と小さく漏らし、言葉を探すように続ける。
「この村に一人で住んでたみたいで……亡くなりましたけど」
男はその言葉に反応し、わずかに目を細めた。
何かを思い出すように視線を落とし、「……いや、まさかな」と小さく漏らす。
そして、感情を押し込めるように顔を上げた。
その様子を見ながら、蓮司がふと何かを思い出したようにポケットへ手を伸ばした。
そして、小さな黒い円――レンズキャップを取り出す。
「……そういや、これ。あんたのか?」
男に向かって差し出すと、彼はじっとそれを見つめ、首を横に振った。
「いや……どこで見つけた?」
「そこの廃屋。床の隅に落ちてた」
蓮司の言葉に、男の表情がわずかに曇る。
「……じゃあ、他にもいたんだろうな。獲物が」
その一言が、部屋の空気にじわりと重さを加えた。
この男だけじゃない、他にも犠牲者がいた─
この村は、あの化け物の狩場なのだ。
踏み入れたものは皆、殺され、存在をなかった事にされる。
──そして、私たちも。
哀しみに締め付けられた胸が、不安という言葉では足りないほどの、重い黒に塗りつぶされていく。
真結は自然と祈るように両手を握りしめていた。汗が滲んでいる。
もう、その手を握り返してくれる澪はいない。
灯りの乏しい部屋の中、男はじっと真結を見つめていた。
不安に押しつぶされそうな彼女の様子に、わずかに眉を動かす。
そして、静かに言った。
「話は終わりだ。俺は明日、ケリをつける」
それ以上、誰も口を開かなかった。
男の言葉が、すべてを締めくくった。
重たい沈黙の中、夜は静かに更けていった。
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