世、妖(あやかし)おらず ー愛像玩具ー

銀満ノ錦平

愛像玩具


 昔遊んだ玩具が汚れている。


 それは当たり前で…俺が小さい時から遊んでいた玩具だったので、涎跡が滲み、他の黒ずみの汚れが拭いても落ちない位にはもう染み付いている玩具を俺は掌に乗せ眺めている。


 汚いなんて思うはずもない。


 もうこの玩具も俺の家族も同然なのだから。


 だけど父も母も兄弟も…この玩具を家族とは思っていない…唯の汚く汚れ、早く捨てろと俺を見る眼差しがとても辛かった。


 それでも俺はこの玩具を捨てる事は決してしない…何故ならこれは俺にとっての家族なのだから。


 話もしないし、意思もない。


 勿論生きているわけでもない。


 生きていないから他人が唯の物として扱われているのは仕方ないし理解もしている。


 だが…どうしても納得出来なかった。


 掌に持っている感覚も、まるで身体の一部の神経を統合しているのではないかと思うほどの一体感が俺の身体に滲み寄せて来るのが、肌に伝わって俺は嬉しかった。


 生きているはずも無い、唯のプラスチックと塗装されているだけの一欠片のブロック玩具。


 当たり前だが…これには、生物組織の欠片も微塵も一片も断片も何にも材料に入ってはいない。


 仮に入っていても生物の細胞というのもは1つや2つ入ったところで無機質な物体に組み込まれたとしても長く生きられるわけないし、増殖して組み込むなんてSFでしか聞いたことのない現象を起こすわけもない。


 血や肉片が付いていても…組み込まれていても、このプラスチックの塊に変化など起きるはずが無いのだ。


 脈は打たない、自発的に動かない、意思も無く、表情も無い…話しても返してこないし、懐いてくるなんてこともない…なんとも無い無い尽くしではあるが、それでも人を楽しませる能力を持っている。


 いや…能力というよりは人間の感性がそうさせているんだから人それぞれなのは事実ではあるとは思うが…。


 なら、もしこの一片のブロック玩具に意思を持っていたら今の状態をどう感じ取っているのだろう。


 汚くされて自身の貫禄が付いてると喜んでいるのか…それとも酷いやつと恨みを持っているのか…。


 しかもこの一つのブロックだけで他の仲間…いや、家族を私は捨ててしまっている…。


 勿論捨てた理由は汚れていた為なのと、歳も過ぎ必要の無いものとなったからで、それは勿論大人としていらない物に成り代わっているし利用していた私ももう当たり前だが使うことも無く置物にも成らず…押入れの隅っこにずっと納めていたままだったので大掃除の際に一箱分全て捨ててしまった。


 悲しくはあったが、歳も歳だし、あれを残していても…と寧ろ憑き物が落ちたかのような安堵感を得たようにも感じた。


 が…捨てた後に他の押し入れも整理していると、何故か捨てたブロック玩具の生き残りを発見した。


 ホコリまみれで黒ずんでて…素手で触るのも億劫に成る程の汚れ…しかしそれは我が家という戦場を駆け巡り、泥をすすりホコリを被って我々の目から逃れ…知らず知らずに別の押し入れへと逃げ果せていたのだ。



 それを俺は…捨てることができなかった。


 当たり前である。


 戦場を生き残り、片隅でずっと捨てられるかの瀬戸際…絶望的状況にもそうとう耐え忍んだのであろうと思うと俺は即座にゴミ箱へ投げ捨てるなんて行動が取れなかった。


 だから今、俺の手元でじっとしている。


 いや…置かれていると言ったほうが正しい。


 物なんだから…生きていないんだから…無機質の無生物でしかないのだ。


 だが…それでも俺はこの手元に置いた玩具に暖かい視線を向ける。


 しかしそれは多分、愛情ではなく憐れみでしかないとは思う。


 うちには他にも価値のあるフィギュアや本が山程棚に飾っているが、この手元に置いてるちっぽけなブロック玩具とは雲泥の差の素材も価値も魅力もある。


 それでもこのブロック玩具には俺との共に同じ屋根の下で過ごしていたという時間(とき)の流れという誰にも…この世の理では逆らうことが出来ない月日の歴史という概念的価値に関してはこのブロック玩具の表に出る相手など誰もいないと自負する程で、そこに漬け込む隙も隙間すらも入れない…と思いたい。


