第9話

 レイリアを連れて街を回るようになって数日。


「跳ね馬亭の新人冒険者、レイリアですっ! もしも困ったことがあったら、なんでも言ってね。わたしが力になるからっ!」


 いまさら言うまでもないことだが、レイリアは底抜けに元気で明るい子だ。駆け出し冒険者としての目標を定めてからというもの、その勢いはさらに増している。


 ひとたび営業に出れば、跳ねるような足取りで俺の後ろについて回り、行く先々の商店で元気いっぱいに名乗りを上げている。冒険者と名乗れることがよほど嬉しくてたまらないらしい。


 しかも相手が誰であれ物怖じすることなくぶつかっていき、すぐに打ち解けてしまうのだ。


「わあっ、すごいすごいっ! お薬がこんなにいっぱい! これみんなおじさんが作ったの? 村の精霊使いシャーマンのおばあちゃんちみたい!」


「ははは、いやあ熟練のシャーマンに比べちゃ僕なんかまだまだだよ。でも効果は保証するから、よかったら傷薬を一本持っていきなさい」


「いいのっ!? ありがとーっ!」


 こんな調子で、初対面の相手だろうとするっと懐に入り込める。


 これはもう天性の才能だ。


 おかげでレイリアの営業周りはいまのところ、どの店の主人からも好印象を勝ち取れている。


 冒険者も鉄等級のうちは、剣や魔術の腕を磨きながら、こうした営業回りで街の住民たちに顔を売っていくところから始まる。ここで上手く顔を売ることで、住民から冒険者の本分であるクエストを依頼してもらうことに繋げるのだ。


