第6話

 レイリアはこれまで、ずっと知らずにいた。


「たあぁッ!」


「踏み込み過ぎだ! 勢いに任せるな! 常に次の一手を考えて切り込め! 防がれたなら手首で剣を返す! 両側に刃が付いてるのをもう忘れたのか!?」


「やッッ!」


「ほらまた受け止めてる! 受け流せ! 力比べなんかしたって勝てっこないぞ! そら足元がお留守だ! 足が使えなくなったら死ぬんだからな!」


 剣を振るのに、こんなにたくさん気を付けなきゃいけないことがあるだなんて。


 どの角度から切り込むか、どちらに避けるか、どう相手の懐に飛び込むか。


 次の攻撃に繋げるためには剣を制御しなきゃいけない、なんてことさえ、これまでまったく意識したことがなかったのだ。


 村の自警団での剣の練習と言えば、とにかく「速く振れ!」「もっと力を入れろ!」ばかり。だからレイリアは、村の誰よりも速く、力強く剣を振るえるように自己流のトレーニングを続け、実際に村の誰よりも強くなった。


 それがモクレンはおろか、道場のトレーナー相手にはなにひとつ通じない。


 トレーナーの指導を受けながら果敢に切り込み、躱し、防ぎ、また切り込み。


 もちろん使っているのは練習用の剣だが、訓練用の防具を着こんで鉄の塊を振るっているのだ。自分の身体からこれほど汗が噴き出すことがあるというのも、トレーニングに通うようになってからはじめて知ったことだった。


「どうした、もう終わりか!?」


「はぁ……はぁ……まだまだぁッ!」


 とはいえ、なにもかも無駄だったわけではない。


 村で一番になるまでに手に入れた体力と根性は、レイリアを道場の厳しいトレーニングにも必死で食らいつかせてくれた。


「まだ勢い任せなところはあるけれど、意識してる分マシになってるわネ。でもまだ考えて剣を振ってるでしょう。それじゃ遅すぎるの。考えなくても動けるようになるまで、徹底的に身体に覚え込ませることネ」


「はいっ、ありがとうございました! ふぅぅぅ……」


 スパーリングを終え、脇で見ていたモクレンから指導を受けての小休止。


 道場の端で息を整えるレイリアの顔は赤く火照り、身体からは湯気が立たんばかりだ。


 訓練用防具の内に籠るその熱を感じ、レイリアは身悶えた。


「……~~~~~ッ! た、楽しい……!」


 楽しくて仕方がない。


 入門してまだほんの数日。


 トレーナーにはもちろん、先輩門下生たちにも遠く及ばない。あれもこれもと意識しすぎて逆に動きが覚束なくなったり、知恵熱が出そうになったりもする。考えずに動けるよう身体に覚え込ませるには、まだまだ時間がかかる。


 それでも、無駄な力を使いすぎていると言われて治せば、いままでより速く剣を振れるようになった。常に次の一手を考えろと言われて意識するようにしたら、いままでよりも素早く次の攻撃に移れるようになった。


 自分が着実に強くなっている。冒険者としての道を着実に進んでいる、そんな実感があった。


 このまま強くなれれば、どんな冒険だってこなせるようになれるんじゃ。


 ふるり、と肩が震える。


 これから挑んでいく冒険の世界への武者震い……ではなかった。身体が冷えかけている。


「いけないいけない、はやく汗を拭かなきゃ」


「おいあれ」「うわマジか」「絡まれるんじゃないか?」「シッ、余計なこと言うな」


 周囲のひそひそとした会話に気付くことなく、レイリアは訓練用防具を脱ぎ、汗を払おうと頭を大きく振った。


「きゃっ!」


「えっ」


 いつの間にそこにいたのだろうか。聞こえてきた悲鳴に慌てて振り返ると、赤毛の少女が顔を顰めて身体をあちこち手で拭っている。


「なんですの、もう! 汗がかかったじゃありませんの!」


「わっ、ご、ごめんねっ! 誰かいると思わなくって。はい、タオル使って」


「まったくっ、犬みたいなことしないでくださらない!?」


 引っ手繰るようにタオルを受け取って顔を拭う少女。


「ほんとにごめんね……?」


 年の頃は自分と近いだろうか。目が大きく髪艶もいい。都会の女の子って感じだ。


 申し訳なく思いながら見つめていると、タオルから顔を上げた少女と視線がぶつかった。少女はじろりとねめつけるようにレイリアを観察し……鼻を鳴らす。


「見ない顔ですわね。あなた、こちらにはいつから?」


「えっと、先週から通わせてもらってるけど」


「ふうん……と言うことは、わたくしよりも後輩になりますのね。いいですこと? どなたか存じ上げませんが、そこは私の休憩場所ですの。わかったらさっさとお退きになって……」


