第8話
翌日。
冒険者としての最初の仕事。
そう聞いてうっきうきで俺のあとをついて来たレイリアは。
「ふーんだ」
唇を尖らせ頬を膨らませていた。
「ごめんって! そんなに期待値上げちゃうなんて思ってなかったんだって」
「べーっ。乙女心のわからないリックなんか知らないもん!」
「本当に申し訳ない……いや、でもこれだってれっきとした仕事なんだから」
「そんなのわかってるけど!」
レイリアは両手を広げた。
「街の人たちに挨拶回りに行くんだったら、最初からそう言ってよ!」
早朝のメインストリートに、レイリアの元気な声が響き渡る。
そう。今日はデビューを控えるレイリアを街の人々に紹介して回るために、カザディールの商店街へと繰り出していた。
ようは営業活動である。
なにせ冒険者は依頼人ありきの職業だ。
花形である魔物退治や旅路の護衛ばかりではなく、依頼さえあれば荷物運びに庭の草刈り、迷いネコ探しだってなんでもやる。
そんな冒険者の使い方を一番熟知しているのは、街で商店を営む店主や商人たちで、仕事の依頼の大半は彼らから請けることになる。彼らへの顔見せは冒険者として成り上がるための一番の近道なのだ。
「もう、もう! 分かってたらこんな格好で来なかったのに~……!」
なのだが、俺がうっかり詳細をもったいぶってしまったがために、レイリアは大層ご機嫌斜めになってしまったのだった。
「うはははははは! なんだなんだリッケルト、朝っぱらから人の店の前で痴話げんかか? ずいぶん可愛らしい恋人を連れてきたもんじゃないか」
「違うアザガル! 今日は営業に来たんだってば!」
で、俺たちの脇の商店の前で大笑いしている、ずんぐりとした体格で、身の丈は俺の半分ほどで、立派な口髭を蓄えたこの男。思いがけず店の前を掃いていたところに訪ねることになった、最初の挨拶相手であるドワーフのアザガル。
彼は、跳ね馬亭がかつて賑わいを見せていたころから付き合いがあるうちのひとりだ。いまでもたまに跳ね馬亭に食事をしにくる、数少ない常連客でもある。
「営業ってこた、そのお嬢ちゃんは跳ね馬亭の新人冒険者か? カミュたちはどうした?」
「カミュたちは、出て行った」
「はあ? もう辞めちまったってのかあいつら!」
「そうじゃないんだけど……それは今度ゆっくり話すよ。それより紹介させてくれ。お察しの通り、跳ね馬亭期待の新人レイリアだ。レイリア、彼はアザガル。前から跳ね馬亭がお世話になってるドワーフだよ」
「そうだったっ、挨拶挨拶。はじめましてアザガルさんっ! わたし、跳ね馬亭で冒険者になったレイリアっていうの。まだ見習いだけど、これからどんどん頑張っていきたいから、お見知りおきくださいっ!」
気を取り直したレイリアがぴょこりと頭を下げると、その姿をしげしげと眺めたアザガルは相好を崩す。
「元気のいいお嬢ちゃんだ。んで、さっきはなにをぎゃあぎゃあ騒いでたんだ?」
「あー、それは……」
「そうそれ、聞いてよアザガルさん! リックったら、今日なにしに行くのか先に教えてくれなかったんだよ!? わたしだってもうちょっとおめかししてきたのに、冒険者の仕事って言うからこんな動きやすいばっかりの格好で来ちゃった!」
「うははははは! そりゃお前さんが悪いな、リッケルト! もっと言ってやれお嬢ちゃん。吟遊詩人の悪い癖だ。いつもそやって期待を煽ろうと、話をもったいつけやがる! それに女の身支度には命がかかってるって、カミさんもよく言ってるぞ」
「そう! そうなんだよ! さすがアザガルさんよくわかってるっ!」
「うははははははっ!」
なんだその意気投合っぷりは。
レイリアとアザガルは、まるで前からの友人のような気軽さで俺への愚痴で盛り上がる。アザガルのあんな愉快そうな顔、初めて見たぞ。
