第29話「魅力的な格好」

「――さて、そろそろ寝ないといけないんだけど……」


 あれから時間は経ち、雛の手料理を五人で食べ、それぞれ順番に風呂も入った後のこと。

 (ちなみに普段高級料理ばかりを食べている翠玉は、真莉愛さんのお気に入りである雛の手料理ということで、下手に文句を言えない状況で最初こそなんとも言えない様子だったが、出来上がったものを見ると驚き、その後は文句どころか頬を緩めながら食べていたので、庶民の料理も口に合ったらしい。というか、雛の料理が上手すぎるのだろう)


 俺は自分の部屋で、もうこのまま一人で寝てしまってもいいんじゃないのか?

 と考えていた。


 というのも、普段翠玉と風麗は一緒に風呂に入り、白雪さんを始めとしたメイドさんが体を洗ったりしているようだが、薬の影響がある翠玉は一人でお風呂に入った後、空き部屋を割り当てた翠玉と風麗の部屋にこもってしまったのだ。


 当然俺は自分の部屋で寝るわけだし、このまま彼女がこなければそれはもう翠玉のせいなので、俺は真莉愛さんにそれを主張すれば怒られるのは翠玉一人だけだろう。

 つまり、俺からすればこのまま彼女がこないほうが、都合が良いのだ。


 だが――。


「――そんな都合良く、物事は進みませんよ?」


 ベッドに入ろうとしていると、部屋が三度ノックされ、開けてみたらジト目の白雪さんが立っていた。

 どうやら俺の考えを見越していたらしいが、それよりも俺は彼女の格好が気になってしまう。


「ケモ耳、パジャマだと……!?」


 白雪さんは、自分はメイドだからと一番最後にお風呂に入ることを譲らなかったのだけど、俺の部屋を訪れたお風呂上がりの彼女は、まさかの猫耳らしきものが付いたフードを被っていた。

 服はパジャマなのだけど、元々童顔で小柄なせいもあり、とても似合っている。

 しかし、根はともかく表面はクールな彼女がこんな愛らしい格好をしているのが意外過ぎて、俺は衝撃を受けていた。


 どこで買えるんだろ……?

 雛に今度買ったら着てくれないかな……?


 と、思っていると。


「あまり、ジロジロ見ないでください……。これは、風麗様の言いつけで昔から着ているだけです……」


 ケモ耳パジャマは恥ずかしいらしく、白雪さんは顔を赤くして拗ねたように目を背けてしまう。

 なんだ、このかわいい生き物は。

 そして風麗、君センスいいし、いい仕事をするな。

 他はともかくこの点だけは、話が合いそうだ。


 それに彼女に話を持ち掛ければ、雛にこのケモ耳パジャマを着させる手伝いをしてくれるかもしれない。

 明日一緒に寝るのだし、割と本気で相談してみようかと思った。


「へぇ、よく似合ってるよ」


 俺は頭の中で考えていることを顔には出さず、笑顔で彼女の格好を褒める。


「これを似合ってると言われても、嬉しくありません……って、な、撫でないでください……」


 あまりにもかわいらしいので頭を撫でると、白雪さんはくすぐったそうに体をよじり、文句を言ってくる。

 だけど、なぜか撫でられる手から逃げようとはしなかった。

 彼女のスピードなら、一瞬で逃げることができるだろうに。


 つまり、言葉では否定していても、本当は撫でてほしいのだろう。

 素直になれない妹みたいで、やっぱりかわいい。


「そんな、微笑ましそうに見ないでください……。怒りますよ……?」


 無言で撫で続けていると、白雪さんは赤くした顔のまま上目遣いで俺の顔を見てくる。

 しかしやはりかわいいだけで、教室で会った時のような只者じゃない感じの覇気はない。

 翠玉みたいにツンツンしているのに、なんでこうもかわいらしさが違うのだろうか?


 ――まぁ、単純にやってきたことの数々の違いと、翠玉の場合生意気な部分が目立つからだろうが。


「……私の前でいちゃつくのはやめてくれないかしら?」


 白雪さんをかわいがっていると、突如普段よりも声のトーンを落とした威圧的な声が聞こえてきた。

 白雪さんの後ろにいた、翠玉が出した声のようだ。


「いたのか」

「気が付いていたでしょ!?」


 俺が仏頂面で返すと、翠玉はすぐにツッコミを入れてきた。


 いや、まぁ……視界には入っていたのだけど、白雪さんがかわいらしすぎて意識には入っていなかったというか……。

 うん、意識に入れたくなかったというのが、正直なところだな。


「いちゃついてもいませんよ!?」


 そして白雪さんは白雪さんで、『ツッコミが数秒遅くないか?』という反応を見せる。

 普段の様子ならもっと早くツッコミを入れただろうに、さては撫でられるのに夢中で、意識が遠のいていたか?


