2-4 作戦会議

 私の部屋の机は、絵具の水入れをぶちまけたようになっていた。

 小さなテーブルの上には――見慣れない缶と袋の山。

 蛍光色のエナジードリンクが十数本、そして見たことのないスナック菓子のパッケージ。

 海外製らしいド派手な印刷が、やたらと存在感を放っている。


「……柚。これは何?」


 私が半ば呆れた声を出すと、柚は親指を立てた。


「文明の利器だよ。山の上の閉ざされた学院にも、時代の風は届くのさ」


「いや届いてないよ、明らかに。これ、自販機にも売店にもないやつでしょ?」


「まぁ~細かいことは気にしないでよ。

 人にはそれぞれ、独自のネットワークってものがあるんだ」


「その“ネットワーク”って……どこからどう見ても裏ルートじゃないの?」


「ちょっとした物流の隙間だよ。社会の歪みをすり抜ける程度のスキルさ!」


 透子が眉をひそめた。


「柚、それ絶対にいい話じゃないわよね」


「いやいや、合法的……脱法……っぽい雰囲気だから大丈夫! 多分!」


 私は思わず頭を抱える。

 柚はまるで悪びれず、開けたばかりのエナジードリンクを掲げてにっこり笑った。


「ま、こういうのがないと頭も回らないでしょ? 夜は長いんだ。研究にはカフェインが必須だよ!」


「……というか、あんた研究よりパーティー開く気じゃない?」


「どっちも青春ってやつさ」


 私と透子が同時にため息をついた。

 それでも柚のその調子に、どこか救われるような気もする。

 彼女が笑うと、どんなに陰のある話題でも少しだけ空気が明るくなるのだ。

 まるで学園の七不思議を追う会議というより、深夜の女子会のようだ。


「……で、まとめるとこうだね」


 私はノートをめくりながら、手書きのメモを指でたどった。

 旧館、黎明心理学研究機構、実験――いくつもの単語が、ひとつの線に結ばれつつある。


「七不思議のうち三つが、旧館での研究記録と一致している。

“鏡の中の少女”は旧館の鏡の間を指してるし、“開かずの資料室”や“保健室の声”は旧館で行われた実験の記録と重なる。

“消える名簿”や“踊り場で泣いてる女の子”は実験で犠牲になった被験者とか……?」


「つまり、七不思議ってのは全部、過去の研究の亡霊みたいなもんか」


 柚がポテトチップスの袋を抱えながら、口をもごもごさせて言った。

 彼女の前には開封済みのエナジードリンクが三本並んでて、明らかにテンションが高い。


「……柚、それ何本目?」


「研究にはエネルギーが必要なんだよ、玲奈ちゃん。

 カフェインは学問の母、糖分は青春の燃料、つまりこれも正当な研究経費ってやつ」


「怪談研究会は非公式だから、経費以前に予算がないけどね」


 私が呆れながら返すと、透子がひかえめに笑った。


「でも、たしかに柚の言う通りね。七不思議の“正体”が人為的なものだとしたら、私たちが調べてることって、単なる怪談研究じゃなくて――」


「――未解明事件の調査だね」


 柚が食べかけのスナックを掲げて、探偵気取りの声を出す。


「怪談研究会、真実を暴く夜! ……とかどう? オカルト雑誌の記事っぽくてカッコよくない?」


「うん、でも口の周りにポテチの粉がついてる」


「……現実ってやつは残酷だね」


 私は苦笑しながら、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じていた。

 バカみたいな会話をして、どうでもいいことで笑って、それでもたしかに前に進んでいる――この空気が、なんだか好きだった。


「それで、次の方針だけど……」


 透子が真面目な声に戻す。


「やっぱり、旧館をもう一度調べるしかないと思うの。

 黎明心理学研究機構が何をしていたか、その核心はあそこに残ってる」


「でも、前に忍び込んだときは、警備がかなり厳しかった」


 私は思わず肩に手をやる。


「旧館に入る前に、どうしても越えなきゃいけない壁がある」


「壁?」


 柚が首をかしげて、透子は深くうなずく。


「黒須蘭。生徒会長にして、旧館の番人」


「うわー、出た。ラスボス」


「ラスボスって……」


 私は苦笑する。


「だってあの人、規律の権化みたいじゃん。

 風紀違反を感知すると、どこからともなく現れるんだよ? 監視AIを搭載してるって噂だし」


「しかも正義感が本物なのが厄介なのよね」


 透子がこめかみをに手をやってまぶたを落とす。


「“悪意のない脅威”っていちばん手強いタイプだわ」


「まさに最強のガーディアンだね」


 柚がポテチを放り込みながら、悪戯っぽく笑った。


「でも、だからこそ燃えるんじゃない? 夢って、壁があるから輝くんだよ」


 私は少しだけ笑って、テーブルの上の地図に目を落とす。

 その瞳には、たしかな決意の光が宿っていた。


「――次は、蘭先輩を突破する。それが、私たちの試練ね」


「そこはハッカーの出番さ。会長に搭載されてる監視AIをバットで一時的に――」


「ダメ。それ犯罪だからね」


 透子がいさめる。


「うっ……夢がないなあ、透子ちゃんは」


「ハッカーも関係ないしね」


 私はふたりのやり取りを見ながら、ふと天井を見上げた。

 この部屋の灯りの下で交わされる言葉が、どうしようもなく愛おしい。

 怖いことをしてるはずなのに、胸の中にはどこか高揚感がある。

 ――こんな夜を「青春」と呼ぶなら、案外悪くないかもしれない。


「じゃあ決まりだね」


 私は立ち上がり、軽く拳を突き出した。


「次は旧館再調査。黎明心理学研究機構の真実を突き止める!」


「了解、隊長!」


 透子は少し呆れたように、でも口角を上げて、柚が敬礼した。


 そして、柚は勢いよくポテチの袋を開封し――

 袋の破裂する音とおもに、部屋中にポテトチップスが爆散する。


「――きゃあああああ!? 柚!!」


「メーデー! 青春にはハプニングがつきものです!!」


 笑い声が弾け、深夜の寮には小さな灯りがいつまでも残った。

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