第5話

 鋼と鋼のぶつかり合う音。血を踏み蹴る足音。裂帛の気合を込めた叫び。


 この修練場で連日奏でられるのは、戦場もかくやとばかりの剣戟のオーケストラ。


 と言っても、王国兵たちの訓練場などではない。ここは市街地の一角に作られた私設の武術道場だ。


 各種武術トレーナーによって運営されるこうした街道場は、カザディールにいくつか存在している。門下生は主に若手冒険者や、冒険者見習いだが、中には村の自警団の戦力強化のため、地方から習いに来ている農民などもいる。


 とりわけこのロザムンド流剣術道場は、身分の貴賎を問わず門戸を開き、質の高いトレーニングを手ごろな価格で受けられるとあって門下生も多い。跳ね馬亭との付き合いも長く続いている。


 そんな道場の一角。抜けるような青空の下。


 俺は剣を握って向かい合う二つの人影を、じっと見守っている。知らず知らずのうちに拳に力が籠る。口の中に唾が貯まっていく。


 ひとりは言わずもがな、レイリアだ。厚手の訓練着に身を包み、刃を潰したトレーニングソードを眼前に構えている。相対する大柄な、筋肉質で坊主頭の男は、剣こそ同じだが、着ているのはタイトなシャツ一枚である。


 張り詰めた空気が道場の一角を満たす。周囲で稽古する門下生たちも幾人か、好奇心を覗かせている。


 そんな中でこの身を包む妙な緊張は、俺のものなのか、それとも彼女のものだろうか。


 ごくりと唾を飲み込んだ喉が、思いのほか大きな音を立てた。


 それが合図になった。


「やああッ!」


 気合一閃。


 レイリアが地を蹴り、トレーニングソードを男に向かって振るう。


「なかなか威勢がいいわネ」


「あれッ!?」


 剣はただ空を切った。男はほとんど動いていない。勢いを殺し切れなかったレイリアがたたらを踏む。


「このっ、てやあッ!」


「どうしたの、届いてないわよ?」


「やっ、たあッ!」


 レイリアは幾度も果敢に切り込んでいくが、男には切っ先が掠ることすらない。大柄な男はほんのわずかな足さばきで、レイリアの剣を悉く躱してしまう。


「今度はこっちからいくわ、ネ!」


「ッ!」


 男が剣を片手で振るうと、レイリアは大きく後方に跳んでそれを躱す。だが男は一足でそれに追いつき、追撃を繰り出した。


「ホラ! 足が止まってる!」


「わっ、ひゃっ! あわわッ!」


 必死に男の剣を避けるレイリアは、ほとんど転がされてるような動きだ。


 それでも、レイリアの目は諦めていなかった。


「さあ! もうおしまいかしらッ!?」


「ぐっ……たああああッッッッ!」


 すべての音をかき消すほどの少女の叫び。鋭く蹴り込まれた地面の揺れ。重く鈍い金属音。


 一瞬、道場のすべてがレイリアたちに注目したかに思えた。


「なるほどネ、だいたいわかったわ」


 レイリアが放った起死回生の一撃は、あえなく男の剣に防がれている。


「はい、おしまい」


「あっ!」


 それで決着だった。


 剣はいとも簡単に弾き飛ばされ、レイリアも足をもつれさせて尻もちをつく。


 昨日は泥棒を圧倒していたレイリアは、男に手も足も出ずに負けたのだった。


「お疲れ様、思ってたよりも頑張ったわネ」


「はあ……はあ……ありがとう、ございます」


 差し伸べられた手を取って立ち上がったレイリアが、端で見ていた俺のほうに近づいてくる。足取りは覚束ないもので、息は荒いのにどこか茫然としている。


 無理もないか。あれほど自信満々だったのに、その結果がこれだ。


 俺は思わず数歩前に出て彼女を迎えた。


「レイリア、大丈夫か?」


「……かった」


「え?」


「すごかったッ!」


 レイリアの目は、きらきら輝いていた。


「リック見てた!? ぜんっぜん敵わなかった! わたしほんとに村じゃ一番強かったんだよ!? 剣じゃパパにも負けなかったんだから! なのに向かい合った瞬間にもうちっとも勝てる気がしなかったの! まるで幻と戦ってるみたいだった! でもでも攻撃はすっごく重くて、ちょっとでも触ったら吹き飛ばされちゃいそうで、それでそれで、えっと……とにかくすっごく強かったの!」


