異変(3)
二日ぶりの生徒会室は、外が暗いせいか全く違う部屋のように感じられた。部屋の隅に誰が置いたのかわからない人体模型も、いつカタカタと動き出してもおかしくない怪しさが漂っているし……。
なんだか、胸の嫌なザワザワも強くなった気がする。
夏夜先輩は立て付けの悪いドアを音もなくスムーズに閉めた。生徒会二年目ともなればこんなにも静かに閉められるのかと、開ける度にガタガタと音を立てる私は思った。
「それで……どうして夏夜先輩は学校にいるんですか?」
目を伏せ、しばらく黙り込んだ後、夏夜先輩は口を開いた。
「大切な物を無くしちゃってね」
「大切な物……?」
夏夜先輩は俯いたまま、机の上にそっと手を置いて沿わせた。後ろから月光に照らされた夏夜先輩の顔には黒い影が落ち、表情が上手く見えない。
「僕の命よりも大切な物」
「それって……」
息を飲んだ瞬間、夏夜先輩が被せるように言ってきた。もしかしたら、聞かれたくないことだったのかも。
「成崎さんも忘れ物したの?」
「あ、はい。あの……えーっと、課題? そう! 春休みの課題忘れちゃって」
ずっと突き刺すような嫌な視線、ザワザワと落ち着かない胸騒ぎがする、それで学校に戻ってきたとは到底言えなかった。
だからといって咄嗟に出た課題を忘れたという理由はちょっとあからさま過ぎたかもしれない。
「生徒会室に……?」
ほらやっぱり。夏夜先輩は首を傾げ不思議そうにしている。
始動前の生徒会室に、始動前の生徒会役員が課題を忘れるなんておかしなことがあるはずないから。
さて、ここからどうしよう。いい感じの言い訳って他にないだろうか。怪しまれず、納得のいく言い訳は……。
――ない。
思考をめぐらせても都合のいい言い訳なんて思いつかなかった。
これ以上怪しまれないためにも、諦めて言ってしまった方が早い可能性もある。
それに、別に隠したいわけじゃないし。
「えっと……成崎さん?」
「今のは嘘です! 課題なんて忘れてませんしっかり持って帰りました。本当の理由は、なんかこう……モヤモヤするって言うか、変な視線? 胸がザワつくような雰囲気を感じるって言うか……」
いざ言葉に表そうとすると上手くまとめられない。
夏夜先輩は顎に手をあて、考え込むように黙り込んだ。
そこまで真剣に考えてくれなくてもいいのに……、なんてことは言えずにソワソワとして待つ。
少しして、夏夜先輩は顔を上げて鋭い視線で見つめてきた。
「成崎さんも……成崎さんも感じるの?」
「え……」
強く吹く風の音に、掠れた声は消えていく。
夏夜先輩の言う「感じる」は、私と“同じもの”を感じているという認識でいいのだろうか。
だとしたら色々とまずい話になってくる。
正体が“妖魔”であるならば、その気配を感じ取れるのは、
――すなわち妖の血を持つ“
「夏夜先輩ははんよ……」
ギラり。
夏夜先輩の後ろ。窓の向こうに、金属の如く光が反射した。何も無いはずの外でだ。
ギラりギラりと輝く何かに眩しさから目を閉じ、次に開くとそこには逆光でしっかりと見えないけど大きな黒い塊があった。
まずい、瞬間的にそう悟ったと同時に夏夜先輩の手を強く引いていた。
「こっち!」
物陰に身を潜めたギリギリに、耳に轟くようなガラスの割れる音が酷く鳴り響いた。
パラパラと崩れ落ちるガラスは砂のように延々と続く。
訳も分からないまま困惑する夏夜先輩の腕を掴み、生徒会室から飛び出した。
渡り廊下を通って新校舎に戻って来て後ろを振り返ってみると、謎の生命体の姿は見当たらなかった。
巻けたのか、それとも……。
「はぁ、はぁ……成崎さん、あれって……?」
「きっと、あれは……」
乱れた呼吸を整えながら、夏夜先輩にさっきの一瞬でわかったことを簡潔に伝える。
「“土蜘蛛”です。……“妖魔”です」
生徒会室を出る時に、一瞬ちらりと目を向けた。
大きな丸いシルエットに、左右に飛び出る細長い脚が八本。窓の端にはギラりと光るほそーい糸が張られていた。
見間違えじゃなければ、土蜘蛛で確定のはず。
――でも土蜘蛛がなんで学校に……?
疑問は考えれば考えるほど多くある。けれど今はそんなこと考えている暇はまったくない。
「……とにかく、先輩逃げましょう! 土蜘蛛に捕まったらチョココロネにされて終わりです!」
「え、ちょこ……ころね?」
「ほら、ぼさっとしてないで行きますよ!」
妖魔執行人 〜永々無窮の呪い〜 綴 冬時雨 @Arare02
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