第25話「玄関での攻防」

「聞いてないというのは……?」


 一瞬、『許嫁のことか?』とも思ったが、それは白雪さんが帰らない理由とは繋がらない。

 となると、他に考えられるのは――いや、まさかな……。


 さすがの真莉愛さんでも、そんなことはしないだろう。


 ――と、思った直後のことだった。


 ピンッポーンと、インターフォンが鳴ったのは。


「あっ、お越しになられましたね」


 俺に説明をしようと口を開きかけた白雪さんは、手間が省けたとでも言わんばかりに俺の横を通り、ドアの鍵を開けようと手を伸ばす。

 俺はそんな彼女の手を、痛くないように優しく掴んだ。


「い、いきなり手を掴まれると、困ります……」


 白雪さんはやっぱり翠玉えめらたち同様、男子とはあまりかかわらず生きてきたのか、顔をほんのりと赤く染めながら、上目遣いで俺に抗議をしてきた。

 しかし、俺はそんなことおかまいなしに、力強い意志を込めた瞳で彼女を見つめながら、首を横に振った。


「開けたら駄目だ……」

「お兄ちゃん……?」


 一人状況を理解できていない雛は、戸惑ったように俺の顔を見てくる。

 もしかしたら、雛には白雪さんの迎えが来たのに、俺が止めているように見えているのかもしれない。


 だけど、違う。

 これは、絶対に開けさせてはいけないドアだ。


 なんせ話の流れを考えるなら、このドアの向こうにいるのは――。


「駄目です、私まで真莉愛様に怒られてしまいますから」

「あっ、こら……!」


 俺が止めているほうの手ではないほうで、白雪さんは持ち前の速さを生かし、一瞬で鍵を開けてしまう。

 俺は瞬時にドアノブに手を掛け、絶対に開けられないように思いっきり内へと引っ張った。


「ずるいです、力勝負では勝てないのわかっているでしょう……!」

「だから強引に引き留めてるんだよ……!」


 白雪さんが拗ねたように頬を小さく膨らませて抗議をしてくるが、これを開けさせるとまずいことになるとわかっている俺は、絶対に譲らない。

 右手を使ってドアを引き留めているので、空いている左手で鍵をかけ直そうとすると――白雪さんが、手刀で弾いてきた。


「邪魔をしないでくれ……!」

「こちらの台詞ですよ……! 無駄な抵抗だとわかっているでしょう……!?」

「いや、開けなければ、諦めて帰る――」


『――英斗く~ん? 五秒以内に開けないと、わかっているわよね~?』


 突如外から聞こえてきた、悪魔まりあさんの声。

 白雪さんと玄関で争っている俺の声は、しっかり外にも聞こえていたらしい。


 直後、俺はすぐさまドアを開けた。


「手のひら返しが早いですよ!?」

「馬鹿、あの人に逆らえるわけないだろ……!」


 というか、真莉愛さんまで来てるとは思わなかった……!

 これなら、すんなり白雪さんにドアを開けさせておいたほうが、まだマシだったぞ……!


「ふふ、どうせ抵抗するだろうな~と思ったから、私も来たのよね」


 ドアを開けると、とても楽しそうな笑みを浮かべている真莉愛さんが立っていた。

 その後ろには、少しご機嫌そうな風麗ふれいと、なぜかまだ顔が赤く、俯きがちの翠玉えめらがいる。


 後ろの二人は予想通りだが、真莉愛さんがいるのは本当に誤算だった。

 まぁ彼女が来たのは、俺の行動を読んでいたかららしいが……。


 くそ、ほんとこの人厄介だ……。


「ほら、二人とも入りなさい」


「はい……」

「は、はい……」


 真莉愛さんが指示を出すと、風麗は普通に入ってきたが、翠玉は体をビクビクとさせながら、少し歩き辛そうに入ってきた。

 雛に対する罪悪感で居心地悪そうにしているか、それとも風呂場であんな光景を俺に見られたから、恥ずかしがっているか。


 ――いや、これはどちらでもなさそうだな……?


 と、疑問に思っていると。


「あぁ、この子のことが気になるの? あの薬、塗った部分だけじゃなくて、肌から体に吸収するから、時間が経つと全身に効果が広がっちゃうのよね」

「あなたはほんと、娘になんてものを使っているんですか……」


 とても素敵な笑顔で説明をしてくれた真莉愛さんに対し、俺は額に手を添えながらツッコミを入れた。

 道理で翠玉が歩き辛そうにしているわけだ。

 というか、それなら家で休ませておいてあげればいいものを……。


「それはそれとしまして、家にこられるなら、俺も連れて帰ってくださればよかったのに……」


 俺はわざわざあの後、バスと電車を使って帰ってきたんだから。

 時間と金を無駄に浪費してしまった。


「だって、翠玉のあんな姿を見た英斗君には一人になる時間が必要かな、と思ったもの。もしそうだったら、私たちのほうが早く着けるように計算して出たのだけど、私たちが後ということはまっすぐと帰ったのね? 偉い偉い」


 うん、やっぱりこの人悪魔だ。

 俺より先に着いていたら、絶対そのことを理由に弄ってきたり、酷かったら俺にお仕置きをしようと考えたりしていたらしい。

 よかった、まっすぐ帰っておいて……。


「俺はあんなのを見ても、なんとも思ってませんからね……」


 と、かわいい妹の前では強がっておく。

 そんなかわいい妹は、翠玉と風麗の登場により、俺の背中に隠れてしまっているが。

 俺の背中から顔だけを出し、真莉愛さんの顔色を窺っている姿は、やっぱりかわいかった。


「それで、真莉愛さんたちがこられた理由は、もしかして……?」

「そっ、この子たちは今日からここで暮らさせることにしたの。せっかく許嫁になったのに、今まで通りだとつまらないでしょ? あっ、寝る時は毎晩交互に一緒に寝てね? 平等しないと、片方が可哀想だもの」


「嘘でしょ……」


 やっぱり、俺が思った通り翠玉たちは今日から俺と同棲をするらしい。

 白雪さんが屋敷に帰らない理由だなんて、そんなところだと思ったのだ。

 だから、開けたくなかったというのに……。


 あと、一緒に寝るってなんですか?

 風麗はともかく、翠玉と?

 えっ、俺寝ている間に殺されない?


 問題が解決したと思ったら更に頭が痛くなる厄介事を押し付けられ、俺はもう勘弁してくれと心底思うのだった。


====================

【あとがき】


ちなみに、やっぱりこういう時って年功序列ではないですが、

姉ファーストですよね、にこにこ(^^)


これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪


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