銃口

水月日暮

銃口

 すみません、その丸眼鏡を外してもらってもいいですか、え?俺の顔が見えなくなる?そんなことはいいでしょう。いや、むしろ見ないでください。俺からずっと目を逸らしていてください。すみませんね……。とりあえず俺の話を聞いてもらえませんか……。

 あれは先週のことでした。水曜の昼ぐらいだったかな。何もすることがなくて街を歩いていたんです。そうしている内に、随分文学的な気分になってきましてね。ううん、説明が難しいんですが、自分の考えていることや行動を一々頭の中で勿体ぶった文章にしてしまうんです。例えば、「私は冬の商店街を歩いている。平日の昼なので人通りは疎らだ。どうして、こんなことをしているのだろう、と私は少し何かに急かされる気分だ」みたいに。あるでしょう、そういう事。

 そうなると頭の中に集中してしまって、周りが見えなくなるんです。音も聞こえなくなります。ぼんやりしたまま歩いていて、しばらくしてハッと現実に引き戻されたんです。そのとき、いきなり飛び上がる程の恐怖感に襲われましてね、背筋がゾワゾワしたんです。何かに殺されるんじゃないかという恐怖でした。しかし周りを見渡したところで、誰も俺の事を気にしている人間なんかいません。下を向いて、恐怖感の理由が解りました。すぐ足下にはマンホールがあったんですが、あの、蓋のあるべき場所が真っ暗闇だったんです。いや、蓋が開いていたんじゃありません。俺はその上に立っていた訳ですからね。つまるところ真っ暗闇になっているというのは俺の幻覚だったんです。

 それで俺は、その空洞から砲弾が発射されて俺を撃ち殺すんじゃないか、と、そういう気がしてたまらなくなったんです。耐えられなくなって走って逃げたんですが、その間もひっきりなしに俺を恐怖が襲いました。車のタイヤ、行き交う人々の瞳、信号機……。街中には丸い物が沢山ありますけど、それら全てが俺を狙う銃口に感じるんです。今にも発射されんばかりのね。

 家に逃げ帰った訳ですが、俺はいよいよ困りました。家の方が、丸い物が多いじゃないですか。まず頭上にデカデカと丸い照明がある。それが、今の俺には巨大な大砲の発射口にしか思えないんです。それでまた家を飛び出して、公園を見つけて、そこのベンチにしばらく座っていました。そこには丸い物がありませんでしたからね。その内、段々日が暮れてきて、これからどうしようと考えていたところ、また、あの恐ろしい感覚が襲ってきました。ええ、その日は満月だったんです。

 あれから数日、恐怖の中で過ごしました。家の中で、できるだけ照明の下に入らないように生活するのは骨が折れましたね。風呂にも入れませんよ、シャワーから殺される様な気持ちになりますからね。

 そこで、どうにかしようと思っていたところに、精神科医の看板を見つけたもんで、入ってみたんです。いや、治して欲しいんじゃないんです。あらゆる物に銃口を向けられながら生活する内にですね、俺は自分が撃ち殺されてしかるべき人間なんだと思うようになったんです。数十年生きてきて何もできず、人からの期待を裏切ってばかりだった。時間と金を空費するばかりでした。何かを成し遂げる人間になりたくて、色んな物に手を出したんですが……。音楽、詩、小説、どれにも才能が無いようでした。ああ、才能が無い訳じゃなく、才能が出るまで努力することすら出来なかった。努力が出来ない人間には、才能があっても無駄ですよ。それは俺も良く承知しています。

 俺はどうしようもない人間なんです。ですから、これを……。ええ、拳銃です。本物です。弾も一発だけ入っています。昨日、自分に向けてみたんですが、どうしても引き金を引く指に力が入らなかった。俺は最後まで卑怯者の意気地無しですよ。エへヘヘヘ……。どうやって手に入れたのかは言えませんよ。すみません、俺の眉間目がけて撃ってください、一生のお願いですから……。

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銃口 水月日暮 @mizutsuki_higure

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