異変(2)

 日は落ち、辺りは暗くなり始めた頃。

 なんとかマッキーを振り切り学校に着いた。

 警備員にバレずに校舎内に忍び込むことにも成功した。

 どうしても確かめたかった。昼間に感じた妙な“ざわめき“の正体を。

 夜の学校に忍び込むなんて、普通に過ごしていれば滅多にないこと。非日常感、不安もあるけどワクワクする気持ちもあった。

 警備員にバレないように、足音を消してざわめきが強くなる方へと足を進めていく。

 人っ子一人いない学校は、お化けが出そうなほどしんと静まり返っていて不気味だ。 

 いつもよりも足音が響く階段を上がり、教室の中を覗いていく。鍵をかけ忘れるおっちょこちょいな人はいなかったのか、どこの教室も鍵はちゃんと閉まっていた。

 ドアの窓から見えた一年二組の教室。今日まで一年間過ごした教室も机の中の教科書やノート、横の取っ手にも何もぶら下がっていない。

 終業式の時には思わなかったけど、本当に一年生がもう終わってしまったのだと、実感がじわじわ湧いてきた。

 楽しかったけど、一瞬で終わった。ちゃんと皆の前で普通でいれたのだろうか。

 普通に見えていたのだろうか――。

 その時だった。

 誰もいないはずの校舎に階段を駆け上がる音が反響して聞こえてきた。


「誰か……いるの?」


 誰もいないはずの校舎に、私以外の足音。

 そんなホラー映画のお決まり、みたいな展開は全く望んでないんだけど。

 けれど、妖魔じゃなくて人だと信じて音がした方へ走った。

 廊下の先にある階段を上り、四階へ。

 すると、奥の方からパタパタと足音が響いてくる。

 窓を閉め切った渡り廊下を抜け、旧校舎へと足を踏み入れる。

 その瞬間、ピタリと足音は止んだ。

 代わりに聞こえてきたのは、紙のめくれる音だった。

 この先にある部屋といえば確か――生徒会室か……。

 実は、二月に行われた生徒会役員を決める演説会で、成り行きで書記に選ばれてしまった。

 でも、立候補した覚えは無い。

 友達が勝手に私を推薦していた。断ってもよかったけど、いい機会だと思ってそのまま引き受けることにした。

 生徒会室にはまだ数えるほどしか入ったことがなかった。

 そもそも、ちゃんとした場所の鍵が掛かってないはずが――ない。

 気のせいだと思いながら近づくにつれ、音は大きくなってくる。


 ――がたん。


 棚か何かが閉まるような音がした。

 信じたくはないけど、誰かが本当にいるのかもしれない。 

 気配を感じ取られないように、慎重にゆっくりと足音を殺して近づき、そっと窓から中を覗く。

 月明かりに照らされた室内。中央には四角を囲むように置かれた長机が四台。

 奥のホワイトボードには会費だろうか、たくさんの数字が並んでいる。

 そして――。

 ちょうど見えない、死角になっている場所から黒い影が伸びていた。

 影は揺らめき、引き出しを開け閉めする音を立てている。

 まるで、何かを探しているみたいに。

 しばらくして音が止み、影の動きも止まった。

 生徒会室のドアの鍵は閉まってはないようだけど、中に入るのはちょっと怖い。ホラー映画は見れるけど、実際この身で体験するとでは全然違う。

 ドア開けた途端にピエロとこんにちは、みたいな定番展開はいくらなんでも心臓に悪すぎる。

 そもそもあの影じゃ人なのか、人ならざる者かの判別もままならなかった。


「やだな……」


 中からは見えない柱でしゃがみこみ、小声で独りごちる。

 いつまで経っても影が動く様子もなく、時間的にもそろそろ確認しないと。

 覚悟を決めて立った時だった。

 視界の右端に黒い影が伸びている。


 ――え、何あれ? 嘘、本当に幽霊!?


 怖くて視線を向けることをできず、背筋に悪寒が走り、額には冷や汗が滲む。


「あれ……君は……」

「あの、違うんです違うんです! 本当に違うんです! 何もしてないから祟らないでください!」


 お化けの類だと思い何もしてませんよ、悪いことはしてませんよと思わず謝っちゃったけど――

 ……今、喋ったよね。しかも、男の人の声だよね?

 冷静になって考えてみると、知っている人の声だった。穏やかで、透き通るような優しい声。

 ゆっくりと横を見ればやっぱりそうだ。

 月明かりに照らされて淡く光る、短く整えられた朱い髪。少しつり上がった目には、琥珀色の瞳が浮かんでいた。

 制服の襟元まできちんと締めた姿。

 生徒会長、雨宵夏夜あまよいなつや先輩。


「先輩どうして……」


 ぽつりと出た言葉は、夏夜先輩に声は届かない。

 夏夜先輩は後頭部をかきながら、細くなめらかな骨ばった白い手を差し出してきた。

 

「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど……。急に声かけられたらそりゃびっくりしちゃうよね」


 驚きで腰を抜かしてしまった私は、夏夜先輩の手を取り立ち上がる。

 にしても、生徒会長でもあろう優等生な夏夜先輩がこんな夜の学校で何をしていたんだろう。

 忘れ物? いや、まだしっかり始動していない生徒会室で忘れ物があるのだろうか。


「えっと……廊下っていうのもあれだし、中入る?」


 見回りの警備員に見つかるのも面倒だし、夏夜先輩に促されるまま生徒会室に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る