第壱話 異変
高校一年生が終わったと、終業式の時にはただ思っていたのに。
どうして今こんな状況になっているんだろう。
色々とあって、ゴタゴタしているうちに
ネオン街の通りから一本外れた場所にある、やや古びた壬隊の
ソファが二つ向かい合うように置かれていて、真ん中には机が置かれている。奥の壁には、埋め込まれたモニター画面。
恐らく応接室だと思われる場所に、今、ソファに三人で座っている。
左に座るのは、幼なじみの
右手に座っているのは
夏夜先輩は、頬に汗を滲ませて部屋の中をぐるりと見回している。
そりゃそうだ、私だってこれがどういう状況なのか、いまいち把握していない。
一般市民が
それに夏夜先輩はあの時、あの場所に居合わせ、ただ巻き込まれただけ。
何食わぬ顔でケロッと座ってる滝がおかしいだけだ。おかしいって言うよりも、滝は一夜に所属してるからそこまで焦ることでも無いという感じなのかも。
しばらくして、ガチャりとドアが開いた。
入ってきたのは同じく幼馴染の
モモはへこたれてた様子で中に入ってくると、何も言わず私と夏夜先輩の間に座った。
これは、こっぴどく怒られたのかもしれない……。
モモの後に続いて、四つの湯呑みが乗せられたお盆を持った人が入ってきた。
サーモンピンクよりも少しピンク寄りな髪で、前髪をピンで止め、タレ目がちな瞳をしている。
さっき助けてくれた時に、
「四人ともお茶でよかったよな?」
「は、はい! もちろんです!」
噛みながら返せば、小澄さんは笑った。
「そんな緊張しなくても大丈夫だって、もう少ししたら
小澄さんの視線を追うように、ドアの方を見るとモモと同じ金髪が顔を覗かせていた。
「歳下隊長に下に見られてる副隊長って言う噂か?」
「そんなこと誰も言ってませんよ……」
小澄さんは呆れたような眼差しで秀臣さんを見ている。
秀臣さんは、モモのお兄さんで私もよく知っている。だからなのか、少しだけ緊張が解けた気もした。
「じゃ、話がまとまったらまた呼んでください」
小澄さんはそう言うと、部屋を出ていった。
秀臣さんは、向かい側に腰掛け一枚の書類に目を通すと口を開いた。
「単刀直入に言えば、今からお前たち四人は壬隊の主隊に所属してもらう」
「へ?」
素っ頓狂な間抜けな声が出てしまった。
滝とモモはわかる。夏夜先輩もさっきの出来事を踏まえるとわかる。
だけど、私は一夜に所属してなければ妖力だってない。
今のが聞き間違えじゃなければ、秀臣さんはとてもおかしな事を言っていることになる。
一日で、いやたった半日でこんなことになるなんて誰がわかるのか。
どうしてこんな状況になってしまっているかは、半日前に遡るしか説明できない。
◇◇◇
一年生の締めである、終業式が終わった。
まだ三月中旬だと言うのに、桜は満開に咲き誇っている。
その下で、みんなが写真を撮りあっている。
もう一週間遅ければ、みんなのいる場所には三年生がいたんだろうか。
ピースして笑い合う。
腕を掲げ、腕に巻き付けられた小型デバイス
私はそれを、少し離れたところで見ていた。
桜はいい。花はいい。いつも堂々としていて、決められた期間に咲けばいいから。
少し早くても、遅くても何も言われない。
“綺麗”だと言われるだけだから。
花には、植物には咲けばいいという普通の固定概念があっていいな。
「
同じクラスで仲良くしてる子が、手を大きく振って私を呼ぶ。
「今行く!」
そう言ってみんなのところに駆け出した瞬間、電撃が走るような妙な感覚が頭をかすめた。
――何……今の?
足を止めて周りを見る。
桜の下で笑う同級生たち、校門に向かって歩き帰路に着く生徒。
「成ちゃん?」
変なところは何一つないはずなのに、胸のざわめきが止まらない。
昔、同じ感覚がしたことを覚えている。
その時のざわめきの正体は――妖魔。
「おーい! 成ちゃん大丈夫?」
友達の声に我に戻る。
「あ、うん! 大丈夫、なんでもないよ」
「えー、本当に?」
「本当に」
大丈夫だとわかってもらうために、にっこりと笑ってみせた。
友達と一緒にみんなの場所まで行き、何か話しては笑い合う。
そして、写真を撮る。
一緒の行動をすることで、普通だと思えた。
なのに、心のざわめきは収まらなかった。
まるで誰かにじっと見つめられているような、そんな視線をずっと感じていたから。
家に帰ってきても心はザワザワとしたまま。
延々と波打つ海みたいだ。
こんなんじゃいつまで経っても何にもできない。
自室の敷布団の上に寝転がる。
天井を見つめたって何も変わらないのは知っている。
“普通”を貫いてきたはずなのに、正体が気になって仕方がない。
お父さんとお母さんに、このことを言ったとしても「心配ない」と、言われてはぐらかされるだけ。
お姉ちゃんに言っても「気のせい」と追い返される。
誰に言ったって、周りの人はみんな遠ざけてくる。
正体が知りたくても教えてくれない、なら自分で確かめに行った方がいいんじゃないか。
そう思い立つと、身体を勢いよく起こした。
いつも持たされている魔除けの護符を握り締め、部屋を出る。
お母さんにバレないようにそっと気配を消して玄関へ向かった。
バレずに外に出れた、そう思ったその時。後ろから肩を“トントン”と叩かれた。
「ひッ……」
情けない声を出しながら振り返ると、そこにはいたのはお母さんじゃなかった。
ネギが飛び出したビニールを片手に、夕日に照らされた橙色の髪が赤く染まっている。
キッチリと黒いスーツを身にまとった彼、
成崎家本家に仕える若い護衛。
私よりも五つ上で、子供の頃から顔を合わせていた“マッキー”。
家族同然な存在だった。
「お嬢どこ行くんスか? もうすぐ逢魔が時ッスよ」
妖魔が続々と目を覚ます時間、逢魔が時。
この時間からは絶対に一人で出歩くなと、口酸っぱく言われていた。
「学校に忘れ物しちゃったから取りに行くだけ、すぐに戻るから」
「ダメっすよ! 行くなら俺も一緒に行きますっス!」
真剣な顔で腕を強く引き、止められる。
マッキーは、お父さんとお母さんの言いつけを守ろうとしているだけだとわかっている。
私が問題を起こせば、彼はきっと怒られてしまう。
それでも――今回だけはどうしても自分の目で確かめたかった。
私はマッキーの手を強引に振り払い、「大丈夫だから!」と叫んで駆け出した。
マッキーは中身のことなんて気にせず、袋ごと空に放り投げ、追いかけてくる。
「お嬢ーッ!」
何がどうあれば普通なのか、ずっと答えがわからない。
今日、“普通”を貫いてきた私を辞めるかもしれない。
曲がり角を利用すればマッキーを巻けるだろうか。行先は学校と言ってしまった以上、先回りされる可能性は無くはない。それでも、マッキーよりも早く学校について正体を――妖魔を確かめたい。
学校に近づくにつれ、胸の奥のざわめきがだんだん強くなっていく。
このまま進めば、もう“普通”の日々には戻れない気がした。
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