2-6 叫びの幕開け
アザレア女学院の文化祭は、保護者や地域の人々まで巻き込んだ大盛況だった。
校庭にはテントが並び、マドレーヌの甘い香りが風に乗って流れてくる。
どこを見ても笑顔。写真を撮る先輩、走り回る後輩。
けれどその喧噪の中に、私は違う気配を探していた。
理科棟の裏手。
そこだけ、異様な雰囲気。
黒い布を被せたアンプ、使い込まれたギターケース、
そしてキャップを深く被った数人の少女たち。
その中心に、柚がいた。
「セッティングはあと三分。電源は理科棟の外部コンセントから。
……誰にも見つからないうちに音を出して」
柚の声は落ち着いていた。
でも、目の奥が燃えている。
まるでこの騒ぎを、心の底から楽しんでいるみたいに。
バンドのリーダーが、ギターをチューニングしながらにやつく。
「いいんだな? これ、バレたら退学まであるぜ」
「だから今日しかないの。
“あの人”をここに釘づけにするには、派手なくらいでちょうどいい」
私はそのやり取りを少し離れた場所から見ていた。
発煙筒を握る手が、知らないうちに汗ばんでいた。
「ほんとにやるのね……」
透子が小さく漏らした声は、音の波にかき消された。
それでも、もう止めるつもりはなかった。
蘭先輩が動けば、旧館の警戒は緩む。
それが、一回きりのチャンスだ。
柚が振り返らずに言った。
「大丈夫。あの人、こういう“無許可”に目がないから」
その言葉の直後――。
ギターが、悲鳴のような音を立てた。
空気が一変する。
ドラムの連打が続き、金属がぶつかり合うようなリフが校庭を揺らした。
デスメタルの轟音。
アザレア女学院には、絶対に似つかわしくないスクリームが響く。
生徒たちが一斉に足を止め、教師が悲鳴を上げる。
音の渦のなか、私は校舎の方を見た。
急いで階段を降りてくる姿――蘭先輩。
彼女の冷たい視線が、一瞬ですべてを掌握していく。
スマホを手に、的確に指示を飛ばすその動き。
柚の読みはやっぱり当たっていた。
「行こう、いまなら通れる」
柚が私の腕を引いき、私は透子の手を取った。
轟音が背中を押すみたいに響く。
誰にも気づかれず、私たちは校舎裏の通用門を抜けた。
「先輩が現場に張りつけになってるあいだが勝負ね」
柚は笑った。
「うん。旧館の扉、今日は開くよ」
そのとき、校庭から響く声が、風に乗って届いた。
マイクを握った少女の絶叫。
「この檻を壊せぇぇぇッ!」
私は思わず振り返った。
黒い旗がはためき、熱気と爆発が空に立ち昇る。
――まるで学院そのものが、叫んでいるみたいだった。
柚が私の手を強く引く。
私は前を向いた。
金属音と歓声の遠ざかる方角とは反対に、
冷たく沈黙した旧館の方へ。
あの扉の向こうに、すべての答えが待っている。
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