 ひとまず見つけた以上は、綺麗にしないといけないと考えタイミングよく風呂を入れる時間だったのでこれも何かの縁…と一緒に入ることにした。


 入る前に入水を済ませ、暖かいお湯に足からひっそりと浸る。


 肩まで浸かるお湯がいつも以上に身体に温もりを与えている気がしたが、そういえば押入れの掃除を結構な時間していたのをこのブロック玩具を目にして以降すっかり忘れていたらしい。


 疲れがお湯の中にに溶けていくのが身に沁みてゆく。


 おっと、すまないな相棒…お前も入りたいか…そうキザったらしく湯の外に置いていたブロック玩具にお湯を浴びせ、ある程度汚れを取った後に私と同じお湯に浸からせる。


 心做しか俺と同じく顔を赤くさせながら表情を緩くさせている様に見えた。


 

 そういえば…風呂に玩具を持ってきて遊んだなあ、なんて思い出にも浸りながらプラスチックで無機質、顔も表情もないこの玩具と俺は顔を合わせてお互いに思い出を共有している気で滑稽にも唯の物に俺は同志としての感情を向けてしまっていた事にここで気付いてしまったと同時に、今まで忘れてしまっていた一つのブロック玩具の欠片…これは俺の記憶のピースでもあった訳でもあったのだと気付いたのだ…。


 ほんの十数分…今までになかった気持ちが湯気と共に溢れ出てくる。


 親心とも言えない…親友としての感情とも言えない…だからといって家族としての気持ちとも言えない…。


 強いて言うなら戦友なのではないかと私は思う。


 和気藹々(わきあいあい)と馴れ親しむ関係では無くなってるし、こいつもきっと私とは一緒にいたくないかもしれない。


 だけど…今日からはこいつも私の家族の一員だ。


 こいつの失った家族の代わりに私が温めなければならない。


 人としてあり得ない行為だろうがもうこいつに私は…愛情を与えなければと言う心境の穴に深く潜り陥っていた。


 親にも兄弟にも流石にこの事を言ってしまうとドン引きされてしまうのは目に見えるから敢えて言うなら私自身の初の家族の一員となったんだとそう捉えることにして、私は風呂から出た後にドライヤーでお互いを乾かして、自分の部屋で勉強机の中心に新しい家族を立たせて私はじっと母性溢れる眼差しで見つめる。


 名前を何にしようか、服は自作で作らないといけないか、食事は…流石にできないからせめて私のご飯を神棚に供える様に前に置いておこうかと悩み始めるほどに…。


 変なドーパミンがじゅわじゅわと湧き出てくるかのようにこの…この子に愛情を注ぎたくなる精神に私は段々と汚染されていた事実にこの時にはまだ何とも思っていなかった。


 風呂から出して泡を立ててまで洗ったが、それでも取れない箇所の汚れはアルコールで拭いたりしたがそれでも取れない…。


 しかしここまで洗っているのであれば汚い部分はもう消えててこれは名残の部分であると自分で納得して、早速この子が恥ずかしくないように服を作ろうとインターネットで様々な毛糸や道具を調べながら、自分のお小遣いとにらめっこしながら徐々に必要な道具を揃える日々が始まった。


 その間にも名前を【せつな】と決めたり、学校に持っていって授業中筆箱にこっそり入れて一緒にせつみと過ごし、この子との生活が私の生活の一部としてなじみ始めてきたある頃、漸くある程度の裁縫道具も集まったので休日の空いてる日は、ほぼせつみの服装をどうしようか悩む毎日…。