 そういう意味ではレイリアの冒険者生活は上々の滑り出しだと言っていいだろう。


 なのだが。


「ねえねえお姉さんっ、きょろきょろしてどうしたの? なにか探しもの? よかったら聞かせてよっ! わたし、跳ね馬亭の冒険者のレイリアっていうの!」


「わーっ! 待った待ったストップストップ!」


 この日もレイリアと一緒に街を歩いていると、目ざとく困っていそうな人を見つけると、危うく飛び出していってしまうところだった。


 少しでも目を離したが最後。


 持ち前の行動力と、好奇心と、そして責任感の強さで、全力で人助けをしようとしてしまうのだ。


 それ自体は全然構わない、とばかりも言えなかった。


「レイリア。また店まで自分で案内しようとしたでしょ」


「うぅ、ごめんねリック。でもなんだか困ってそうだなって思うと、つい身体が動いちゃって……」


「それはすごく立派なんだけどなあ」


 最近できた菓子屋を探していたという女性に場所を教え、跳ね馬亭のレイリアをよろしく、と宣伝を忘れずにして別れてから、少しだけ小言タイム。


 本当はこんなことは言いたくはないのだけれど。


「なんにも予定がないなら、店まで道案内してあげてもよかったんだけど、ね。今日は大事な約束があるだろう?」


「も、もちろんわかってるよっ! ファラトトさんのお店の引っ越しのお手伝い! 忘れてなんかいないからっ!」


 そう、ほかでもない。


 今日はレイリアが名指しで依頼された、はじめてのクエストに挑む日なのだ。


「わかってるならよし。目立つクエストではないけど、これも大事な仕事だからね」


「任せて! だってファラトトさんが、わたしにお願いしたいって言ってくれたクエストだもんっ! 全力でお手伝いしちゃうよっ!」


 ファラトトさんは冒険者向けの道具屋を営むハーフリングの女性で、数日前に営業回りをした際、レイリアを気に入ってくれたうちのひとりだ。


 ちょうどそのとき、彼女の道具屋は店舗を拡張する工事の真っ最中であり、工事が終わった際に商品を搬入するための人手を探しているところだった。


 当然レイリアがその場で立候補しないはずもなく、ファラトトさんもそれを快く受け入れてくれたため、晴れて正式にクエストとして受注するに至ったわけである。


「お店、どのくらいおっきくなったんだろうね。この間はバタバタしてたし、中までは見られなかったから楽しみだなあ」


「商品の搬入が終わって店を開けるようになったら、レイリアが宣伝するのもありじゃないかな。新装開店したファラトトさんの道具屋をよろしく、みたいな感でさ」


「それいいっ、やりたいやりたいっ! そうだっ! リックも宣伝ソングを作って演奏するっていうのはどう? お店の前で歌うの!」


「うーん、最初に作る曲はレイリアの冒険譚がいいんだけどな。そうだ、レイリアが歌ってくれるなら、書いてみるのもいいかもな」


「えっ、わたしが? えー、えへへ、どうしようかなあ」


 なんだか満更でもなさそうなレイリアと共に通りを進んでいると、目的の道具屋に着くのはすぐだった。


 増築が完了して以前来たときよりも大きくなった道具屋を前に、レイリアと視線を交わして意気込みを新たにする。


 これから取り掛かるのは、さほど目立つこともなく、さすがに冒険と呼ぶのは憚られるほどささやかな、それでも間違いなく冒険者として大事な下積みクエストだ。


 立派な冒険者として羽ばたいていくための一歩が、ここから踏み出される。


「えっ!? 今日引っ越しのお手伝いに来るの、わたしだけじゃないのっ!?」


「どういうことですか? 契約のとき、そんな話はなかったはずですよね」


 はずだったのだが。


「ええと、その、ごめんなさいね。最初はレイリアさんだけにお願いするつもりだったんだけど、ほら、やっぱりもう少し人手はいたほうがいいかなと思って」


 大幅に拡張され、がらんとした店内で俺たちを迎えてくれたファラトトさん……少女のような外見だが、耳の先がわずかに尖ったハーフリングの女店主は、やけに早口にそう答えた。


 言わんとすることはわかる。なにせレイリアはいまのところソロで、跳ね馬亭にはほかに冒険者もいない。頭数が必要な作業仕事に、余所からも人を雇うことそれ自体は、別におかしな話ではない。


「だからって四人組パーティをあとから雇うなんて、いくらなんでも筋違いじゃないですか」


「リ、リック、落ち着いてっ」


 複数の冒険者でクエストに取り掛かったとき、その仕事の成果はパーティ単位で評価されるのが常だ。どこのパーティがクエストの攻略に最も貢献したかを、世間は評価するのだ。


 大規模な魔物討伐やダンジョン攻略でも、こうした小さな街の便利屋仕事でもそれは変わらない。


 これが不特定多数のパーティに発注しているクエストならともかく、名指しで声をかけたレイリアに対してあまりに不義理な仕打ちだ。単純な力仕事でソロと四人組パーティを比べてしまえば、仕事量も評価も偏るのは想像に難くないというのに。


 頭数を増やさざるを得ないというのであれば、せめていまのレイリアと同じ、ソロで活動している冒険者に限定してもらわなければ、とても納得はできない。


 だがその訴えに、ファラトトさんは悔しそうに唇を噛んだ。


「そんなこと、私だってわかってます」


「じゃあどうして」


「ごめんね、申し訳ないことをしてるのはわかってるの。報酬は最初に約束した通り、一日働いてもらう分をみんな同じだけ払うから、それで勘弁してちょうだい」 


「リック、わたしはそれで大丈夫だよ。だから……」


 大丈夫なもんか。


 報酬の額の問題じゃないことくらい、この街の人間だったらわかってるはずだ。


 きちんと説明してくれ。そう訴えようとした俺を遮ったのは、外から開かれた店の扉だった。


「ありゃ、もう来てるっすか? や~、お待たせしちゃってたら申し訳ないっす」


 甲高い声と共に入ってきたのは、五人の男女だ。


 魔術師ソーサラーらしき少年に、斥候スカウト風の少女。まだ若く見えるドワーフは神官クレリックだろうか。先導して店に入ってきたフィドルを背負った女は、彼らの吟遊詩人だろう。


 そして彼らに続いて最後に入ってきた戦士ファイターらしき少女は……。


「え、うそ」


「あ、あなた、なんでここに」


 レイリアと少女が顔を見合わせ、互いに目を瞠っている。


 俺も言葉を失っていた。少女のことは、俺も知っていたから。


「どもども、クラン『二つ鍋亭』のパーティ『ツキカゲロウ』一同、ただいま到着したっす。アタシは吟遊詩人のクラリッサ、今日はよろしくお願いするっすよ」


 吟遊詩人の女はそう言って、にやりと笑ってみせた。

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