 レイリアははっと目を見開き、肩を震わせる。そして、


「ごめんなさいっ!」


「へっ?」


 勢いよく頭を下げた。


「先輩だったなんて全然気づかなくって! ちょっと待っててね、汗を拭いたらまた練習に戻るから、そしたらここ使って!」


「お、え、んん? わかればよろし……ってわかってませんわ!? いますぐそこを退きなさいって言ってるんですのよ! なんで私を待たせようとしてるんですの!」


「えぇ~、すぐ終わるのに。じゃあ、はい」


 レイリアは一歩横に退いた。


「……なにが、はい、ですの」


「え? だから、退いたよ? っていうか」


 レイリアが周囲を見回しても、道場端のこのスペースには二人以外誰もいないし、並んで腰を下ろしたって余るほど場所はある。


「休憩するなら一緒にしようよ! ここ陽当たりもいいし、みんなの練習も良く見えるもんね!」


 だからレイリアは道場に通い始めてからすぐ、ここをお決まりの休憩場所に決めていたのだ。


 少女はしかし、快く頷くことなどなかった。


「~~~~~ッ! なんなんですの! 先輩の私に退けと言われたら、もっとどこか違う場所に行くものでしょう!? どうして逆らうんですの!?」


「むっ、だってほかの先輩は誰もそんなこと言わないよ? それに、先輩後輩かもしれないけど、同じ道場の仲間だもん! 普通にお話して仲良くしたいなっ!」


「あなた、私が誰だかわかっててそうおっしゃってますの?」


「あっ! そうじゃん、まだ自己紹介もしてないっ! わたしレイリアっ! 跳ね馬亭のレイリアだよっ!」


「……私はフローレンス。『二つ鍋亭』のパーティ『ツキカゲロウ』所属の鉄等級冒険者。そしてグスガン商会はバルキスの娘、フローレンスですわ」


「うんっ、よろしくねフローレンスっ! そっか、鉄等級冒険者なんだ。じゃあ一緒だねっ!」


 するとどうしてか、フローレンスは唖然と目も瞠った。口さえも開いたまま、信じられないものを見るようにレイリアを凝視する。


「おいおいおい」「マジかあの子」「知らないって強いな……」


 遠巻きに見ていた門下生たちがどよめき、またひそひそと囁き合う。


 すべての中心にいるレイリアは、訳も分からず首を傾げるばかりだった。


「ふ、ふふ、ふふふふふ」


「な、なになにどうしたの怖い」


「この無知蒙昧な田舎者! おバカ! せめて周りの空気を読むことさえ知りませんの!? あなたみたいなおのぼりさんははじめてですわ!」


「えーっ!? なにそれいきなりひどいよ!?」


「ふん、よろしいですわ。今日のところはその場所は譲ってさしあげます。けれど、次は私が使わせていただきます。よおく覚えておきなさいっ!」


 そう高らかに宣言して、フローレンスはその場を離れていく。


「……えええぇ? なんだったんだろう、すっごいわがままな子だなあ」


 これが、レイリアとフローレンスの出会いであった。


 それからというもの。





「走り込み始めるぞひよっこども! 短距離を五本、まずは五割の速度で走れ! 次は七割、八割、最後の二本は全力で走れ! ビリだったヤツは追加二本だ!」


「よーし、まずは半分の速度で……」


「お先ですわー!」


「えっ、は、はやっ!? ま、負けないから……っ!」





「懸垂で自分の身体も持ち上げられないやつが、満足に剣を振れると思うな!」


「ぐぬぬぬぬぬ……抵抗するんじゃ、ありませんわ、わたくしのからだ……!」


「よっ、はっ、ほっ、あれっ、フラウっ、もう限界っ?」


「ぬがっ!? このっ、くらいっ、よゆうっ、ですわあああああっ!」





「素振りっ、二百本っ、絶対っ、先にっ、終わらせるんだからっ!」


「あなたっ、ごときにっ、先をっ、越されてっ、たまるっ、もんですかっ!」


「たあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ふぬううぅぅぅぅうぅぅぅぅうぅっ!」


「おらそこ! 雑に振るな! レイリア、最初からやり直せ!」


「なんでわたしだけ~っ!?」


「……ッ!」


 なにかにつけて張り合う二人の姿が、道場の新たな名物となっていったのだった。

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