第10話
クラン『二つ鍋亭』のパーティ、『ツキカゲロウ』。
参った。
クラリッサがそう名乗った途端に、ついでにレイリアが最後に入ってきた少女の姿を見て顔色を変えた瞬間に、おおよそ事のあらましが見えてしまった。
「そういうことなのよ。本当にごめんなさいね」
「ああ、いや……」
俺の顔色を見て、事情を理解したことを察したのだろう。申し訳なさそうに服の裾を引いたファラトトさんが、そっと囁いた。背伸びしても俺の耳元には届いていなかったが。
さておき。
最後に入ってきた少女の顔は俺も知っている。
レイリアがここのところなにかと張り合うことになっていた相手、見習い冒険者のフローレンスだ。そしてそのフローレンスは、道具屋を営むファラトトさんにとって、切っても切れない相手であるグスガン商会のご令嬢と来ている。
つまるところなにか。
ファラトトさんがこんな不義理な仕打ちをしなくちゃいけなかったのは、フローレンスのいるパーティからの横槍を、無視することができなかったからなのか。
「ありゃりゃ、なんか揉め事っすか? そっちは今日のクエストでご一緒するパーティの人っすよね。や~、あとから割り込むみたいになっちゃって申し訳なかったっすけど、ままま、お互い協力しあっていきましょ」
いけしゃあしゃあと宣いながら、片手を差し伸べてくるクラリッサ。
冗談じゃない。いくら大手商会のご令嬢を抱えてるからって、こんな強引なやり方が通用してたまるか!
「ちょっと待ってくれ、アンタその前に言うべきことがあるんじゃ、」
「いったいこれはどういうことですのクラリッサ!」
うおっ。
反射的に張り上げそうになった俺の声はしかし、甲高い少女の声にかき消された。
「ちょいちょいちょい、だから言っておいたじゃないっすか。地味な力仕事だし、先約のある別のパーティもいるっすよって。お嬢がそれでもいいって言うから、やっとこぎつけてきたクエストなんすよ?」
「そういうことを言ってるんじゃありませんわ! どうしてよりにもよって、この人と同じクエストを受けなければいけませんの!?」
フローレンスが、びっとレイリアを指す。
「うぇっ!? まさか、この子が前に話してた、ええと、その、お友達っすか?」
「だ、だ、だ、誰がこんなイノシシ娘と友達ですの!?」
「ちょっと! いきなりイノシシ呼ばわりはひどくない!?」
「あなたは黙っててくださいまし!」
「さすがに黙ってられないでしょいくらなんでも!」
あっという間に矛先がレイリアに向き、レイリアも応戦してしまうものだから気付けば大喧嘩が始まってしまう。一瞬で俺たちみんな蚊帳の外である。
聞きしに勝る苛烈なお嬢様だ。
「ちょいちょい、いいっすか?」
唖然としている俺の腕をつつき、クラリッサが顔を寄せてくる。
「横入りされてご不満なのは重々承知っす。けどその上でお願いするんすけど、今回のクエストは辞退してもらえないっすか?」
「はあ?」
耳を疑った。あとから割り込んでくるだけじゃ飽き足らず、クエストを当日になってキャンセルしろだって?
「そんなこと、できるわけないだろう。当日にクエストドタキャンするような冒険者だって評判が立ったらどうするつもりなんだ」
「んな噂は流さないし流させないっすよ! なんだったら、近い条件のクエストこっちから紹介したっていいっす! だからここは、アタシらを助けると思って折れてくれないっすか」
「なんだってそこまで……」
いや、理由なんてひとつしかないか。
上目遣いに懇願してくるクラリッサの表情には、どこか疲れの色が窺える。
彼女の後ろにそっと目を向けると、ツキカゲロウのほかの面々も、いささか辟易した様子を見せていた。
無理やり割り込んできた鼻持ちならない吟遊詩人、かと思ってしまったのだが。
「なんでもなにもないっすよ、わかるっしょ?」
「……ずいぶん彼女に気を使ってるみたいだね」
「使うに決まってるじゃないっすか」
フローレンスとレイリアの大喧嘩に紛れ、クラリッサはため息を吐く。
「最初はアタシも、グスガン商会のお嬢様の担当なんて、新米には美味しすぎる話だって浮かれてたっすよ。でもいざ受け持ってみるとお嬢は気難しいし、持ってくるクエストはどうしても選ばなきゃなんないし」
「それで道具屋の引っ越し手伝い?」
「しゃーないじゃないっすか。いきなし危険なクエストに放り込むわけにもいかないし、かといってドブ浚いみたいなクエスト持ってくるわけにもいかないし。その点ここなら、商会のことも知ってるから下手な対応はされないっすからね」
「だからってレイリアに辞退しろなんて、いくらなんでも強引過ぎる!」
「だってもしご機嫌損ねて商会長にチクられでもしたら、アタシの首が飛ぶどころかクランにも迷惑かかるんすよ? だいたい、たしか跳ね馬亭って言ったっすか? お嬢に目を付けられたらヤバいのは、むしろそっちなんじゃないっすか」
「……ッ!」
跳ね馬亭は二つ鍋亭みたいな大手とは違う。吹けば飛ぶような弱小クランだ。
だからって、このまま黙って引き下がれって言うのか。仮にクラリッサが斡旋するクエストを受けたとしても、レイリアに期待してオファーしてくれたファラトトさんの厚意は無碍にすることになってしまう。
吟遊詩人として、冒険者にそんなことは、させられない。
「も~~~っ! あったまに来ましたわ!」
歯噛みする俺を余所に、レイリアとフローレンスの口喧嘩は、いままさに絶頂に差し掛かろうとしていた。
「だいたいあなたみたいなガサツな方では、品物を棚から棚に移すのだってあぶないのではなくって!?」
「そっちこそ力ないんだから、箱一個持ち上げるのも一苦労なんじゃない!?」
「言いましたわね!? でしたら、どちらがより仕事を進められるか勝負ですわ!」
「受けて立つよ! 今日もわたしが勝たせてもらうから!」
「あら、記憶力までなくしてしまわれて? いま勝ち越してるのは私のほうですわ」
「昨日のは二人ともトレーナーにしごかれてぶっ倒れたんだから引き分けだよ!」
「先に休憩場所に到着したのは私ですわ!」
「……ん?」
「……ありゃ?」
思わずクラリッサと顔を見合わせる。
なんか話が妙な方向に転がっていたような?
「レイリア? ええと、なにがどうなったんだ?」
「お嬢? いまなんて言ったっすか?」
「勝負だよ勝負! リック、わたしとこの子で、どっちが早く品物を運び込めるか競争するのっ! 跳ね馬亭とリックの名に懸けて、絶対負けないから!」
「いくらでも吠えるとよろしいですわ! 聞いておりましたでしょうクラリッサ! 判定は吟遊詩人のあなたがたがなさってくださいまし!」
「え、はい、わかったっす……?」
俺もクラリッサも、ツキカゲロウの面々も、それにファラトトさんも。
みんなが揃って呆気に取られている間に、レイリアとフローレンスはずんずん店の奥へと向かって行ってしまう。
どうしてこうなった。
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トルバドール!~弱小クランの吟遊詩人が少女たちを冒険者として育て上げる~ ふぉるく @boogiefolk
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