第26話 花火が上がる
花崎が成宮を迎えに行くと言って成宮が向かった方へ走って行って早十数分。一向に帰って来る気配のない二人に苦笑いしつつ、未だ耐えて火花を散らす線香花火を見つめる。
「上手くいった……か?」
先はどのやり取りを回想してみる。なるだけ優しく、かつ俺の答えを提出できた筈だ。成宮の言う『溜飲を残したくない』と言う意見のお陰で、何か重りのようなものが外れた気がした。
かといって流石に……花崎を泣かせ過ぎか。告白してきた時も泣かせちゃったもんな。
そう思っているとスマホが震えた。ポケットから取り出して見てみると、アオからの着信だった。一瞬取るのを躊躇ったが、意を決して応答のボタンを押して左耳に押し当てる。
「……もしもし?」
《あ、オリオンさん? オリオンさん今何してるんですか?》
「んー? インスタント花火大会」
《えめっちゃいいじゃないですか》
「そうでもないけど……アオは? 何してん?」
《僕も今花火大会に来てるんです。ソロですけど……》
ソロですけどの言葉にそこはかとない哀愁が漂っていて言葉が詰まる。
《まぁっオリオンさんと電話できてるんで今はソロじゃないです! ふふん〜》
「……ははっ……そやな」
《……な、なんですか? 今日のオリオンさんの声……メロい? なんか優しげですね》
「そ? 普通じゃね?」
《いやぁ? なぁんか違いますよ? ……何が違うかはよく分かんないですけど》
可愛らしくて、電話越しでも分かるくらい俺と話していることが大好きと思ってくれている子との通話。そりゃあ声も自然と変わってしまうだろう。
恋人ごっこ中の仮の恋人。花崎をフった今もうその関係を解消してもいい子。それなのに、何でこんなにも心が揺れるのだろう。
《あっ、今花火上がってます。オリオンさんも何かインスタント花火しましょーよ》
「今持っとるよ線香花火。10分くらい耐えてる」
《すごぉ……なにそれぇ……怖》
「怖がったんな可哀想やろ頑張っとんのに」
そう言うとアオは確かにと納得した。納得するのかと苦笑してしまうが、そう言う素直なところにも心がドキッとしてしまう。
電話の向こう側で大きな音で弾ける花火の音が聞こえて来る。思わず空を見上げて、見えないはずの打ち上げ花火を見ようとする。手元には線香花火があるのに、それに目が行かない。
「綺麗なんだろうな」
《ふぇ?》
「花火。アオの方の」
《あぁなんだ……綺麗ですよ。すっごく》
「……やろーな」
景色が見える。静かな公園の夜空に広がり咲き誇る花火達が。そして横にはアオがいる。きっと、キラキラした瞳をしてるんだろう。綺麗ですねと溢しているに違いない。俺も多分その横顔を見て可愛いと溢してるんだろう。
「あーあ……っと……好きだわ」
《……え? はっ……え?》
「花火」
《……そ、そっちですか!? いやそっちですよねそりゃ……ははは……! はぁ……》
(多分アオも好きやけど……確証は無いし黙っとこ)
そう思いつつ視線を下に戻すと線香花火がちょうどポトリと落ちた。あっと声が細く溢れたが、そのまま光は地面に埋もれて消えた。ベンチから立ち上がって、ちょっと離れたところにあったバケツにポイっと花火を捨てる。
「アオ」
《はい?》
「恋人ごっこさ、もうやらんくてもよくなってん。告白してくれた子、今日ごめんなさいってしたから」
《ぇ……?》
か細くて、予想だにしていなかったと言いたげな声色に胸がズキンと痛む。詰まりそうな言葉を何とか絞り出してアオに伝えたいことを伝える。
「でも俺はまだ……続けてたいなぁって思ってる。なんか辞めるのもなぁって思って」
《……ごっこのまま……?》
「うん。ごっこのまま」
沈黙に電話の向こう側で弾ける花火の音が響く。アオはスゥッと息を吸ってから言葉を絞り出す。
《……分かりました。今はごっこで妥協します》
「今は……な」
《……オリオンさん》
「ん?」
《絶対、僕のことをもっと好きにさせます。絶対……僕を忘れられなくします》
最後の大トリのようなデカい花火の音が耳を劈くが、電話だったから遮られずにしっかりと声が聞こえた。その言葉に『おう』とだけ応えてから電話を静かに切った。
ふらふらとした足取りでベンチに再びドスッと座り込む。右手で額を抑えながら俯き加減でうーんと唸る。
「もっと好きにさせられたら……困るわ……これ以上やられるとほんま……無理やって」
多分真っ赤になっていて熱い顔を手のひらで扇ぎつつ、ため息混じりにそう漏れる。男という事も、ネットの向こう側の存在という事ももうどうでもよくなってきている。
落ちた火種が再び蘇って、さらに勢いを持って燃え盛るような感覚が心を襲った。成宮と花崎はまだ帰ってきてないのだけが幸いだった。
ネッ友年下男の娘に初恋を全て持っていかれそうです 音無ひかり @otonasihikari
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