無限回転フィギュアスケート

ユウグレムシ

 

 とあるフィギュアスケート大会で、世界最高峰の演技が披露されていた。高評価を得るため、なるべく他人に真似できないような難しい技を目指して皆がしのぎを削った結果、スケーターは演技開始直後にジャンプしてから一度も着氷せず空中で回転し続けるのが最適解、という状況に至っていた。


 スケーターひとりが演技していられるのは、BGMの演奏が終わるまでの限られた時間である。しかし持ち時間が有限なら、そのぶん高速回転すればいい。三回転、四回転、五回転、六回転と、審査員が肉眼で視認できる程度だった演技は、スケーター達の練度が向上するにつれ、回転数の計測にハイスピードカメラや解析AIが必要となり、今大会で世界最高峰のスケーターが見せた演技では、ついに無限回転が達成されようとしていた。


 無限回転を目指すほど超高速で回り続けるスケーターの衣装に、空気との摩擦熱で火がつき、会場が焦げ臭くなってきた。だが着氷すればタイムロスであり、ライバル達に回転数で負けるおそれがある。ジャンプは一度きりで、そのあいだ一瞬でも回転をやめるわけにはいかない。無限回転を達成したあかつきには、今後誰も越えられない最高記録を打ち立てることができる。スケーターの実力は充分。審査員と観客と画面越しの視聴者は、手に汗を握り、固唾を呑んで、人類が歴史に刻む新たな偉業を見守った。スケーターは今や、空中に立ちのぼる炎の柱だった。


 ……そしてBGMが終わったとき、スケートリンクには一塊の灰だけが残った。それは世界で一番美しい灰だった。スケーターは演技に全身全霊を捧げ、文字どおり“命を燃やし尽くした”のである。無限回転こそ成らなかったものの、究極のスポーツマンシップに世界中から拍手と歓声が贈られた。


おわり

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