第24話「天国のような空間」

「――ただいまぁ……」

「お兄ちゃん……!」

「うぉ……!?」


 家の玄関を開けるなり、勢いよく小柄の少女――雛が、飛び出してきた。

 俺が慌てて受け止めると、雛はグリグリと顔を俺の胸に押し付けてくる。

 少し、泣いていたようだ。


「お帰りなさいませ、英斗様」


 その後ろからは、優しい笑みを浮かべた白雪さんが現れた。

 学校で会った時と同じ子とは思えないくらいに、表情が柔らかい。

 約束通り、雛のことを見ていてくれたのだろう。


「ただいま。問題は何もなかったか?」


 俺は優しく雛の頭を撫でながら、どうしてこんな態度になっているかはだいたい予想が付いているので、そこには触れず白雪さんに話しかける。


「えぇ、もちろんです。まぁ……英斗様のことを心配なさる雛様が、何度も家を飛び出そうとするのを止めるのは、いささか苦労致しましたが」

「だ、だって、お兄ちゃんが酷い目に遭わされてないか、心配だったから……」


 苦笑する白雪さんに対し、雛が恥ずかしそうに顔を赤く染めて言い訳をする。

 雛の口調が敬語からタメ口になっているので、クラスメイトと知った後打ち解けたのだろう。


 俺は妹二人がじゃれているように見えて、少しほっこりとする。


 いや~地獄見たいな修羅場を乗り越えた後だと、ほんと心にみるというか……。

 温度感が違いすぎて、まるで別世界のようだ。

 天上院家が地獄だとしたら、こっちは天国だろう。


「それで、話し合いは問題なく終わりましたか?」


 おそらく全て知っているであろう白雪さんが、雛の前で俺に確認を取ろうとする。

 本当にこの子は優秀だな、と思いながら俺は笑顔で口を開いた。


「あぁ、おかげさまで・・・・・・、全て丸く収まったよ」


 君が真莉愛さんを呼んでくれたおかげでね、という意味を込めて、俺は頷く。

 まぁ正直本当にすべて丸く収まったかというと、多分そうでもないし、ここから面倒事は続くだろうけど。


 失禁してピクピクと体を震わせながら放心していた翠玉えめらは、我に返るなり顔を真っ赤にして俺に『誰にも言わないでよ……! あと、即行で忘れなさい!!』と、詰め寄ってきていたし。


 ましてや風麗ふれいはともかく、あの翠玉が俺の許嫁なんて……絶対ロクなことが起きない。


「ふふ、それはよろしかったです」

「お兄ちゃん、本当にあの翠玉さんたちを説得できたの……?」


 満足そうに微笑む白雪さんとは反して、雛は不安げに俺の顔を上目遣いで見てくる。

 翠玉の横暴さや理不尽さしか知らない彼女からしたら、どういうふうな話し合いが行われたか、想像も付かないのだろう。


 まぁ実際は、話し合いというよりも、果し合いだったのだが。

 しかも最後は、とんでもない飛び道具によって決着したし。


「あぁ、写真も全部消させたし、お付きの奴らが持ってるのも、翠玉が責任もって消してくれるってさ」


 なんせそうしなければ、真莉愛さんからのまたとてつもないほどきついお仕置きが、執行されるだろうから。

 翠玉はあのくすぐりに関して、もう二度と受けたくないと怯えていたし、正直俺もあれは絶対に嫌だ。

 あれは、人の尊厳を奪う、とてつもなく恐ろしいお仕置きだった。


 まぁ……翠玉や風麗がされる分には、容姿が良すぎるせいで一部のマニアックな層どころか、結構大半の男に対しては需要がありそうな気もしなくはないが。


「よかった……」


 雛は心底ホッとしたように胸を撫でおろす。

 兄が揉めずに済んだというのもあるだろうが、やはり自分の下着姿を消してもらえたことによる安堵だろう。


 まぁ……まだ、終わってはないのだが。

 雛を酷い目に遭わせた他の奴らへの仕返しは、できていないのだし。

 風麗は自分のほうでお仕置きをすると言っていたけれど、絶対に甘い処置をするので、俺が直々に話をつけないと気が済まないと言って譲らなかった。


 雛に泣いて謝るまでは、徹底的に怖い目に遭わせてやろうと考えている。


「さて、俺も帰ってこれたわけだし、白雪さんはもう帰ってくれていいぞ?」


 彼女は俺に借りを作らないために、俺の要求で家に残っていてくれただけだ。

 用が終わった以上、白雪さんには家に帰ってもらって問題はないし、翠玉ももう今回の件で白雪さんには何も言えないだろう。


 真莉愛さんが目を光らせているのもあるが、なんだかんだ、彼女たち自身も白雪さんに救われた形だ。

 あのまま何も知らず、俺とぶつかり続けていたらもっと酷いことになっていたし、真莉愛さんの怒りも、くすぐりや脅しでは済まないレベルになっていただろうからな。


 それはそうと、白雪さんのお母さんってやっぱり真莉愛さんの系譜だったし、彼女の娘である白雪さんに、そもそも翠玉は酷いことをできないんじゃないか……?

 とは思った。


 だってあの人、可哀想だなんだ言いながら、泣いて許しをう翠玉のことを、クソいい笑顔でくすぐり続けていたからな。


 絶対あの人も、ドSだよ。


 そんなことを考えていると――

「あれ? 何も聞いておられませんか?」

 ――俺に帰っていいと言われた白雪さんが、何やらキョトンとした表情を浮かべた。

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