「悪かったよ本当に、次から気を付ける。というか俺はてっきり、もっと派手な仕事を期待してたから不貞腐れてるのかと……」
「む、ち、違うもん。最初の仕事って、さっそくゴブリン退治とかだったりするのかなとか、そんなこと思ってないもん。ちゃんとわかってるよ、そんなこと!」
「ほんとに? 少しも期待してなかった? どんなダンジョンに潜るんだろうとか、ここまで来る途中で言ってた気がするんだけど?」
「いいいいいい言ってないもーん!」
そんな俺たちのやり取りに、野太い笑い声がもう一度響き渡った。
「うはははは! 文句言ってたわりには、ずいぶん仲良しじゃねえか」
「えーっ、そうかなあ。リックがこんなイジワルだったなんてわたし、ちょっとこれから上手くやっていけるか心配になっちゃったんだけどっ」
「意地悪するつもりなんてなかったんだって。それにそれを言うなら、俺だってレイリアが思ってたより子供っぽくてちょっと心配になってるぞ」
「むううっ、子供じゃないもん!」
「そこらへんにしとけ、リッケルト。女の機嫌を損ねたお前が悪いんだ。素直に謝るこった」
「本当に、次からはちゃんと説明するから。それに今日の営業はただ挨拶回りってだけじゃなくて、レイリアが言ってたおめかしにもある意味関わってるんだよ」
「おめかしに関わってるお店? 洋服屋さんなの?」
「違わい。なんだリッケルト、うちでなにを売ってるのかも教えてなかったのか。だったらいつまでも軒先で騒いでないで、さっさと入んな」
また教えてもらってない。というレイリアにジト目で見られながら、アザガルの店の戸口を潜る。
「う……わぁぁぁぁ……」
途端に、レイリアの口から感嘆の息が漏れた。
剣にナイフに斧に槍に盾に。店の中には所狭しと刀剣類が並べられ、窓から差し込む陽の光を受けて鈍く輝きを放っている。
剣ひとつとっても、長さも太さも千差万別。およそあらゆる使い手の需要に適う武具たちが、自らの主を一日千秋の思いで待ちわびているようだ。
店内を見回すレイリアの瞳も、きらきらと輝いている。
「すごいすごい! アザガルさん、武器屋さんだったんだっ!」
「正しくは鍛冶屋さんだぜ、お嬢ちゃん。ここに置いてある大半はワシが鍛えたもんだ。弟子の作品も混じってるがな」
「そうだったの!?」
アザガルは普段であれば、職人街の工房で弟子たちとともに鍛冶仕事に勤しんでいる鍛冶職人だ。少なくとも俺が知る中じゃ、カザディールで一番の鍛冶職人は彼をおいて他にいない、そう言い切れるだけの腕を持っている。
ちなみにこの店舗はもっぱら、商人の娘だという彼の妻によって経営されている。が、今日はどうやらアザガルが店番をする日だったようだ。
「ねえ、見て見て! これすごいよ!?」
「なにか気になるものでもあっ、た……?」
レイリアに呼ばれて見に行った先にあったのは、なんというか、剣というか。
それは剣というにはあまりにも……。
「いやでかいな!? 鉄の塊だろほとんど!? こんなの置いてたっけ!?」
「ね! すごいよねこれ! ドラゴンだって倒せちゃいそう!」
「おお、そいつは頭のネジの外れたうちの弟子が作ったやつでな。邪魔で仕方ないんだ、引き取ってくれるなら大歓迎だぞ」
「ほんとに!?」
「待った待った! レイリアそもそも持ち上げられないでしょこれ!?」
「そんなのやってみないとわかんないよ!」
「危ないって! 倒したら大惨事だから!」
などと、腕まくりをしながら冗談みたいな大剣に挑んだレイリアだが、持ち上げられずに倒すどころかぴくりとも動かせず、小さな挫折を知るのだった。
「むう。これを思いっきり振り回せたらカッコいいと思ったのに」