「……氷、少し二人きりで話をしたいから、部屋から出ていなさい」


 翠玉は白雪さんに対して少し思うようなところがありそうだが、そこには触れず、俺と二人きりになろうとする。

 俺は一瞬警戒をするが、風麗の頭を撫でた時に感じた圧は今は感じず、俺に対する殺気も感じなかった。


「しかし……」

「いや、大丈夫だ。ちょっとだけ翠玉と二人きりにしてほしい」


 翠玉を俺と二人きりにさせるのは危ない、と思っているらしき白雪さんが躊躇するが、俺のほうから促しておいた。

 おそらく翠玉は、何かしらの交渉をしようとしているのだろう。


 となれば、白雪さんがその場にいると困るというのは、わからなくもない。


「……わかりました」


 俺が強い意志を込めて言ったからか、白雪さんはおとなしく引き下がってくれて、自らドアを閉めてくれた。


「氷は、私の従者なのに……」

「お前の指示を聞いたんだから、別にいいだろ」


 若干納得がいかない様子を見せる翠玉に対し、俺は苦笑を返す。

 それにしても……。


「薄着すぎないか……?」


 意外にも、俺の部屋を訪れた翠玉の格好は、Tシャツ一枚とかなり短めの短パンだった。

 今は春なので寒くはないだろうが、お嬢様のイメージが強い彼女だと、白雪さんみたいに長袖長ズボンのパジャマを着そうなイメージがあるが……。


 いや、お金持ちならネグリジェか?

 でも、男と一緒に寝るのに翠玉がそんなのを着るとは思えず――Tシャツと短パンという無防備な格好も、違和感があった。


「うるさいわね……男は、こういうの好きなんでしょ……?」

「お前、男嫌いじゃなかったのか……?」


 まるで男――というか、俺に媚を売るような格好に、俺は戸惑いを隠せない。

 どう考えても、裏があるように思える。

 しかし、プライドの高い翠玉が何かの策とはいえ、こんな媚を売るような格好をするなんて……うん、変だ。


「嫌いよ……。私や風麗のことを、ジロジロと下品な目で見てくるんだから……」


 やはり、俺の認識は間違っていなかった。

 翠玉はあからさまに男を遠ざけていたし、女子に接する態度よりも数段男に接する態度は悪くなる。


 その理由は、容姿が良すぎるせいで昔から向けられてきた、下心満載の視線によるものだったのだろう。

 ましてや、彼女が大切にしている風麗は胸もかなり大きく――思春期の男子たちが、欲情をしないはずがないのだ。

 故に、風麗が傷つかないように男を遠ざけていたのだろう。


 その点俺は、そういう目は向けないように気を付けていたので、他の男子たちと違って普通に話はしてもらえていた感じか。

 一応、雛と風麗がぶつかることがなければ、険悪な関係にはなっていなかったしな。


 まぁ俺は、元々女王様のように振る舞う彼女のことが、好きじゃなかったが。


「じゃあ、なんでそんな恰好をしてるんだよ……?」

「察しがいいんだから、わかりなさいよ……」

「まぁ、何かしらの裏があることはわかるが……さすがに意図までは読めない」


 単純に考えれば、俺に選ばれて天上院財閥の正当後継者になりたいというところだろうが、こいつが風麗を蹴落としてまでそのポストに収まりたいタイプとは思えない。

 むしろ、こいつの性格なら風麗をそのポジションに置き、自分は風麗を守る立場に行きたがる気がする。


 ただそうなると、それは風麗が俺と結婚するということなので、風麗を誰にも取られたくない翠玉が看過できない――というところまでは、想像が付く。


 だが――これほどプライドを捨ててまで、できることなのか?


 という疑問が強かった。


 なんせ、翠玉はプライドが高すぎる少女なのだ。

 そんな彼女が、そうやすやすとプライドを捨てられるとは思えない。


 ましてや、バチバチとやりあった俺に対して媚を売る行動など、今までの彼女なら死んでも嫌なはず。

 むしろ、俺に取り入ろうとしているように見せて、罠に嵌めようとしているほうがしっくりとくるくらいだ。


 そう考えていると――

「……っぅ。お願いします、私を選んでください……。私から、風麗を取らないでください……」

 ――悩む俺に業を煮やしたのか、翠玉は突然信じがたい行動に出た。


 俺に、土下座をしてきたのだ。

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