第7話
夕食どきは、クランにとって一日の中で最も忙しい時間だ。
食堂には食事と、そして冒険譚を求める客たちが大勢集まり、厨房も吟遊詩人もフル回転を余儀なくされる。これが冒険者本人が顔を見せてファンサービスをする日ともなれば、さらにとんでもない混雑になることは想像に難くない。
ほかにも関連グッズ(例えば関連書籍や肖像画、冒険者が監修した装備品類、最近じゃ冒険者ぬいぐるみなんてのもある)を扱っている売店が最も混みあうのも、やっぱりこの時間である。
クランは昼食どきに輪をかけて、冒険者のファンたちで賑わうのである。
ただし、残念ながら跳ね馬亭には適用されない話だ。少なくともいまのところ。
「はーい、みんな。準備できましたよー!」
「わあっ! ありがとうオデット、アイリーンさんも!」
「ふふ、たくさん食べてちょうだいね。ほら、リッケルトくんも」
「いま行きます!」
今日も跳ね馬亭の食堂に集まったのは、アイリーンさんとオデット、レイリア、そして俺の四人だけ。
ごく稀に来る食事客も今日はいないものだから、広々とした食堂は貸し切り状態。いまリュートを奏でればさぞかし響き渡ることだろう。さすがに食事をしながら弾き語りはしないが。
その代わりに食堂の空気を揺らしているのは、レイリアからの“ご報告”だ。
「でね! 今日もフローレンスってば、トレーニングのたびに張り合ってくるんだよ! わたしは普通に鍛えたいだけなのに、なんでかいっつも勝負になっちゃう。しかも勝った方が一番いい休憩場所使えるみたいになってるしさあ」
こんな調子で夕食をいただきながら、レイリアがその日の訓練の様子をアイリーンさんやオデットに情感たっぷりに語るのが、ここ最近の日課になっていた。
俺も毎日トレーニングの様子を見れているわけではないが、おおよその報告はモクレンから聞いている。
「レイリアもそうやってすぐ挑発に乗っちゃうもんだから、張り合うのに夢中になってトレーナーに怒られるしな」
「わああっ! それは言わないでよリック!」
慌てたレイリアの大声が食堂中に響いたが、アイリーンさんもオデットも咎めることなく、微笑ましそうに話を聞いていた。
「ねえリッケルトくん、フローレンスちゃんって、あの?」
「はい、二つ鍋亭のフローレンスですね。いまは同期と四人パーティを組んで活動しはじめたらしいですよ」
「あれ? リックはフラウのこと知ってるの?」
「うん、直接会話したことがあるわけじゃないけど」
フローレンスという駆け出し冒険者については、俺も以前に話を聞いたことがあった。
「フローレンスは元金等級冒険者のバルキスの、冒険者向け用品を扱う最大手、グスガン商会会長のご令嬢だよ」
まさかその子が、やたらとレイリアに対抗意識を燃やすようになるとは思っていなかったが。
「グスガン商会……そういえば、そんなこと言ってたかも。ってことはもしかしてフローレンスって、すっごくお嬢さまってこと!?」
「貴族でこそないけど、めちゃめちゃお金持ちのお嬢様なのは確かだね。現会長のバルキスもそうだけど、あそこの一族の跡継ぎはみんな、冒険者として十分に経験を積んでから商会を継ぐらしいんだ」
全国に支店を持つグスガン商会の扱う品は、角灯や松明、携帯寝具や調理器具といった野営道具、果ては保存食などなど、長期の冒険に欠かせないものばかりだ。
だからこそ商会長となるものは、実際に商品を使用する立場に身を置き、冒険の中で見聞を広げ、顧客でもあるクランとのコネクションを繋げるため、冒険者として活動することが習わしなのだと、そう聞いたことがあった。
「じゃあフローレンスは、すごい冒険者の血を継いでて、いつか商会長の座も継ぐってことだよね」
「まあ、そうだね」
将来安泰と言えば聞こえはいいかもしれないが、彼女はまだ見習いにも関わらず、グスガン商会の評判も背負ってしまっている。商会長の一族に生まれたばかりに。
決して栄光が約束された道というわけではないのだろう。本人がどう捉えているのかはわからないが。
「そっかあ……うーん」
「どうしたんだ?」
「なんだかすごいなーって。だってそれって、家族や商会みんなの期待を背負って冒険者になったってことでしょ? フローレンスはきっと、その期待に応えようとしていっぱい頑張ってるんだよね」
「そうだね。モクレンも、彼女はすごく熱心にトレーニングに打ち込んでるって言ってたよ」
「だよねっ! やっぱりすごいな。ほら、わたしなんか誰からも期待されてなかったのに、勝手に冒険者になっただけだからさ」
そう言って頭を掻くレイリア。
その顔がどこか羨まし気に見えて、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「いやいやいやいや、レイリアも十分すごいって」
「へっ?」
どうもこの子は、自分の背負っている期待をわかっていないらしい。
目配せすると、アイリーンさんもオデットも頷いてくれた。
「見知らぬ土地に女の子ひとりで、それもみんなに反対された夢のために飛び出してくるなんて、すごく勇気がいることよ。誰にだってできることじゃないわ」
「しかも初対面だった俺のリュートを取り返すために、脇目も振らずに泥棒を追いかけて捕まえたんだ。あそこで真っ先に動ける人は、見習い冒険者でだってなかなかいないんじゃないかな?」
「で、でもそれは、ほんとになにも考えずに気付いたら身体が動いちゃっただけで」
「だからすごいんだよっ! それにレイリアちゃんのおかげで、跳ね馬亭も賑やかになったんだから! レイリアちゃんが来るまでは、ここでご飯食べてるのって私とお母さんの二人だけだったんだよ? リッケルトさんも……いないことのほうが多かったですもんね」
「言われてみれば確かにね」
ちらりとこちらを向いたオデットの視線に、頷いて返す。
レイリアは跳ね馬亭の宿舎で寝起きしているが、カミュとイルミナの二人は別に部屋を借りてそちらで生活していたのだ。食事も二人だけでとることが多く、ここで会うのもクエストの打ち合わせがあるとき程度だった。
伴って、やはり別に部屋を持っている俺も、こうして一緒に食事をするという機会はなかなかなかったものだ。
だがいまは、レイリアと一緒になって俺もここで食卓を囲ませてもらっている。
「レイリアのおかげで一気に人数が倍になったってことか。すごい成果だ」
「うえぇぇ? で、でもでも、そんな、わたしはほんとになにも……」
レイリアはもじもじと指先をこねる。
でもこれは全部、俺たちの正直な気持ちだ。
「いままでがどうだったかはともかく、俺たちはみんな、レイリアに期待してるんだ。君はきっと、これからすごい冒険者になっていくって」
「ほ、ほんとに……?」
「ああ、本当に」
自信をもって頷くが、それでもレイリアの表情はどこか浮かない。
「でも……まだわたし、クエストのひとつも解決したことないし」
ああ、そうか。
言われてみれば彼女は、まだ跳ね馬亭の冒険者としてはトレーニングに励んでもらってばかりだ。レイリアにしてはやけにしおらしいと思っていたのだが、目に見える実績がないことで不安を覚えていたのかもしれない。
だとしたら、俺の失敗だ。
「ごめん。レイリアがここでの生活に慣れてからと思ってたんだけど、それで気を揉ませちゃってたら世話ないな。ちょうどいいタイミングだし、さっそく明日にでも行ってみようか」
「リック? 行くって、もしかして」
途端に目を輝かせ始めるレイリアに、俺は少しもったいぶってこう答えた。
「もちろん、冒険者としての最初の仕事にだよ」
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