第3話
「このままじゃ、いつか死ぬわよ。シオンくん」
嘲るように、皮肉るように、あるいは心配するように。
そう言いながら、俺の前にいる女は肩をすくめ、深くため息を吐き、椅子にもたれかかった。
黒く塗られた爪、メガネ越しに覗く泣きぼくろ。
耳にはこれでもかというほど銀のピアスが飾られ、左手の薬指以外すべてに指輪をはめている。
女には、どこか
安物のタバコの煙を長く吐き出したあと、彼女は俺に、笑っているんだか呆れているんだかわからない顔を向けてきた。
その言葉に対して、俺は肩をすくめるだけ。
そして、テーブルの上にあったコーヒーを手に取り、一口。
――相変わらず、安っぽい酸味。
「シオンくんが、うちみたいなマイナー事務所とずっと契約を続けてくれてること、本当に感謝してるの」
女は眼鏡を押し上げ、まっすぐこちらを見た。
「私が言うのも変だけどね……でも、そこまで真剣なら正直に言うわ。――あなたの夢は、叶わない。諦めたほうがいい」
「……」
カップの中の琥珀色を見つめながら、思わず手を揺らした。
「……またその話ですか、イズモさん」
「ええ。何度だって言うわよ。あれはビッグデータの結晶であり、超巨大ニューラルネットワークの演算が生み出した傑作よ。
イズモは眉をひそめた。
「しかも、彼女を生み出したのは前世代のモデルよ。今の世代はもっと速く、もっと多く、もっと正確に創り出せる。そんなものを再現しよう、ましてや超えようなんて、無理に決まってるわ」
「……」
国同士の争いが消え、平和が日常となり、仕事すらもほとんどが機械と人工知能に代行されるようになったこの世界。
アルゴリズムによって量産される娯楽は溢れ返り、飽和している。
こんな時代で頭ひとつ抜け出すには、流行の波に誰よりも早く乗り、より正確に、より高度なコンテンツを生み出すしかない。
その点、人の手で丁寧に作り上げる作品よりも、短時間で形になる生成系コンテンツのほうが圧倒的に有利だ。
数を撃っても、狙い撃ちしても、限られた個人の力では、特許と演算リソースを握る巨大企業には到底敵わない。
そんなことは、分かってる。――それでも。
「俺は……諦められないんです」
カップを握りしめ、イズモさんを見据える。
「俺は、自分の手で――あの奇跡を再現して、そして超えたいんです」
病的なまでに美しい女は、ふっと息を吐き、かすかに苦笑を浮かべた。
「ええ、分かってるわ。でもあなた、資金を集めるためにどれだけ残業したと思ってるの? 外でどれだけバイトを掛け持ちした? 中核となるAIのレンタル費、素材の購入依頼、プログラムのテスト……それに調整にかけた時間。――あなたの身体、本当にもつの?」
「……」
「私が言いたいのはね、人は現実を見なきゃいけないってこと」
イズモは紫煙を吐き出し、窓の外の遠くを見やった。
「この時代に“自分の手で何かを作って結果を出す”っていうのは、そういうことなのよ」
「イズモさん」
「別に、全部を諦めろって言ってるわけじゃないの。あれはあくまで趣味でいいのよ。達成すべき使命なんて思わなくていい。
人生は短いんだから、もっと楽しんだほうがいいわ。 他の誰かのほうが早くて上手くできることに、そんなに必死にならなくてもいいの。消費する側でいたほうが、ずっと楽で幸せじゃない?」
「……イズモさんがそんなこと言うの、でも本当は諦めきれないからこの事務所を続けてるんじゃないんですか」
「私は違うわ。もう“企業を超える傑作を作る”なんて夢は捨てたの。ただの零細として生きてるだけ。
幸い、どんな時代にも“手作り”に惹かれる物好きがいるみたいでね。そういう人たちが高く買ってくれるおかげで、なんとか経営は成り立ってる」
イズモは肩をすくめた。
「私はこれで満足してるし、それなりに幸せよ。――でも、シオンくんは?」
イズモの言葉を聞き終えたあと、何も返せなかった。
ごまかすように、カップの中のコーヒーを一気に飲み干す。
喉を滑り落ちるのは、安っぽくて、ただ苦い味。
「……今日はこれで。コーヒー、ごちそうさまでした」
「そう。帰る道、気をつけてね」
俺は事務所を後にした。
遠くに滲むのは、目が痛くなるほどのネオンの光。
宙に浮かぶ広告スローガン、目が回るほどの映像の洪水。
華やかで入り組んだこの都は、まさに「都市のジャングル」と呼ぶにふさわしい。
俺はふと振り返った。
巨大な高層ビルの壁面に映し出されているのは、金の髪をなびかせる美少女の映像。
眩しいほどの笑顔で歌い、踊る姿は、まるで昔見た彼女そのものだった。
AIのいる世界で推しを作ろう 浜彦 @Hamahiko
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