第1話「歴史は繰り返す」

「師匠、朝食が出来ました」

「お父さんと呼べと言ってるだろう」

「きょーなあにーい」

「おはよう姉さん、今日も世界一可愛いね。今朝は目玉焼き焼いたよ、姉さんは2個ね。あと、顔を洗っておいで」

「はあい」

「お父さんは目玉焼き何個?」

「師匠は1個です」

「そっか〜、お父さん信仰してくれないと弱っちゃうんだけどな〜神様出来ないな〜」

「卵を買う金が足りません」

「卵って食べすぎるとコレステロール値やばそうだし、やっぱ朝は一個だよね」


 日焼けした畳の狭い部屋を中心に、3人の声が飛び交う。日当たりはあまり良いとは言えず、隣の建物の陰が一間に堂々と差し込んでいた。

 すぐ外には線路が並んでいて、電車が通る轟音が、数秒だけ鳴り響き遠のいていった。

 犬のようなふわふわな白い髪と緑青色の瞳をした自称お父さんは、先程まで寝転がっていたのが嘘のように、ヒビが入ったちゃぶ台の上を台拭きで拭き始める。

 キッチンから顔を出していた少年は、ワイシャツの袖を捲った上にかっぽう着姿で、茶髪を一つに束ねている。再びキッチンへと引っ込み、3人分の大皿に食事を用意していた。

 桃味がかった金髪の少女が、洗面所からひとつも足音を立てずに戻ってくる。お皿を覗き込んで、爛々と輝く虹色の瞳を丸くさせて笑顔を見せる。その姿はまるで、テレビを知ったばかりの幼い子どものようだった。


「これ2個あるよ! 2個あるよ! ことり食べていいってゆってたよ!」

「うん、言ったよ。姉さんなら3個食べてもいいよ」

「小鳥ー、お父さんの分取っちゃダァメよ」

「食べていいゆってたよ!」

「お父さんは言ってませんよ!!」


 にこやかな少年を尻目に、自称お父さんはキッチンへと近づいてくる。小鳥と呼ばれた少女のものと思しき大皿をさらって運んでしまう。

 小鳥は「食べていいゆってた」と何度も繰り返して、キッチンとせまい畳部屋を何回も往復する。とくに手には何も持っていなかった。


「よーし、朝メシにするぞお前らー!」

「師匠は何もしてませんよね」

「朝ごはん当番の日じゃねーもん」

「いただきます」

「猿彦や、神様お父さまのお話は、ちゃんと最後まで聞くもんよ」

「いたたたたたきまー」

「小鳥、「た」が多すぎるよ」

「師匠、メシの前の挨拶ぐらいちゃんとしてください」

「……お父さんもいただきます」


 自称お父さんは手を合わせて、目の前の朝食に目を向ける。焼いただけの食パン、目玉焼きが一個、焼き立てのウインナーが3本ほど、雑に皿の上に転がっていた。

 猿彦と呼ばれた茶髪の少年は、黙々と焼いた食パンを口に運ぶ。案の定、何も塗られていない。自称お父さんと遜色無い皿だ。

 小鳥の皿だけやたら綺麗に整えられていた。割った直後の形を保ったままの半熟の艶々な目玉焼き、その横にいちごジャムとマーガリンが塗った食パンが均等に一口分に切られている。ウインナーは3本ともタコの形をしていた。

 小鳥は嬉しそうに横に揺れながらフォークを握りしめる。


「これねえ、タコさんうぃんな」

「さすがは姉さん、物知りだなぁ。俺今日初めて知った気がする」

「知らなきゃ作れんでしょうよ」


 自称お父さんが小さく呟いた。

 瞬間、猿彦は急に猿のように顔を真っ赤にさせてちゃぶ台を叩いて立ち上がる。

 今すぐ怒鳴るであろう空気をまとわせ目を釣り上げる猿彦。真正面の自称お父さんも、応戦するように眉をしかめて立ち上がった。


「師匠はちょっと黙っててください!!」

「お父さんと呼べと言ってるでしょうが!!」

「血が繋がってないって言ったのアンタですよ!!」

「先に気付いたの猿彦の方だからね!?  ひとっっっ言も! 猿彦のこと『息子じゃない』なんて言ったことないよ!?」

「小学校前には気付きますよ! お父さんのお仕事ナニって聞いて神様ってなんすか!? 父親面すんなよ!」

「おまえ何年反抗期やんの!? もう13の時から4年ぐらい反抗期してるよ!?」

「あと数年は続くでしょうね!!」

「パパぁ」

「小鳥はちょっと黙ってなさい!! あっごめん勢いで怒鳴っちゃった!! 何!?」


 顔と声は怒りに満ちたまま勢いを消さずに、自称お父さんが小鳥の方を見る。

 小鳥は窓から身を乗り出して、線路を指差していた。


「きたよ、転生志願者」


 線路の上に居る少年を見ながら、小鳥が短く告げる。

 自称お父さんと猿彦は目を合わせて、小さく頷いた。


「神様しに行ってくるわ」

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転生志願者の咆哮 @12nemu_i

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