「お、おお……悔しがったりするかと思ってたけど、全然元気そうだね」


「悔しいよ! すっごく悔しい! リックに良いところ見せるつもりだったのに! でもそれよりもすっごくすっごくドキドキしてるの! こんなに強い人、村にはいなかったもんっ!」


 息が荒いのは立ち合いのせいなんだか、それとも興奮のせいなんだか。


「やあん、もう! 最近そんなにまっすぐ褒められてなかったから、嬉しくなっちゃうじゃない。人をいい気分にさせる才能あるわネ」


 対照的に後ろでくねくねしている大男は、息切れひとつ起こしていない。


 さもありなん。


「はは。そりゃ強いさ。モクレンはここのマスターだからな」


 この大柄で、筋肉質で、坊主頭で、やたらと化粧の濃い、癖の強い喋り方をする男こそ、この道場の主であるモクレンだ。元は金等級の腕利き冒険者にして、さらにそれ以前は王立騎士団に所属していたという異色の経歴の持ち主でもある。


 今日は忙しいモクレンにどうにかアポを取り付け、レイリアの力量を見極めてもらうための手合わせを頼んでいたのだ。


「それでモクレン。あんたから見て、レイリアはどうだ?」


 出会った日に泥棒相手に見事な大立ち回りを演じてみせたレイリアだが、故郷では自警団で剣を習っていたという。


 果たしてその実力はどれほどのものか。


 そうねえ、と。モクレンは唇に指を当て、にやりと笑みを浮かべる。


「とっても元気なイノシシってところネ」


「イノシシっ!?」


 がびーん、とレイリアが打ちのめされている。


「なるほど、イノシシ」


「ちょっとリックっ! なんで納得してるの!?」


「いやあ、まあ」


 まだ付き合いは短いが、第一印象が第一印象なので致し方なし。


「だけどそれだけじゃないだろう?」


「そうネ。剣筋は荒いし、型もあってないようなもの。気合で上回れば勝てるって教わってそうな典型的な田舎剣士。おまけに本人が勢い任せだもんだから、そのやり方が性にあっちゃってる。おかげで無駄に動きが大きくて、次の動きが全部遅れてる」


「うぐっ、ぐふっ」


 ひと言ずつに律義にダメージを受け、肩が縮こまっていくレイリア。


 さすがにしゅんとしてしまい、居た堪れなくなってくる。


「でも」


「でも?」


 モクレンは人差し指をレイリアに向けた。


「勢いを乗せられるだけの筋力。大きく跳びすぎちゃうほどの瞬発力。なによりその力を発揮する迷いのなさ。そして、素人に毛が生えた程度の自警団しかいない村で、ほぼ独力でその力を身に付けてきた執念。きちんと使い方を学べば、どれも立派な武器になるわネ。なかなか素質があるんじゃないかしら?」


「へ……?」


 やっぱり。思わず笑みが込み上げるのを堪え切れなかった。


「モクレンにそう言ってもらえて安心したよ。筋がいいし、きっと才能があるとは思ってたけど、門外漢な俺の目線だけじゃ確信しきれなくてさ」


「ま、どこまで伸びるかはこれからの頑張り次第ってところだけれどネ」


「じゃあ」


 ぽかんと口を開いたままだったレイリアが、目をぱちぱちと瞬かせる。


「わたし、これからもっと強くなれるってこと!?」


「むしろ伸びしろしかないわネ」


「そっか……」


 ほう、と熱の籠った息を吐きながらレイリアは呟く。


「どうしたんだ?」


 訊ねると、レイリアはぱっと顔を上げる。


 その瞳はきらきらと輝いていた。。


「嬉しいのっ! だって村じゃ誰にも負けなかったのに、街にはもっと強い人がいて、わたしももっともっと強くなれるんでしょっ!? そんなのもう、頑張るしかないじゃん!」


 熱意と希望に燃えるレイリアの目の輝きに、俺も知らず拳に力が入る。


 これこそ、彼女の強さに違いない。


「ああ。ここで腕を磨いて、最強の冒険者として売り出せるようになろう!」


「うんっ! よーっし、やるぞーっ!」


 拳を振り上げて意気込むレイリアに、俺も決意を新たにする。


 レイリアはこれからモクレンの下で訓練を積んで、間違いなくどんどん強くなる。


 そんな彼女が大きく羽ばたいていくために、俺が精いっぱいのサポートをしなくちゃいけない。


 もう誰も夢を燻らせたりしないように。

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