「うはははははっ! チャレンジャーなやつは嫌いじゃないぞ」
「好奇心旺盛なのはいいけど、大怪我する未来しか見えないからあんまり無茶なことしないでくれ」
「はーい……でもリック、さっき言ってたおめかしってどういうこと?」
そうだった。バカみたいな大きさの剣に気を取られて、危うく本題を忘れるところだった。
「冒険者としてのおめかしってこと。あと当面の目標についての話でもあるかな」
魔物退治やダンジョン探索、なんて冒険者らしい華々しいクエストに駆け出しの頃から挑めるのかと言えば、もちろんそんなことはない。
鉄等級の冒険者が受けられるクエストは、そのほとんどが街中や近場での肉体労働や雑用仕事。あっても極々低級な魔物の相手が精々で、報酬も小遣い程度だ。
大手のクランであれば、経験豊富な先輩パーティの仕事に同伴して経験を稼ぐこともあるが、それはさておき。
レイリアには当面、主に商店主に顔を売って簡単な仕事を引き受けながら、並行してモクレンのところで武術を鍛えてもらうことになる。
「けど地味な仕事ばっかり目標もなしに繰り返しても、きっとモチベーションは続かない。だからまずはお金を貯めて、自分の武器や防具、冒険に出るための装備一式を揃えることを目指してほしいんだ」
「自分の装備を揃える。そっか、わたし、冒険に出られそうな格好なんてこれしかないから」
レイリアのいまの身なりは、動きやすそうなだけの作業着にダガーが一振りだ。
「ま、手前の使う道具くらい、手前で用意できて一人前ってこったな。いまのお嬢ちゃんは冒険者としちゃ、裸で歩いてるようなもんだ!」
「うえぇっ!?」
「うはははははっ!」
顔を真っ赤にして身体を隠すレイリアに、それを見て大笑いするアザガル。
こいつ。
「あとで奥さんに言いつけるからな」
「おい待てバカやめろ。真面目な話だよ! 俺たちゃ雇う冒険者を選ぶとき、そいつの身なりを見る。どんな装備か、手入れはされてるのか、連れてる仲間はどんな連中か。ダガー一本しか持ってない冒険者に、ゴブリン退治してくれ、なんて頼むやつはおらんって言っとるんだ」
「まあ、そりゃそうだけども」
「だろうが! だからお嬢ちゃんも、活躍したいんだったら早いとこ、冒険者としてのおめかしをできるようになるこったな」
これまでまったく冒険に出たことのなかった少女が、いっぱしの冒険者を名乗れるようになる。それを見極めるボーダーラインを、俺は装備の充足に引いている。
もちろん、もともとなにか別の仕事で稼ぎがあったというのならその限りではないし、戦闘技術なんかも考慮して判断するところではあるのだが。
「俺もレイリアが早く一人前になれるように、たくさん仕事を取って来る。引き続きトレーニングも続けてもらうから忙しくなるけど、頑張れそうか?」
レイリアはじっと自分の身なりを見下ろす。
そして決意の籠った目でぐっと拳を握った。
「うんっ、もちろんだよリックっ! よーっし、燃えてきた~! アザガルさんっ、なんかお店のことでわたしに手伝えることない? なんでもやるよっ!」
「うはははははっ! 貪欲なお嬢ちゃんだな! ちょうど手入れを頼まれてて、鍛冶場に運ばなきゃならん武器があるんだ。手伝ってくれたら小遣いをやるよ。お前さんに持ち上げられればの話だけどな!」
「まっかせてよ!」
「おーい、まだこのあとも営業回らないといけないのも忘れないでくれよー」
足取りも軽く、アザガルと共に店の奥に向かうレイリアのあとに続く。
このやる気を持続させるにはどうすればいいか、頭の中であれこれと考えを巡らせながら。
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