第5話

嫉妬の温度と、地味花の咲く場所


推しの隣に立つ彼女を、初めて間近で見たときのことだ。


ノースリーブの白。

肩の骨がすっと流れるように見えて、

その上に落ちた髪の影が、舞台照明の名残のように揺れていた。


朗らかで、明るく、

“隣にいて絵になる”という言葉をそのまま映したような美女だった。


――あぁ、これは画(え)になる。


思わず、胸の奥で小さく呟いた。

嫉妬とは、もっと刺すような痛みだと思っていたのに。

その日は、妙に温度の低い痛みだった。


彼女には、ノースリーブもオフショルダーもよく似合う。

透明な肌に光が乗って、華やかな花片のように舞っていた。


私は観客席の影にいて、

どこかでそっと息を吐いた。


「着せないでよ……」

心の中だけでつぶやいた言葉は、

紛れもなく嫉妬の色をしていた。


でも、驚いたことに、

私はその嫉妬を完全には否定できなかった。


歳を重ねてから芽生える嫉妬は、

若い頃のそれとは違う。

激情でもなく、焦燥でもなく、

もっと静かで、もっと深い。

まるで熟成されたワインの渋みのようだ。


私はふと思う。


もし、あと20、30年若かったとしても、

私はああいう“光ごと着るような美しさ”にはなれなかっただろう。

地味花のままだったはずだ。


だが——


地味花には地味花の咲く場所がある。

そう思うと、不思議と心が波立たなくなった。


舞台の上で推しが見せる成熟した動き。

その背後に、控えめに咲いて支える花があったら——

それはそれで、絵になるのかもしれない。


地味花というのは、

光を奪わない花だ。

隣に立つ誰かを輝かせる代わりに、

自分は香りを深く蓄える。


推しの隣に立つ彼女は華やかだった。

でも、私の隣に立つ推しは、

いつだって心の真ん中で、

静かに熟れて、深く息づいている。


その夜、帰宅してぬか床を混ぜながら、

私はそっと笑った。


「嫉妬も、発酵するのね……」


混ざりあって、

いつか酸味も旨みに変わる日がくる。

それを知っている年齢になったのだ。


指先に沈むぬか床の温度が、

やわらかく胸の奥まで伝わった。


私は地味花でいい。

深い香りを持つ、控えめな花で。


推しという“季節の主役”を見つめるために、

静かに咲いている。

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