第1話

教室の窓際、光を浴びて煌めく長髪。綾瀬あやせ ゆうは、周囲の喧騒とは隔絶された、まるで別世界の住人のように見えた。


「ねー、悠くん!聞いて聞いて、この前彼氏と行ったカフェがさー、マジでエモくて!」


隣から身を乗り出してきたのは、グループのリーダー格、麻衣まいだ。彼女の腕が悠の肩に回される。


(ああ、来た。麻衣のフレグランスとシャンプーの匂い、そしてこの…無遠慮な密着!)


心臓が、早くも警報を鳴らし始めている。


これが、俺の高校生活だ。女子が苦手な長髪美少年。綾瀬 悠のパニクルライフの日常。


「…へぇ、そうなんだ。いいな、楽しそうだね、麻衣」


悠は、完璧な「可愛い女の子」の笑顔を張り付けた。


しかし内心は、麻衣の制服の袖口から香る柔軟剤の匂いが、彼の嗅覚を容赦なく叩いている。


「ね、悠くんって本当に女の子の気持ちがわかるよね。相談乗ってくれるの、まじ神!」


今度は理恵りえが、前の席から身を乗り出す。


近い。顔が近い。


理恵の話題は、常に恋愛だ。


そして、彼女のつけている甘い香水は、悠にとって高周波な笑い声と並ぶ、最大のノイズだった。


(ダメだ、頭が痛くなってきた。俺が聞きたいのは、週末のJリーグの結果だ。誰か…誰か、この地獄の女子会トークから、俺を救い出してくれ…!)


ふと、悠は教室の隅に視線を向けた。 壁際の席。リュックに缶バッジを付けた女子が、ハードカバーの分厚い本を読みながら、黙々とパンを食べている。高嶺たかみね あおいだ。


彼女は、悠とは一度も話したことがない。


女子グループにも属さず、教室の「風景」の一部になっている。


その様子は、悠のいる賑やかな場所と、まるで世界のコントラストのように映った。


葵は、パンをちぎりながら、チラッと悠の方を見た。そして、何かを確信したように、フッと小さく口角を上げた。


悠はギョッとした。まるで、自分の内面の叫びが、彼女にだけは聞こえているような気がしたのだ。


「悠くん?聞いてるー?」


麻衣の声が、悠の耳元で響く。パニックのゲージがレッドゾーンに達した。

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