 そもそも顔がないからどちらを正面にするかを悩んだが汚れた箇所が少ない面を表として、そこから服を作り始める。


 ちなみにせつなは赤色のブロック玩具なので赤の似合い、少し不思議めの印象を出せたらと薄めの紫と黒を象徴とした色を中心とした服装をイメージして、慣れない手つきで何とか被らせる感じになったものの、なんとか服装を完成させ着させることにした。


 あぁ…愛おしい、我が子せつな。


 本当にごめんよ…なんであなたをあんな押し入れの隅っこに追いやってしまったんだろう…。


 しかもあなたの家族を捨てている場面にいたのに…それを阻止することができなかった。


 ごろごろと…ごろごろと…ごみ袋に入っていく様子をまじまじと見下した目線で眺めていた記憶…。


 私が…あの時捨てるのを止めていれば…この子は寂しい思いをしなかったかもしれない…。


 家族を失って恨んでいるかすら…悲しんでるのかすら…分からない…だって本当は唯のブロック玩具なんだから。


 それでも私はこの子…せつなを愛すると決めた。


 そう決めた翌日からの日々はとても居心地が良かった。


 本当の家族からは、古臭いブロック玩具に手入れをしている私を少し変わったかのような目で見ていたものの…それ以外はちゃんと学業もプライベートもきちんとしていたので文句も口槍もしてこなかったのでそこは安心した。


 楽しみ日々…家族が一人…我が子が一人…愛するせつなが一人…。


 朝起きて身支度を整えて、朝ごはんを食べて学校へ行って勉強を終え帰宅して晩御飯を食べて風呂に入って課題をこなして就寝するというルーティンにいつの間にかせつなも入り込んでいる。


 そして…私はこの子を産みたいと思い始めてしまった。


 唯の玩具なのに…生きていないプラスチックの襤褸の汚れている物質なのに…私はこの子を人として産みたくなってしまっていたのだ。


 私は…この子をお腹に入れなければならない。


 どうすればいい…口から飲むか…いや、それだと胃に入るだけだ…。


 なら…ならお尻から…一緒か…。


 なら…そっか、簡単じゃん。


 私は料理をしている母親から包丁を奪い取って自分の部屋に籠もり、叫ぶ母親の声なんか気にせず…思いっきり包丁をお腹に刺した。


 血が滴る…痛い…痛い…けどこれは陣痛の痛みなんだ…だから生命の痛みなんだ…そう思えば怖くないし、この苦痛の痛みは、生命を捻り出す私とこのせつなの始まりの痛みなんだと私は喜んだ。


 喜びながら…私は自分の血とせつなの産声か私の笑い声か、母の叫び声か分からない怒号の集の合中に…せつなを私の愛の胎児へと生まれ変わる祝福のフィナーレ…。


 薄くなる意識の中…せつなは私の胎児として産まれるんだろう…とお腹に入れた…そして、取り出した。


 …せつなは私の生命の血を浴びていても…新しく生まれ変わってなどいなかった。


 結局はプラスチック玩具だったのだ。


 玩具、唯の遊びの為の道具でしか無かった…。


 なんで私は自分を傷つけてまでこの汚らしいゴミを赤子だなんて狂気的な思考に陥ってしまったのだろう。


 痛みが激しくなり蹲りながら意識が遠のいていく…。


 ふと…ほんのふと私を惑わしたプラスチック玩具を睨みつける…。

 

 生きていない…いない筈なのに…。


 その玩具は…表情も無いのに…。


 ケタケタと私を見下しながら音を立てていた。


 それが笑い声なのか…判断する前に。


 私の意識はそこで途絶えた。


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 

 

 


 


 


 


 


 


 


 






 

 


 


 


 


 

 


 


  


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




 


 


 




 


 


 


 


 


 


 

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